03a 巻二
皇子尊ミコノミコトの宮ミヤの舎人等トネリラ、慟ナゲき傷カナシみて作ヨめる歌ウタ
高タカ光ヒカる我ワが日皇子ヒノミコの万代ヨロヅヨに 国クニ知シらさまし島シマの宮ミヤはも
外ヨソに見ミし檀マユミの岡ヲカも君キミ坐マせば 常トコつ御門ミカドと侍宿トノイするかも
天地アメツチと共トモに終ヲへむと念オモひつつ 仕ツカへまつりし情ココロ違タガひぬ
朝日アサヒてる佐太サタの岡辺ヲカベに群ムれ居イつつ 吾ワが哭ナく涙ナミダ息ヤむ時トキも無ナし
東ヒムガシのたぎの御門ミカドに侍サモラへど 昨日キノフも今日ケフも召メすことも無ナし
一日ヒトヒには千遍チタビ参入マイりし東ヒムガシの 大オホき御門ミカドを入イりがてぬかも
旦日アサヒ照テる島シマの御門ミカドに鬱悒オボホしく 人音ヒトオトもせねば真マうら悲カナしも
真木柱マキバシラ太フトき心ココロは有アりしかど 此コの吾アが心ココロ鎮シヅめかねつも(巻二)
高市皇子尊タケチノミコノミコトの城上キノヘの殯宮アラキノミヤの時トキ、柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿ヒトマロ
の作ヨめる歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
掛カけまくも 忌ユユしきかも 言イはまくも あやに畏カシコき 明日香アスカの 真神之原
マガミノハラに ひさかたの 天アマつ御門ミカドを 懼カシコくも 定サダめ賜タマひて 神カムさぶと
磐隠イハガクり坐マす やすみしし 吾ワが大王オホキミの 聞キコしめす 背ソともの国クニの 真
木マキ立タつ 不破山フハヤマ越コえて 狛剣コマツルギ わざみが原ハラの 行宮カリミヤに あもり坐
イマして 天下アメノシタ 治ヲサめ賜タマひ 食国ヲスクニを 定サダめ賜タマふと 鳥トリが鳴ナく 吾妻
アヅマの国クニの 御軍士ミイクサを 喚メし賜タマひて ちはやふる 人ヒトを和ヤハせと まつろは
ぬ 国クニを治ヲサめと 皇子ミコながら 任マけ賜タマへば 大御身オホミミに 大刀タチ取トり帯オば
し 大御手オホミテに 弓ユミ取トり持モたし 御軍士ミイクサを あともひ賜タマひ 斉トトノふる 鼓
ツヅミの音オトは 雷イカヅチの 声コエと聞キくまで 吹フき響ナせる 小角クダの音オトも 敵アダ
見ミたる 虎トラか吼ホゆると 諸人モロヒトの 恊オビゆるまでに ささげたる 幡ハタの靡ナビキ
は 冬フユごもり 春ハルさり来クれば 野毎ヌゴトに 著ツきてある火ヒの 風カゼの共ムタ 靡
ナビくが如ゴトく 取トり持モたる 弓ユはずの驟サワギ み雪ユキ落フる 冬フユの林ハヤシに 飄
ツムジかも い巻マき渡ワタると 念オモふまで 聞キキの恐カシコく 引ヒき放ハナつ 箭ヤの繁シゲけ
く 大雪オホユキの 乱ミダれて来キたれ まつろはず 立タち向ムカひしも 露霜ツユシモの 消ケ
なば消ケぬべく 去ユく鳥トリの 相競アラソふ端ハシに 渡会ワタラヒの 斎宮イツキノミヤゆ 神風カム
カゼに い吹フき惑マドはし 天雲アマグモを 日ヒの目メも見ミせず 常闇トコヤミに 覆オホひ賜タマ
ひて 定サダめてし 水穂ミヅホの国クニを 神随カムナガラ 太敷フトシき坐マして やすみしし
吾ワが大王オホキミの 天下アメノシタ 申マヲし賜タマへば 万代ヨロヅヨに 然シカしもあらむと 木綿
花ユフバナの 栄サカゆる時トキに 吾ワが大王オホキミ 皇子ミコの御門ミカドを 神宮カムミヤに 装束
ヨソひ奉マツりて 遣ツカハしし 御門ミカドの人ヒトも 白妙シロタヘの 麻衣アサゴロモ著キ 埴安ハニヤス
の 御門ミカドの原ハラに あかねさす 日ヒの尽コトゴト 鹿シシじもの いはひ伏フしつつ ぬ
ば玉タマの 暮ユフベに至ナれば 大殿オホトノを 振放フリサけ見ミつつ 鶉ウヅラなす いはひ廻
モトホり 侍サモラへど さもらひ得エねば 春鳥ハルトリの さまよひぬれば 歎ナゲキも 未イマだ
過スぎぬに 憶オモヒも 未イマだ尽ツきねば 言コトさへぐ 百済クダラの原ハラゆ 神カム葬ハフり
葬ハフりいまして あさもよし 木上宮キノヘノミヤを 常宮トコミヤと 高タカくしたてて 神随カム
ナガラ 安定シヅマり坐マしぬ 然シカれども 吾ワが大王オホキミの 万代ヨロヅヨと 念オモほし食メ
して 作ツクらしし 香来山之宮カグヤマノミヤ 万代ヨロヅヨに 過スぎむと念オモへや 天アメの如
ゴト 振放フリサけ見ミつつ 玉手次タマダスキ 懸カけて偲シヌばむ 恐カシコかれども
短歌ミジカウタ
ひさかたの天アメ知シラしぬる君キミ故ユエに 日月ヒツキも知シらに恋コひ渡ワタるかも
埴安ハニヤスの池イケの堤ツツミの隠沼コモリヌの 去方ユクヘを知シらに舎人トネリは迷惑マドふ
或書アルフミの反歌カヘシウタ
哭沢ナキサハの神社モリにみわすゑ祷祈コヒノめど 我ワが王オホキミは高日タカヒ知シラしぬ(巻二)
弓削皇子ユゲノミコの薨カクりませる時トキ、置始東人オキソメノアヅマビトの作ヨめる歌ウタ並マタ短歌
ミジカウタ
やすみしし 吾ワが王オホキミ 高タカ光ヒカる 日之皇子ヒノミコ ひさかたの 天宮アマツミヤに 神
随カムナガラ 神カミと坐イマせば 其ソコをしも あやに恐カシコみ 昼ヒルはも 日ヒの尽コトゴト 夜
ヨルはも 夜ヨの尽コトゴト 臥フし居イ嘆ナゲけど 飽アき足タらぬかも
反歌カヘシウタ
王オホキミは神カミにし坐マせば天雲アマグモの 五百重イホヘの下シタに隠カクりたまひぬ(巻二)
柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿ヒトマロ、妻ツマの死ミマカりし後ノチ、泣血哀慟カナシみて作ヨめる歌ウタ
並マタ短歌ミジカウタ
天アマ飛トぶや 軽カルの路ミチは 吾妹児ワギモコが 里サトにしあれば 懃ネモコロに 見ミまく欲ホ
しけど 止ヤまず行ユかば 人目ヒトメを多オホみ まねく往ユかば 人ヒト知シりぬべみ さね葛
カヅラ 後ノチもあはむと 大船オホフネの 思オモひ憑タノみて 玉タマかぎる 磐垣淵イハカキフチの
隠コモりのみ 恋コひつつ在アるに 度ワタる日ヒの 晩クれ去ユくが如ゴト 照テる月ツキの 雲隠
クモガクる如ゴト 奥津藻オキツモの なびきし妹イモは 黄葉モミヂバの 過スぎて去イにきと 玉
梓タマヅサの 使ツカヒの言イへば 梓弓アヅサユミ 声オトに聞キきて 言イはむ為便スベ せむ為便
スベ知シらに 声オトのみを 聞キきて有アり得エねば 吾ワが恋コふる 千重チヘの一隔ヒトヘも
なぐさむる 情ココロも有アりやと 吾妹子ワギモコが 止ヤまず出イで見ミし 軽市カルノイチに 吾
ワが立タち聞キけば 玉手次タマダスキ 畝火ウネビの山ヤマに 喧ナく鳥トリの 音コエも聞キコえず
玉桙タマボコの 道ミチ行ユく人ヒトも 独ヒトリだに 似ニてし去ユかねば 為便スベを無ナみ 妹イモ
が名ナ喚ヨびて 袖ソデぞ振フりつる
短歌ミジカウタ
秋山アキヤマの黄葉モミヂを茂シゲみ迷マヨひぬる 妹イモを求モトめむ山道ヤマヂ知シらずも
黄葉モミヂバの落チり去ヌるなべに玉梓タマヅサの 使ツカヒを見ミれば相アひし日ヒ念オモほゆ(巻二
)
柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿ヒトマロ、石見国イハミノクニに在アりて臨死ミマカラムとする時トキ、自ミヅカ
ら痛イタみて作ヨめる歌ウタ
鴨山カモヤマの磐根イハネし巻マける吾ワレをかも 知シらにと妹イモが待マちつつあらむ(巻二)
寧樂宮ナラノミヤ
霊亀リャウキノ元年ハジメノトシ歳次トシナミ乙卯キノトウノ秋アキ九月ナガツキ、志貴親王シキノミコの薨カクりた
まひし時トキ、作ヨめる歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
梓弓アヅサユミ 手テに取トり持モちて 丈夫マスラヲの 得物矢エツヤ手挿タバサみ 立タち向ムカふ 高
円山タカマトヤマに 春野ハルヌ焼ヤく 野火ヌビと見ミるまで 燎モゆる火ヒを 如何イカにと問トへば
玉桙タマホコの 道ミチ来クる人ヒトの 泣ナく涙ナミダ 霈霖ヒサメに落フれば 白妙シロタヘの 衣コロモ泥
(泥冠+土)漬ヒヅちて 立タち留トマり 吾ワレに語カタらく 何ナニしかも 本モトな言イへる
聞キけば 泣ネのみし 哭ナかゆ 語カタれば 心ココロぞ痛イタき 天皇スメロギの 神カミの御子ミコ
の 御駕イデマシの 手火タビの光ヒカリぞ 幾許ココダ照テりたる
短歌ミジカウタ
高円タカマトの野辺ヌベの秋芽子アキハギ徒イタヅラに 開サきか散チるらむ見ミる人ヒト無ナしに
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