06a 巻五
 
  山上憶良ヤマノヘノオクラ、老身オイノミに重オモき病ヤマヒ年トシを経ヘて辛苦クルシみ、及マタ児等コラを思
  オモふ歌ウタ
たまきはる うちの限カギリは 平タヒラけく 安ヤスくもあらむを 事コトも無ナく も無ナくも
あらむを 世間ヨノナカの うけくつらけく いとのきて 痛イタき瘡キズには 鹹塩カラシホを 
潅ソソぐちふがごとく 益益マスマスも 重オモき馬荷ウマニに 表荷ウハニ打ウつと いふことのごと
老オいにてある 我ワが身ミの上ウヘに 病ヤマヒをら 加カハへてあれば 昼ヒルはも 歎ナゲかひ
くらし 夜ヨルはも 息イキづきあかし 年トシ長ナガく やみし渡ワタれば 月ツキ累カサね 憂ウレ
ひ吟サマヨひ ことごとは しななと思オモへど 五月蝿サバヘなす さわぐ児等コドモを うつ
てては 死シニは知シらず 見ミつつあれば 心ココロはもえぬ かにかくに 思オモひわづらひ
ねのみしなかゆ
 
   反歌カヘシウタ
なぐさむる心ココロはなしに雲隠クモガクり 鳴ナき往ユく鳥トリのねのみしなかゆ
すべもなく苦クルしくあれば出イではしり いななと思オモへどこらにさやりぬ
富人トミビトの家イヘの子等コドモのきる身ミなみ くたしすつらむ絹綿キヌワタらはも
麁妙アラタヘの布衣ヌノギヌをだにきせ難ガテに かくや歎ナゲかむせむすべをなみ
   天平テンピャウノ五年イツトセ六月ミナヅキノ三日ミカノヒ戊戌ツチノエイヌに作ヨめり。(巻五)
 
  男子ヲノコ名ナは古日フルヒを恋コふる歌ウタ
世ヨの人ヒトの 貴タフトび慕ネガふ 七種ナナクサの 宝タカラも我ワレは 何ナニか為セむ わが中ナカの
産ウマれ出イでたる 白玉シラタマの 吾ワが子コ古日フルヒは 明星アカボシの 開アくる朝アシタは 敷
シきたへの とこの辺ベさらず 立タてれども 居ヲれども ともに戯タハブれ 夕星ユフヅツ
の ゆふべになれど いざねよと 手テをたづさはり 父母チチハハも うへはなさかり 三
枝サキクサの 中ナカにをねむと 愛ウルハしく しがかたらへば 何時イツしかも ひととなりい
でて あしけくも よけくも見むと 大船オホフネの おもひたのむに おもはぬに 横風
ヨコシマカゼの にもしくしくかに 覆オホひ来キタれば せむすべの たどきをしらに しろた
への たすきをかけ まそ鏡カガミ てにとりもちて 天神アマツカミ あふぎこひのみ 地祇
クニツカミ ふして額ヌカづき かからずも かかりも 神カミのまにまにと 立タちあざり 我ワ
が乞ひのめど 須臾シバラクも よけくはなしに 漸漸ヤヤヤヤに かたちつくほり 朝朝アサナ
アサナ いふことやみ たまきはる いのちたえぬれ 立タちをどり 足アシすりさけび 伏フ
し仰アフぎ むねうちなげき 手テに持モたる わがことばしつ 世間ヨノナカの道ミチ
 
   反歌カヘシウタ
わかければ道行ミチユきしらじまひはせむ したべの使ツカヒおひてとほらせ
布施フセおきて吾ワレはこひのむあざむかず ただに率去イユきてあまぢしらしめ(巻五)
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