13a 神社の構造
▼神を拝する場
神門を経て、廻廊や透塀・玉垣(瑞垣ミズガキとも。内部が透いて見えるようになって
いる板や石造りの垣根で、本殿だけを囲む場合とか、拝殿などを含めて囲む場合とかが
ある)などによって外界から隔てられた、一層清浄な一画が、即ち斎庭サイテイ・ユニワです。
斎庭は、神をお迎えする、又は神が常に居られる聖なる庭です。その中央正面には、拝
殿ハイデン、幣殿ヘイデン、本殿ホンデンなどの順で建物が連なっています。また斎庭には、神符
シンプ・守札マモリフダ(お札フダやお守マモり)などの授与所ジュヨショ(神札シンサツ授与所)や、諸
祈願の受付などがあります。
拝殿は、神社建築の中では比較的早い時代に現れた建物でして、神々の現れる山川樹
林や岩石などを拝するところでした。今日は通常、祭典のときなどに参列者や奉仕者が
着座したり、昇殿ショウデン参拝したりする建物です。古式の祭式は座礼ザレイが一般的でし
たので拝殿の床は板敷か畳敷でしたが、最近では床几ショウギ(腰掛)を使う立礼リツレイの祭
式が多くなってきました。
幣殿は、祭神に幣帛ヘイハクや奉献の品々を捧げる建物でして、通常拝殿と本殿の中間に
位置します。なお、幣殿と本殿との中間に祝詞殿ノリトデン(祝詞舎ノリトヤ)を設けて祝詞を
奏上する場合がありますが、特に祝詞殿を設けない神社においては幣殿において祝詞を
奏上します。
そのほか、神饌共進所、神輿庫シンヨコ、祭器庫サイキコなどが建っています。神々に供える
御饌ミケ(神々の飲食物、神饌とも)を調理して準備する建物が神饌共進所(神饌所シンセン
ジョ)で、古来その建物の機能から忌火屋殿イミビヤデン、御饌殿ミケデン、膳殿カシワドノ、竈殿
カマドドノ、酒殿サカドノ、御炊殿ミカシギドノ、盛殿モリドノなどと呼ばれていました。神輿庫は祭
神渡御トギョ(神幸)の際に祭神がお乗りになる御輿ミコシを納める建物、祭器庫は祭典に使
用する種々の用具を収納する倉庫です。
神社の最も奥まったところに、御神体(御霊代ミタマシロ)を奉安する本殿が在ります。古
く正殿ショウデン・神殿シンデン・宝殿ホウデンなどとも呼ばれていました。本殿を中心に瑞垣に
よって囲まれた一画は禁足地とされ、また其処に神社の由縁ユエンが存在する場合もありま
す。
本殿を中心としてその周囲には、本社祭神の后神キサキガミや御子神ミコガミ、本社祭神の荒
魂アラミタマや地主神ジヌシガミなど、本社祭神と深い関係を持つ神々をお祭りする摂社セッシャや、
本社に所属する神社の末社マッシャなども在ります。
▼社殿のかたち
本殿の建築様式は極めて多様ですが、その祖型は妻入りと、平ヒラ入りとに大別できま
す。
妻入りの社殿は古代住居がその原型であるといわれ、出雲大社の本殿を代表例とする
大社造タイシャヅクリで、建物側面の屋根の三角部分の入口を正面とする様式です。
平入りの様式は穀倉から展開したものといわれ、伊勢神宮の正殿ショウデンを代表例とす
る神明造シンメイヅクリで、屋根の棟に平行の面を正面入口とする様式です。
妻入り様式の本殿建築は、切妻造りで入口は正面右側に片寄っており、殿内中央に大
黒柱を有する様式が原初の形態でして、出雲地方に多くの類例があり、例えば松江市の
神魂カモス神社本殿が現存する最古の建物(天正11年(1583))です。大社造を改善し殿内を
正方形とし入口を中央に改めたのが大鳥オオトリ造であり、大阪境の大鳥大社本殿がその代
表例です。大鳥造の奥行きを倍にして長方形にしたものが大阪の住吉大社本殿を代表例
とする住吉スミヨシ造です。また切妻造りで正面階上に廂向拝ヒサシゴハイを付して棟に千木チギ
と堅魚木カツオギを設けた様式が奈良の春日大社本殿を代表例とする春日カスガ造などがあり
ます。
平入りの本殿様式には神明造があります。伊勢神宮の正殿を特に唯一神明造ユイイツシンメイ
ヅクリと呼び、他社では模倣しないこととなっています。切妻造り平入りにおいては屋根
は反りがなく、両妻に棟持柱ムナモチバシラを有し柱は掘立式で、千木が高く聳え、茅(萱)
葺カヤブキの頂に左右から泥障板アオリイタを加えて樋貫ヒヌキで繋ぎ、甲板コウイタ(甍覆イラカオオイ)を
冠カブせ、その上に堅魚木(鰹木とも)を載せています。千木とは屋根上に交叉した木
で、家屋を造る際に木材を交叉させたものを結び止め、その先端を切り捨てずに残した
ものの遺風です。堅魚木とは、屋根の棟木の上に重しなどのために並べ置いた長円形の
装飾です。
平安時代以降、貴族の寝殿造シンデンヅクリの様式を模倣し、切妻造り平入りの屋根に反り
を付し、前流れを長くして向拝ゴハイとした流造ナガリヅクリの様式は、京都の賀茂御祖ミオヤ神
社(下鴨神社)、賀茂別雷ワケイカヅチ神社(上賀茂神社)の各本殿が代表例です。
仏教建築の影響を受けたものとして、京都の石清水イワシミズ八幡宮本殿を代表例とする
八幡造ハチマンヅクリがあり、これは切妻造り平入りの二つの社殿を前後に並べ、その中間を
相アイの間とした様式で、千木や堅魚木はありません。また桃山時代以降の様式に権現造
ゴンゲンヅクリがあります。本殿(主に流造か入母屋造イリモヤヅクリ)と拝殿との間を石イシの間
で結んだもので、東照大権現トウショウダイゴンゲン徳川家康を祀った日光や静岡久能山の東照
宮がこの様式でしたので権現造と呼ばれています。他に京都の北野天満宮や仙台の大崎
八幡宮本殿などが権現造の代表例です。
このほか、滋賀県大津の日吉大社本殿にみられる日造吉ヒエヅクリ(聖帝造セイテイヅクリとも、
切妻造りの前と左右に庇ヒサシを付けた様式)、京都の八坂神社本殿にみられる祇園造ギ
オンヅクリ(八棟造ヤツムネヅクリとも、身舎モヤの四方に庇があり、身舎とその前面の拝殿とへ入
母屋の一つ屋根をかけ、両側面と後面の庇に孫庇マゴヒサシを加えた様式)、岡山の吉備津
キビツ神社本殿にみられる吉備津造キビツヅクリ(内々陣・内陣の外側に中陣・外陣を廻らせ、
屋根を比翼ヒヨク入母屋造とした様式)、静岡県富士宮の富士山本宮浅間大社本殿にみられ
る浅間造センゲンヅクリ(寄棟ヨセムネの上に流造の社殿を載せた二階造の神殿様式)、福岡の香
椎宮カシイグウ本殿にみられる香椎造カシイヅクリ(入母屋造で左右に翼を出し、車寄クルマヨセを設
けた様式)など、これらが主な神社建築様式です。
▼社殿の内部
社殿の奥、正面の階段を上がった一段高いところが本殿です。本殿の内部は内陣ナイジン
のみのものや、内陣・外陣ゲジンの二間の様式のもの、内陣・中陣チュウジン・外陣三間の様
式があります。内陣には御神体を奉安(安置)し、外陣には神饌や幣帛を奉奠ホウテンした
り、御鏡や幣束ヘイソク(御幣)などが設けられています。本殿の御扉は、祭典など特別の
とき以外は開かれません。
階段下手前の幣殿(幣殿がないときは拝殿)には、鉾ホコ・楯タテや旗ハタ・雪洞ボンボリな
どの社殿を装飾したり照明する調度品が左右に置かれています。
左側には祓案ハラエアンを据え、その上には木又は竹製の柄に紙垂又は麻を付けた修祓シュ
バツ用具であります大麻オオヌサが置かれ、神職が祓詞ハラエコトバを奏した後に神饌や、神職・
参列者などを左サ・右ウ・左サと振って祓い清めます。
階段下の正面には玉串案タマグアンを据えられ、神職や参列者はその上に玉串を奉奠し、
二拝二拍手一拝の作法に拠って拝礼します。
なお神社では、社殿・神門・玉垣・鳥居などの各所には、その内側が清浄な区域であ
ることを示す標シルシとして、紙垂を垂らした注連縄シメナワ(七五三縄、標縄とも)が張り廻
らされています。
また、神域内に点在する各種の建物や、それらを取り巻くように繁茂している樹林は、
恰も「鎮守の森」に相応しく、神さびた自然の景観を呈しており、日本的な神社の特性
を色濃く表していると言えましょう。そのような神社こそ、私共日本人の心の故郷なの
です。
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