04 巻三
 
〈雑歌クサグサノウタ・ザフカ〉
 
  天皇スメラミコト(持統天皇)雷岳イカヅチノヲカに遊アソびましし時トキ、柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿
  ヒトマロの作ヨめる歌ウタ
皇スメロギは神カミにし坐マせば天雲アマグモの 雷イカヅチの上ウヘに廬イホリせすかも(巻三)
 
  天皇スメラミコト(持統天皇)志斐嫗シヒノオミナに賜タマへる御歌オホミウタ
不聴イナと云イへど強シふる志斐シヒのが強語シヒガタリ 比者コノゴロ聞キかずて朕ワレ恋コひにけ(巻
三)
 
  志斐嫗シヒノオミナの和コタへ奉マツれる歌ウタ
不聴イナと謂イへど話カタれ話カタれと詔ノらせこそ 志斐シヒいは奏マヲせ強話シヒガタリと言ノる(巻
三)
 
  長皇子ナガノミコ、猟路池カリヂノイケに遊アソびたまへる時トキ、柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿ヒトマロ
  の作める歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
やすみしし 吾ワが大王オホキミ 高タカ光ヒカる 吾ワが日之皇子ヒノミコの 馬ウマ並ナめて み猟カリ
立タたせる 弱薦ワカゴモを 猟路カリヂの小野ヲヌに ししこそは いはひ拝ヲロがめ 鶉ウヅラ
こそ いはひ回モトホれ ししじもの いはひ拝ヲロがみ 鶉ウヅラ成ナす いはひもとほり 
恐カシコみと 仕ツカへ奉マツりて ひさかたの 天アメ見ミる如ゴトく まそ鏡カガミ 仰アフぎて見
ミれど 春草ハルクサの 益イヤめづらしき 吾ワがおほきみかも
 
   反歌カヘシウタ
ひさかたの天アメゆく月ツキを綱ツナに刺サし 我ワが大王オホキミは蓋キヌガサにせり(巻三)
 
  柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿ヒトマロの羇旅タビの歌ウタ
天アマ離サカる夷ヒナの長道ナガチゆ恋コひ来クれば 明門アカシノトより倭島ヤマトシマ見ミゆ(巻三)
 
  石川少郎イシカハノイラツメの歌ウタ
しかの海人アマは軍布メ苅カり塩シホ焼ヤき暇イトマ無ナみ 髪梳クシゲの小櫛ヲグシ取トりも見ミなくに
(巻三)
 
  志賀シガに幸イデマせる時トキ、石上卿イソノカミノマヘツギミの作ヨめる歌ウタ
此間ココにして家イヘやも何処イヅク白雲シラクモの たなびく山ヤマを超コえて来キにけり(巻三)
 
  角兄ツノエ麻呂マロの歌ウタ
清江スミノエのきしの松原マツバラ遠トホつ神カミ 我ワが王オホキミの幸行処イデマシドコロ(巻三)
 
  田口益人タグチノマスヒトノ大夫マヘツギミ、上野カミツケヌノ国司ミコトモチに任マけられし時トキ、駿河
  スルガノ浄見埼キヨミノサキに至イタりて作ヨめる歌ウタ
昼ヒル見ミれど飽アかぬ田児浦タゴノウラ大王オホキミの 命ミコト恐カシコみ夜ヨル見ミつるかも(巻三)
 
  柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿ヒトマロ、筑紫国ツクシノクニに下クダれる時トキ、海路ウミヂにて作ヨめる
  歌ウタ
大王オホキミの遠トホの朝庭ミカドとあり通カヨふ 島門シマトを見ミれば神代カミヨし念オモほゆ(巻三)
 
  式部卿ノリノツカサノカミ藤原フヂハラノ宇合ウマカヒノ卿マヘツギミ、難波堵ナニハノミヤコを改アラタめ造ツクらし
  めらるる時トキ、作ヨめる歌ウタ
昔者ムカシこそ難波ナニハゐなかと言イはれけめ 今イマは京ミヤコと都ミヤコびにけり(巻三)
 
  土里トリノ宣令センリャウの歌ウタ
み吉野ヨシヌの滝タキの白浪シラナミ知シらねども 語カタりしつげば古イニシヘ念オモほゆ(巻三)
 
  山部宿禰ヤマベノスクネ赤人アカヒト、不尽山フジノヤマを望ノゾめる歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
天地アメツチの 分ワカれし時トキゆ 神カムさびて 高タカく貴タフトき 駿河スルガなる 布士フジの
高嶺タカネを 天原アマノハラ ふり放サけ見ミれば 度ワタる日ヒの 陰カゲも隠カクろひ 照テる月ツキ
の 光ヒカリも見ミえず 白雲シラクモも い去ユきはばかり 時トキじくぞ 雪ユキは落フりける 
語カタりつぎ 言イひ継ツぎ往ユかむ 不尽フジの高嶺タカネは
 
   反歌カヘシウタ
田児タゴの浦ウラゆ打ウチ出イでて見れば真白マシロにぞ 不尽フジの高嶺タカネに雪ユキは零フりける
(巻三)
 
  不尽山フジノヤマを詠ヨめる歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
なまよみの 甲斐カヒの国クニ 打縁ウチヨする 駿河スルガの国クニと こちごちの 国クニのみ中
ナカゆ 出イで立タてる 不尽フジの高嶺カタネは 天雲アマグモも い去ユきはばかり 飛トぶ鳥トリ
も 翔トびも上ノボらず 燎モゆる火ヒを 雪ユキ以モて滅ケち 落フる雪ユキを 火ヒ用モて消ケち
つつ 言イひもかね 名ナづけも知シらに 霊クスしくも 坐イマす神カミかも 石花海セノウミと 
名付ナヅけてあるも 彼ソの山ヤマの 堤ツツめる海ウミぞ 不尽河アジカハと 人ヒトの渡ワタるも 
其ソの山ヤマの 水ミヅのたぎちぞ 日本ヒノモトの 山跡国ヤマトノクニの 鎮シヅメとも 坐イマす神
カミとも 宝タカラとも 成ナれる山ヤマかも 駿河スルガなる 不尽フジの高嶺タカネは 見ミれど飽
アかぬかも
 
   返歌カヘシウタ
不尽嶺フジノネに零フり置オける雪ユキは六月ミナヅキの 十五日モチに消ケぬれば其ソの夜ヨふりけり
布士フジの嶺ネを高タカみ恐カシコみ天雲アマグモも い去ユきはばかりたなびくものを(巻三)
 
  山部宿禰ヤマベノスクネ赤人アカヒト、伊予イヨの温泉ユに至イタりて作ヨめる歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
皇神祖スメロギの 神カミのみことの 敷シきます 国クニの尽コトゴト 湯ユはしも さはに在アれ
ども 島山シマヤマの 宜ヨロしき国クニと こごしきかも 伊予イヨの高嶺タカネの 射狭庭イサニハの
崗ヲカに立タたして 歌ウタ思オモひ 辞コト思オモはしし み湯ユの上ウヘの 樹村コムラを見ミれば 
臣木オミノキも 生オひ継ツぎにけり 鳴ナく鳥トリの 音コエも更カハらず 遐トホき代ヨに 神カミさ
び往ユかむ 行幸イデマシ処ドコロ
 
   反歌カヘシウタ
百モモしきの大宮人オホミヤビトの飽田津ニギタヅに 船乗フナノりしけむ年トシの知シらなく(巻三)
 
  神岳ミワヤマに登ノボりて、山部宿禰ヤマベノスクネ赤人アカヒトの作ヨめる歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
みもろの 神名備山カムナビヤマに 五百枝イホエさし 繁シジに生オひたる つがの樹キの いや
継嗣ツギツギに 玉葛タマカヅラ 絶タゆる事コト無ナく 在アりつつも 止ヤまず通カヨはむ 明日
香アスカの 旧フルき京師ミヤコは 山ヤマ高タカみ 河カハとほじろし 春ハルの日ヒは 山ヤマし見ミが
ほし 秋アキの夜ヨは 河カハし清サヤけし 旦雲アサグモに たづは乱ミダれ 夕霧ユフギリに か
はづはさわぐ 見ミる毎ゴトに 哭ネのみし泣ナかゆ 古イニシヘ思オモへば
 
   反歌カヘシウタ
明日香河アスカガハ川カハよど去サらず立タつ霧キリの 念オモひ過スぐべきこひにあらなくに(巻三
)
 
  大宰オホミコトモチノ少弐スナイスケ小野老ヲヌノオユノ朝臣アソミの歌ウタ
青丹吉アヲニヨシ寧楽ナラの京師ミヤコは咲サく花ハナの 薫ニホふが如ゴく今イマ盛サカリなり(巻三)
 
  防人サキモリノ司祐ツカサノジョウ大伴オホトモノ四綱ヨツナの歌ウタ
やすみしし吾ワが王オホキミの敷シきませる 国クニの中ナカには京師ミヤコし念オモほゆ(巻三)
 
  山上ヤマノヘノ憶良オクラノ臣オミ、宴ウタゲを罷マカる歌ウタ
憶良等オクララは今イマは罷マカらむ子コ哭ナくらむ 其ソの彼カの母ハハも吾ワを待マつらむぞ(巻三
)
 
  大宰師オホミコトモチノカミ大伴オホトモノ卿マヘツギミ、酒サケを讃ホむる歌ウタ
酒サケの名ナを聖ヒジリと負オホせし古昔イニシヘの 大聖オホヒジリの言コトのよろしき(巻三)
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