81 菅家文草〈仮中書懐詩 古調〉
 
                参考:太宰府天満宮文化研究所発行「菅家の文華」
 
 − 中央官僚後期 − 

〈仮中書懐詩 古調〉 − 仮中カチュウ懐オモイを書シルす詩 古調
乞来五日仮     乞ひ来る、五日の仮カ
暫休認早衙     暫く休む、早衙ソウガを認オコナふことを
仮中何処宿     仮中、何れの処にか宿る
宣風坊下家     宣風坊下センプウボウカの家
門戸(戸冠+冂構+口)人不到 門は戸(戸冠+冂構+口)トザして人到らず
橋破馬無過     橋は破れて馬過ぐるなし
早起呼童子     早起して童子を呼び
扶持残菊花     扶持す、残菊の花
日高催老僕     日高くして老僕を催ウナガし
掃除庭上沙     掃除す、庭上の沙イサゴ
暮繞東籬下     暮には東籬トウリの下を繞メグり
洗払竹傾斜     洗ひ払ふ、竹の傾斜せるを
入夜計書籍     夜に入りて書籍を計るに
芸兼(糸偏+兼)近五車 芸兼(糸偏+兼)ウンケン、五車に近し
要須随見取     要須ヨウスは見るに随ひて取り
散出依次加     散出は次ツイデに依りて加ふ
寒声階落葉     寒サゆる声は階キザハシの落葉
暁気砌霜華     暁の気は砌ミギリの霜華ソウカ
鶏鳴枕肱臥     鶏鳴きて肱ヒジを枕にして臥フし
閑思遠別嗟     閑シズかに遠別を思ひて嗟ナゲく
女児遵内義     女児は内義ナイギに遵シタガひ
外孫従阿耶     外孫は阿耶アヤに従ふ
事之不獲已     事の已ヤむを獲エず
離去路何余(目偏+余) 離れ去る、路の何ぞ余(目偏+余)ハルカなる
一歎腸回転     一たび歎けば腸ハラワタ回転し
再歎涙滂沱     再たび歎けば涙滂沱ボウダたり
東方明未睡     東方明くれど未だ睡らず
悶飲一杯茶     悶イキタゆるとき一杯の茶を飲む
天不惜閑意     天は閑意カンイを惜しまず
在家事独多     家に在れば事独り多し
悠々皆果報     悠々たり、皆果報
出入苦生涯     出入、生涯に苦しまん
 
五日の休暇を頂き、
暫く役所の朝礼にも出ない。
賜暇中の宿は何処かと言えば、
宣風坊の辺ホトリの家。
門を閉じて、来客もなく、
邸前の橋も壊れているので、車馬の響きも聞こえぬ。
早朝には子供を呼び、
残菊の副木ソエギを手伝わせ、
日中には老僕を催促して、
庭の沙を掃除させ、
日暮れには東の垣根の辺りを歩き廻り、
地べたに倒れたかかった竹の葉の汚れを洗ってやる。
夜になって書籍を計ると、
蔵書は五車もあろうか。
必要な記録は写し取り、
散逸の箇所はその都度補筆する。
落葉は階の辺りで寒々と音を発て、
夜が明けると砌ミギリには霜が白々と置いている。
一番鶏を聞くと肱枕でごろ寝し、
遠く別れた肉親に想いを馳せて歎く。
娘は人妻になり、
生まれた孫は父親に連れられて遠方に居る。
事情やむを得ぬことと言いながら、
何と遠く離れていることであろう。
これを想えば腸は煮えたぎり、
更に涙は止めどもなく流れる。
やがて東が白んでも微睡マドロみもせず、
切なさに一杯のお茶を飲む。
久方の休暇にのんびりしたいと思うが、天はそれを御存知ないのか、
家にあっても何かと心を砕くことばかり。
この世のことは総て前世の果報とやら、
一生因果の世界から脱し切れずに苦しむことであろう。
 
 「阿耶」とは、阿爺で父の俗語。
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