09 祖先崇拝と氏神
 
              祖先崇拝と氏神
 
                     参考:大法輪閣発行三橋健氏編「神道」
 
 ▼盆と正月
 「まるで盆と正月が一緒に来たようだ」とは、私共日本人が不意の催しに遭遇して大
騒ぎするときに、よく用いる言葉です。それ程お盆と正月とは、昔から、普段の生活の
中において最大の年中行事となっているのです。
 お盆は、先祖の霊を家にお迎えして供養し、家族一同でお祭りします。正月は大晦日
から元旦まで、土地の鎮守や家の神々をお祭りし、明けては新年を祝って恒例の初詣や
年始廻りをします。ですからお盆と正月には、家族が一斉に帰省し、家族単位に行われ
る、最も重要な、そして最も根強く行われてきている伝統行事です。
 この二つの行事は、時代の変遷によってどのような形に世俗化しようとも、日本人の
霊魂観として、消滅することのなく、かつ理論を超越した文化的遺産として、生き続け
ることでしょう。
 お盆に代表される先祖の祭は、神道においても、仏教においても、祖先崇拝として「
ご先祖さま」を大切に崇拝することとして扱われており、現在まで延々として続いてい
るのです。
 日本語のカミは、語源的には隠れて見えぬ本源の生命的霊性をいいます。マツリとは、
隠れてこそカミの出現を待ち迎え、出現したカミに精一杯奉仕することをいいます。カ
ミは人に祭られてこそ、その霊威を増し、そして、人はその霊威による恩恵を蒙るとい
う、神と人との間には、固い絆で結ばれているところの相対関係があるのであります。
 日本のほとんどの仏教においては、仏ホトケになるには、死者本人の自力ではなく、専ら
遺族の追善供養という他力に因って仏になるとしています。そのため、死者の霊を丁重
に祭る[みたま祭り]が不可欠ということになります。この場合の仏もまた、祭りによ
る隠れた霊性であるといえます。
 
 ▼先祖と他界観念
 先祖祭りの対象は普通、自分の先祖代々とか、一族の始祖、近親などですが、没後間
もない死霊は、一定の年月を経過することに因って清まり、「霊ミタマ」即ち祖霊となって
祭られるのです。
 この一定の年月を経過したときを以て年忌明けといい、神道では没後五十年、仏教な
どでは死後三十三年を以て年忌明けとするのが、一般的です。
 清まった死者の霊は、生前の生々しい個性を失って、「みたまさま」とか「ご先祖さ
ま」と呼ばれる先祖代々の霊性に溶け込んでしまうと言われています。
 これらの祖霊等ソレイタチは、生前の家郷から遠く離れないところに鎮シズまっておられる
と考えられてきております。一般に、村里に続く野山の奥のような方から毎年、お盆や
彼岸や正月のときなどを見計らって、子孫の家々を訪れて祭られるのです。とりわけお
盆には「霊ミタマ祭り」として様々な習俗が受け継がれてきております。
 奥山の方に鎮まる祖霊等は、子孫の生業を見守っておられることになりますので、や
がて農耕神という観念を導き、また新年を祝福する年神ともみなされるのです。そのよ
うな恩恵をお祭りしようとして、卯月ウヅキ八日の山の神迎え、初冬の田の神送り(刈上
げ祭り)、正月さまの松迎えなど、全国には様々で多彩な行事が生み出されています。
 歴史を通じて日本に浸透しております仏教による、西方浄土とか十万億土という死者
の遠い国の教えにも拘わらず、大部分の日本人は現在においても、先祖が極めて身近な
ところから自分たちを見守って下さっていると感じているからこそ、「霊」をお迎えす
る年中行事が行われてきているのです。このことは、日本人に今なお潜在する民俗古来
の他界概念に因るものと考えられております。
 
 ▼氏神の祭り
 氏神ウジガミはもと、生活集団である氏族の守り神のことでした。例えば、中臣ナカトミ氏
が天児屋命アメノコヤネノミコトを祭り、忌部インベ氏が天太玉命アメノフトタマノミコトを祭ったように、氏神
は元来その氏族の祖先神でした。氏族の成員である氏人は、神と同じ氏に属する人々、
つまり神の血族を引く者の意味でありました。
 しかし、物部モノノベ氏の氏神は、神武天皇の大和平定のときに霊威を発揮した神剣をご
神体とする布都大神フツノオオカミ、安曇アズミ氏の祖神は、もと海上民に相応しく海の神綿津見
神ワタツミノカミであるなど、必ずしも先祖だけではありません。
 時代が下りますと、氏神は更に祖先以外の神を含むようになります。藤原氏は奈良時
代に、中臣以来の祖神の他に関東の鹿島・香取の神々を崇敬して、これを合祀した春日
大社を新しい氏神としました。また帰化人系の神々を祭る平野神社は、皇族出身の家柄
である大江氏、平氏、源氏、高階氏、清原氏、菅原氏などの氏神になりました。中世な
って源氏は岩清水八幡宮イワシミズハチマングウを、平家は厳島イツクシマ神社を一門の氏神としまし
た。
 
 ▼神道の敬神崇祖
 ともあれ氏神は、もと氏族の祖先神又は守護神を指し、氏族制度崩壊後においても、
血縁的な一門一族の守り神を意味していました。その後中世になって、農民が自立して
村落社会を形成するにつれて、地域や集落の守り神迄が氏神と呼ばれるようになりまし
た。そして氏神は産土神ウブスナガミとも呼ばれ、近世からは、地域社会の鎮守や産土の社
ヤシロを氏神と称するようになり、今日に至っています。
 かくして神道においては、古くから「氏」を名乗る部族や同族の祖先神及び守護神を
基本とし、やがて中世以来発達した村落社会において祭った地域神をも包括して、一般
に「氏神」といいます。このことは「氏子」との親子関係において、神人の密接な血縁
性乃至親縁性を象徴的に強調する神道特有の神観念であります。この根底には、前述し
ました日本古来の先祖崇拝の文化的遺産が介在しているからであります。

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