2306 祖先のまつり
 
                      参考:神社本庁発行「祖先のまつり」
 
                     本稿は、神社本庁発行「祖先のまつり」
                    を参考にさせていただきました。
                     お願い:別掲の「参拝と作法/神社にお
                    ける参拝の作法」「家庭の祭り」「神饌」
                    なども併せてご覧下さい。    SYSOP
 
祖先のまつり
 
 私たちは悲しみの中に
 生命のつながりと
 生きる勇気を見出してきました
 
 身近な人を亡くした時の悲しみほど、つらく悲しいものはありません。
 それが突然に訪れたのならなおのこと、いや、その時がやがて訪れることを、自らに
言い聞かせる多少の時間があったとしても、その瞬間にポッカリとあいてしまった心の
穴は、容易に生めることなどできないくらい深くそして大きいものです。
 その悲しみは、時とともに、やがて亡き人への感謝や追慕の念に包み込まれてゆきま
すが、それは、決して「死」という場面が過去の出来事として風化してしまうからでは
なく、姿かたちは見えなくなっても、亡き人がいつも傍カタワらで見守ってくれている、励
ましてくれている、という安心感が日ごとに強くなるからなのでしょう。
 「生は死とともにあり、死なくして真の生はありえない」と云いますが、身近な人と
の悲しい別れは、私たちにとって自らの生命の尊さを知り、今に生きていることの意義
を見つめ直す、大切な機会であることも、また事実です。
  自分を生み育ててくれた両親、
  人生をともに歩んできた伴侶、
  悩みを打ち明けることのできた数少ない親友・・・・・・
 失ってこそ、改めてその人の存在の大きさを知り、有り難さに気づく。
 多くの人々に支えられて生きていることを静かに顧カエリみながら、個人の「死」を超え
た生命のつながりを実感し、「生」への思いをより強くすることが、亡き人に対する報
いであることを、私たちは無意識のうちに自覚しているのかもしれません。
 
〈祖先との交流〉
 
△日本人の霊魂観
 人が亡くなれば、その肉体は滅びてしまいますが、では魂は一体どうなるのでしょう
か?
 古くから日本人は、その行方に思いを巡らしてきましたが、少なくとも言えることは、
亡き人の魂はいつまでもこの土地に留まって、愛しい人や子孫とともに生き、その幸せ
を見守ってとれると信じてきたことです。
 こうした伝統的な考え方は、今日さまざまなかたちで伝えられています。
 例えば、自分の家や田畑に山の神さまをお招きする行事が各地で見られますが、これ
は山の神さまとなった祖先の霊が、恵みをもたらすために山から里に降りてくるという
信仰があるからです。
 祖先の霊が子孫の生活する地域近くの山頂に留まり、時季を定めては子孫と交流する
ために降りてくると考えるのは、いつまでも自分たちの近くにいて見守って欲しいとい
う素朴な願いの現れであり、地域からいつでも望むことのできる高い山上が、神々の聖
地、即ち祖霊ソレイの永住地と信じられてきたことの証でしょう。
 一方、お盆には「精霊ショウリョウ流し」という祖先送りの行事が見られますが、海沿いの
町や村には、祖先は海の彼方(常世トコヨの国)からやってくると考えられているところも
あります。
 わが国には沢山の年中行事がありますが、その中にも祖先の霊を親しくお祭りする特
別な日が少なくありません。
 「盆と正月が一緒にきたようだ」とは、嬉しいことが重なった時などに使いますが、
祖先の霊との交流が叶う日だからこそ、特別な日として大切にされてきたのです。
 
▲アエノコト
 石川県能登地方に伝わるこの行事は、毎年十二月に、一年間田を見守り恵みを与えて
くれた神さまを各家にお招きして、収穫に感謝するお祭りです。
 裃カミシモを着けた主人が、苗代田から家の祖霊とも云われる田の神を背負って家に迎え
入れ、入浴していただいたり、座敷でご馳走を差し上げたりして、丁重におもてなしを
します。
 この祖先と子孫との和やかな交流に、日本人の祖霊観の一端を見る思いがします。
 
△お正月
 年末から大晦日にかけての慌ただしさが、一夜明けて元旦ともなると、不思議と穏や
かで清々しい気分になるものです。
 新しい年を祝う正月は、日本人にとって最も身近な年中行事ですが、正月も古くは、
祖先の霊を迎え祭る行事でした。
 正月には各家庭で門松を飾り、鏡餅を用意しますが、この門松は、祖先の霊とも考え
られている年神トシガミさまを迎えるためのもので、年神さまが寄り付く場所(依ヨり代シロ
)として飾られるものです。
 また、鏡餅は、元々年神さまに供えるお供え餅のことを云い、このお供え餅をその他
の供え物と一緒に煮たものが雑煮ゾウニです。
 年の初めに訪れる年神さまは、一年の幸をもたらしてくれると信じられ、正月はこと
のほか大切な行事でした。
 
▲年神さま
 年神さまは稲霊イナダマとも言われていますが、それは、日本人と稲との深いつながりが
あるからです。
 稲は枯れてしまっても籾モミに新しい生命を宿し、それがやがて芽をふいて、稔りをも
たらしてくれます。日本人は、年も稲と同じように、一年一年新しく生まれ変わると考
えてきたのです。
 年(稲の稔=とし)が生まれ変わるということは、生命のつながりを確認することで
もあり、日本人にとって大変にめでたいことであったのです。
 
△お彼岸
 「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉どおり、彼岸は季節の変わり目であると同時に、また、
祖先を祭る大切な行事でもあります。
 彼岸は、春分の日(三月二十一日頃)と秋分の日(九月二十三日頃)をはさんだ前後
の三日間ずつ、計七日間のことで、それぞれ春彼岸、秋彼岸と言い、彼岸の最初の日を
「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸の明け」、春分・秋分の日を「彼岸の中日」と言い
ます。
 彼岸には、お墓参りをする習慣があり、祖先の霊を家に迎える盆とは違って、祖先に
会いにゆく行事としての色彩が濃いようです。
 仏教に由来する行事と考えられている彼岸は、わが国にしかない行事で、豊作に欠か
すことの出来ない太陽をまつり、祖霊の加護カゴを祈る古くからの儀礼と結び付いたもの
と云われています。
 彼岸には「おはぎ」や「ぼたもち」を供え、お下がりとして食します。「おはぎ(御
萩)」は萩の餅の略称、「ぼたもち」は牡丹餅で、いずれも同じものですが、春の牡丹、
秋の萩と、季節の花にたとえて呼ぶところに、日本人らしい感性がうかがわれます。
 
▲春分・秋分の日
 春分・秋分の日は、いずれも国民の祝日で、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつ
くしむ」、秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」とされていますが、
かつては春季シュンキ皇霊祭コウレイサイ・秋季シュウキ皇霊祭コウレイサイという祭日でした。
 今でも、宮中においては春季皇霊祭・秋季皇霊祭が行われ、神武ジンム天皇を始め歴代
天皇・皇族の御霊ミタマがお祭りされます。
 春分・秋分の日は、天文学的には太陽が黄経コウケイ0度(春分点)、180度(秋分点)を
通過する日で、太陽が真東から昇り、真西に沈むことから、祖先との交流に相応しい日
と考えられてきたのでしょう。
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