111 菅家後草〈東山小雪〉
参考:太宰府天満宮学業講社発行「菅家後草」
〈東山小雪〉 − 東山トウザンの小雪
雪白初冬晩 雪し白し、初冬の晩クレ
山青反照前 山は青し、反照ハンセウの前
誤雲猶宿澗(石偏+間) 雲の猶ほ澗(石偏+間)タニに宿るかと誤まり
疑鶴未帰田 鶴の未だ田に帰らざるかと疑ふ
不放行看賞 放行して看て賞せず
無端坐望憐 端坐して望みて憐ぶことなし
客魂易消滅 客魂消滅し易し
遇境独依然 境キョウに遇うも独り依然たり
南館から見る東方の山とは、近くに高尾山から内山を経て宝満山に続く山脈があり、
遠くに大根地の雄大な山嶺が重なっている。
初冬の或日、朝から小雪が降る。降っては止み、止んではまた降る。地面は湿ったが
積もってはいない。
その夕方、部屋居に倦んだ公が、格子の外に出て見ると、東の山の谷間に白いものが
見える。それが、夕日日に照らされて、青黒い山の肌と対比して、くっきり浮かんで印
象的である。
初め、それは白雲が谷間に屯タムロしているとも、若しくは、田の帰らぬ鶴が群なってい
るのだとも見えた。がよくよく目を凝コらすと、雪が積もっているのだと分かった。
良い景色である。世にある人が見れば絶景かなと三歎し、飽かず眺めるところであろ
う。しかし佳景と云うものは、孤独な人には、悩みある人には、いよいよ淋しさを覚え
させる。異郷に放たれてある公には、この好風景に対することは、却って苦痛であった。
かの花山院師賢は、後醍醐天皇の笠置にお逃れになさる時、賊軍の眼を欺くために、
帝と偽って叡山に登られたが、折からの琵琶湖を眺めて、
思ふことななくてぞ見ましほのぼのと 有明の月の志賀の浦浪
と詠ぜられた。
真に佳景に対する公の心は、「見るほどぞ暫し慰まめ遥かなる月の都に巡りあはむ望
もなく」ていかばかり悲しかったであろう。
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