17a 巻十八
 
  橘タチバの歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
かけまくも あやにかしこし 皇神祖スメロギの かみの大御世オホミヨに 田道間守タヂマモリ 
常世トコヨにわたり やほこもち まゐでこしとき ときじくの かぐの菓子コノミを かし
こくも のこしたまへれ 国クニもせに おひたちさかえ はるされば 孫枝ヒコエもいつつ
ほととぎす なく五月サツキには はつはなを えだにたをりて をとめらに つとにもや
りみ しろたへの そでにもこきれ かぐはしみ おきてからしみ あゆる実ミは たま
にぬきつつ 手テにまきて 見ミれどもあかず 秋アキづけば しぐれの雨アメ零フり あしひ
きの やまのこぬれは くれなゐに にほひちれども たちばなの 成ナれる其ソの実ミは
ひた照テりに いや見ミがほしく みゆきふる 冬フユにいたれば 霜シモおけども 其ソの葉
ハもかれず 常磐トキハなす いやさかはえに しかれこそ 神カミの御代ミヨより よろしな
べ 此コの橘タチバナを ときじくの かぐの木コの実ミと 名附ナヅけけらしも
 
   反歌カヘシウタ
橘タチバナは花ハナにも実ミにもみつれども いや時トキじくになほし見ミがほし
   閏ノチノ五月サツキ(天平感宝元年)二十三日ハツカアマリミカ、大伴宿禰オホトモノスクネ家持ヤカモチ作ヨ
   めり。(巻十八)
 
  国掾クニノマツリゴトビト久米朝臣クメノアソミ広縄ヒロナハ、天平テンピャウノ二十年ハタトセを以モて朝集使
  テウシフシに附ツきて京ミヤコに入イり、其ソの事コト畢ヲハりて、天平テンピャウ感宝カンパウノ元年ハジメ
  ノトシ閏ノチノ五月サツキ二十七日ハツカアマリナヌカ本任モトノツカサに還カヘり到イタる。仍ヨりて長官カミの館
  タチに詩酒シシュの宴ウタゲを設マけて楽タヌしび飲ノめり。時トキに主人アルジ守カミノ大伴宿禰オホ
  トモノスクネ家持ヤカモチの作ヨめる歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
おほきみの まきのまにまに とりもちて つかふるくにの 年内トシノウチの ことかたね
もち たまほこの みちにいでたち いはねふみ やまこえ野ヌゆき みやこべに まゐ
しわがせを あらたまの としゆきかへり 月ツキかさね みぬ日ヒさまねみ こふるそら
やすくしあらねば ほととぎす きなく五月サツキの あやめぐさ よもぎかづらき さか
みづき あそびなぐれど 射水河イミヅカハ 雪消ユキゲ溢ハフりて 逝ユく水ミヅの いやまし
にのみ たづがなく 奈呉江ナゴエのすげの ねもころに おもひむすばれ なげきつつ
あがまつ君キミが ことをはり かへりまかりて 夏野ナツノヌの さゆりのはなの 花咲ハナ
エミに にふぶにゑみて あはしたる 今日ケフをはじめて 鏡カガミなす かくしつねみむ
おもがはりせず
 
   反歌カヘシウタ
こぞの秋アキあひ見ミしまにま今日ケフ見ミれば おもやめづらしみやこかたひと(巻十八)
 
  天平感宝テンピャウカンパウノ元年ハジメノトシ閏ノチノ五月サツキ六日ムイカ以来ヨリ、小旱ヒデリを起オコし
  て、百姓オホミタカラの田畝タナツモノ稍ヤヤ凋シボめる色イロあり。六月ミナヅキ朔日ツイタチに至イタり
  て、忽タチマチち雨雲アマグモの気キを見ミる。仍ヨりて作ヨめる雲クモの歌ウタ、短歌ミジカウタ
すめろぎの しきますくにの あめのした 四方ヨモのみちには うまのつめ いつくす
きはみ ふなのへの いはつるまでに いにしへよ いまのをつつに 万調ヨロヅツキ ま
つるつかさと つくりたる そのなりはひを あめふらず 日ヒのかさなれば うゑし田
タも まきしはたけも あさごとに しぼみかれゆく そを見ミれば こころをいたみ 
みどり児ゴの ちこふがごとく あまつみづ あふぎてぞまつ あしひきの やまのた
をりに この見ミゆる あまのしらくも わたつみの おきつみやべに たちわたり と
のぐもりあひて あめもたまはね
 
   反歌カヘシウタ
このみゆるくもほびこりてとのぐもり あめもふらぬかこころたらひに
   右ミギは、六月ミナヅキ一日ツイタチの晩頭ユフグレ、守カミ大伴宿禰オホトモノスクネ家持ヤカモチ作ヨめ
   り。(巻十八)
 
  雨アメの落フれるを賀コトホぐ歌ウタ
わがほりしあめはふりきぬかくしあらば ことあげせずともとしはさかえむ
   右ミギは、同月オナジキツキノ四日ヨカ、大伴宿禰オホトモノスクネ家持ヤカモチ作ヨめり。(巻十八)
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