05 森林の思考・砂漠の思考〈氷期後の高温期〉
 
             参考:日本放送出版協会発行「森林の思考・砂漠の思考」
 
△ヒプシサーマル(高温期)
 ヴュルム氷期は一万年前に終了しました。尤も,この年代は,人為的に決めたものに
過ぎません。一万年前にも未だある程度の氷がヨーロッパとカナダに残っていましたし,
今でも未だ,グリーンランド,アラスカ,南極などに多量あるからです。氷河時代と云
うのは,これでも分かるように,全く一つの時代名であって,氷河そのものとは,必ず
しも本質的な関わりのあるものではありません。
 それでも,今から一万年前は,気温の上昇が極めて早い時で,そのため,その時を以
て氷河時代の終わりと人為的に決めているのです。そして,8000年前には,既に,今よ
りも気温の高い状態まで達してしまいました。この高温の時期は約3000年続き,今から
5000年前に再び下降を始めて現在に至っています。地球が氷河時代に向かっていると云
うのは,そのことを云っています。
 
 この高温の時代は,以前,クライマチックオプチマムと呼ばれました。気候の最適期
と云う意味ですが,これも,ヨーロッパ中心の考え方で,緯度の高いヨーロッパにとっ
ては,高温の時期と云うのは望ましい時ではありますが,低緯度の人間にとっては,一
層暑さの厳しい時であり,また,氷河時代からも類推されるように,砂漠と森林の交代
もあり,砂漠になって処では,決して最適な時代ではありませんでした。
 そのため,価値判断を含まない「ヒプシサーマル(高温期)」と云う言葉が用いられ
るようになっています。若干の例外はありますが,この時,世界の殆ど全ての処は,今
よりも高温であり,その量はおよそ2〜3度に及びました。
 
△再び緑のサハラ
 不思議なことに,ヒプシサーマルになりますと,サハラ砂漠は再び緑に覆われました。
この場合,今よりも高温なのであり,蒸発は盛んでしたから,それを上回る雨が降った
ことでなければなりません。即ち,雨の降る原因が,何処から来たかと云うことでなけ
りばなりません。サハラ砂漠の場合,雨の原因は,NITCとそれに伴う赤道西風,或いは
寒帯前線以外のほかに考えられせん。
 説明が少し足りませんでしたが,寒帯前線がサハラに雨か雪を降らせるのは冬季で,
NITC及び赤道西風の北上は夏季です。従って「高温期」に緑のサハラを生ぜしめたのは,
冬雨か夏雨かと云うことになりますが,この問題は必ずしも,その場所のデータだけで
は明らかになりません。
 
 サハラ砂漠の緑化と併行して,北西インドのインダス川流域も,ヒプシサーマルに湿
潤化したことが知られています。有名なハラッパの文化は「高温期」の末期頃から始ま
りましたが,今は乾燥しているその辺りの遺跡には,道路に排水溝があって,雨の多か
ったことを示しています。わが国より雨の絶対量が1/3に過ぎないヨーロッパなどで
は,車道と歩道との間はただ高さの差だけであって,排水溝のないものが多い。
 また,ハラッパ文化の遺跡に煉瓦が多く出ていることから,泥壁では防ぎ切れないよ
うな雨があったことと,その煉瓦を焼く木材が近くに産出した筈であることから,「高
温期」の湿潤が,インダス川でも推定されています。勿論,それだけでなく,花粉分析
などの飼料からも湿潤が確認されています。そして,その花の種類から,夏の雨による
湿潤であったと,インダス川流域では推定されています。
 
 インダス川流域に,夏に雨をもたらす可能性のあるものは,NITC及び赤道西風にほか
なりませんから,「高温期」に,インダス川の流域まで赤道西風が北上したと云うこと
は,サハラにおいても北上があったと考えることが出来ます。そのた世界各地の情報も
考察した上で,「高温期」の緑のサハラは,赤道西風の北上によるものと結論出来ます。
その「高温期」の赤道西風の状況は,アフリカ北部からアラビア半島を経て,インド北
西部に至る,北回帰線沿いに東進する如く吹いていたと推定されるのです。
 
 寒冷なヴュルム氷期にも赤道西風が北上して緑のサハラを作り,「高温期」にも赤道
西風が北上して,再び緑のサハラに作ったと云うことは,なかなか説明しにくいことで
あり,それには,南極大陸上の氷の厚さの推移と云うようなことも関係してきて,甚だ
複雑な問題ですので,それは他の機会に譲ることとします。ともかく事実として,「高
温期」にサハラから北西インドにかけての,現在の砂漠地帯が再び緑野になったことは
確かです。そしてその時代は,今から5000年前より前を中心とし,5000年前よりも後の
或る時代まで続きました。その或る時代とは,例えばエジプトにおいては,4400年前頃
森林が消滅したこと,インダス川流域では,3500年前頃砂丘の活動が開始したと云うよ
うな事実によって,その乾燥化の進行の程度を知り得ます。そして,この乾燥化が,わ
れわれの主題である,森林的思考と,砂漠的思考の分離成立を促せたものなのです。

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