78 菅家文草〈題駅楼壁〉
参考:太宰府天満宮文化研究所発行「菅家の文華」
〈題駅楼壁〉 − 駅楼の壁に題す
帰州之次、到播州明石駅。自此以下八十首、自京更向州作。 − 州に帰る次ツイデ、
播州明石駅に到る。此より以下八十首は、京より更に州に向
ふときの作なり。
離家四日自傷春 家を離れて四日、自オノズから春を傷む
梅柳何因触処新 梅柳、何に因りてか触るる処に新たなる
為問去来行客報 為に問ふ、去来する行客の報ずるを
讃州刺史本詩人 讃州の刺史、本モト詩人
家を離れ四日、春傷頻りに湧く。
見馴れた梅柳も、触れる毎に目に染みる。
往来する旅人に訊くが、そんな特別な感傷は湧かぬと言う。
讃州の刺史(讃岐の国守道真)、元来詩人なるがためか。
〈四年三月廿六日作〉 − 四年三月廿六日の作
到任之三年也。 − 任に到るの三年なり。
我情多少与誰談 我が情コロの多少ソコバク、誰と共にか談ぜん
況換風雲感不堪 況んや風雲を換へて感堪えざるをや
計四年春残日四 四年の春を計るに、残る日は四ヨツ
逢三月尽客居三 三月尽サンガツジンに逢ひて、客居すること三たび
生衣欲待家人著 生衣スズシノキヌは家人を待ちて著らんと欲す
宿醸当招邑老酣 宿醸シュクジョウは邑老ユウロウを招きて酣タケナワなるべし
好去鴬花今已後 好し去れ、鴬と花と今より已後イゴ
冷心一向勧農蚕 冷心一向、農蚕ノウザンを勧めむ
我が情の片端だに語る友なし。
係る異郷にありては、感慨殊に堪え難きに、
今年の春も残るは四日。
三月尽を迎えるも三度目なり。
生絹スズシの夏衣は家人の送り来るを待ちて着らむ。
去年醸カモせし酒は、父老を招いて共に快飲せん。
さらばよ鴬、さらばよ花、今より後は、
風流ミヤビ心を捨て去りて一向ヒタスラに農蚕を勧めむ。
右詩中の頚聯「生衣は家人を待ちて著らんと欲す、宿醸は邑老を招きて酣なるべし」
は、和漢朗詠集夏更衣に採られている名句である。
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