03 巻二
〈相聞シタシミウタ・サウモン〉
難波ナニハノ高津宮タカツノミヤニ御宇アメノシタシロシメシシ天皇スメラミコト(仁徳天皇)の代ミヨ
磐姫イハノヒメノ皇后オホキサキ、天皇スメラミコトを思オモひて作ヨみませる歌ウタ
君キミが行ユキ気長ケナガくなりぬ山ヤマたづね 迎ムカへか行ユかむ待マちにか待マたむ
在アりつつも君キミをば待マたむ打ウち靡ナビく 吾ワが黒髪クロカミに霜シモの置オくまでに(巻二
)
藤原宮フヂハラノミヤニ御宇アメノシタシロシメシシ天皇スメラミコト(持統天皇)の代ミヨ
大津オホツノ皇子ミコ窃ヒソカに伊勢イセノ神宮カムミヤに下クダりて上ノボり来キませる時、大伯オホクノ
皇女ヒメミコの作ヨみませる歌ウタ
吾ワがせこを倭ヤマトへ遣ヤるとさ夜ヨ深フけて あかとき露ツユに吾ワが立タち霑ヌれし
二人フタリ行ユけど去ユき過スぎ難ガタき秋山アキヤマを 如何イカにか君キミが独ヒトり越コえなむ(巻
二)
吉野ヨシヌより蘿コケ生ムせる松柯マツガエを折ヲり取トりて遣ツカハされし時トキ、額田王ヌカダノオホ
キミの奉入タテマツれる歌ウタ
み吉野ヨシヌより玉松タママツが枝エははしきかも 君キミが御言ミコトを持ちてかよはく(巻二)
柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿ヒトマロ、石見国イハミノクニより妻ツマに別ワカれて上ノボり来る時の歌
ウタ並マタ短歌ミジカウタ
石見イハミの海ウミ 角ツヌの浦回ウラワを 浦ウラ無ナしと 人ヒトこそ見ミらめ 滷カタ無ナしと 人ヒト
こそ見ミらめ よしゑやし 浦ウラは無ナくとも よしゑやし 滷カタは無ナくとも いさなと
り 海辺ウミベを指サして 和多豆ワタヅの 荒磯アリソの上ウヘに か青アヲなる 玉藻タマモおきつ
藻モ 朝羽アサハ振フる 風カゼこそ依ヨせめ 夕羽ユフハ振フる 浪ナミこそ来キ縁ヨせ 浪ナミの共ムタ
彼カより此カクより 玉藻タマモなす 依ヨり宿ネし妹イモを 露霜ツユジモの 置オきてし来クれば
此コの道ミチの 八十隈ヤソクマ毎ゴトに 万段ヨロズタミ 顧カヘリミすれど 弥遠イヤトホに 里サトは放
サカりぬ 益高イヤタカに 山ヤマも越コえ来キぬ 夏草ナツクサの 念オモひしなえて しぬぶらむ
妹イモが門カド見ミむ 靡ナビけ此コの山ヤマ
反歌カヘシウタ
石見イハミのや高角山タカツヌヤマの木コの際マより 我ワが振フる袖ソデを妹イモ見ミつらむか
小竹ササの葉ハはみ山ヤマも清サヤに乱ミダれども 吾ワレは妹イモ思オモふ別ワカれ来キぬれば(巻二)
〈挽歌カナシミウタ・バンカ〉
近江アフミノ大津宮オホツノミヤニ御宇アメノシタシロシメシシ天皇スメラミコト(天智天皇)の代ミヨ
天皇スメラミコト、聖躬オホミ不予ヤマヒせす時、太后オホキサキの奉タテマツりたまへる御歌ミウタ
天原アマノハラ振フリ放サけ見ミれば大王オホキミの 御寿ミイノチは長ナガく天アマ足タらしたり(巻二)
天皇スメラミコト崩カムアガりたまひし時トキ、婦人ヲミナメの作ヨめる歌ウタ
うつせみし 神カミに勝タへねば 離サカり居イて 朝アサ歎ナゲく君キミ 放ハナれ居イて 吾ワが恋
コふる君キミ 玉タマならば 手テに巻マき持モちて 衣キヌならば 脱ヌぐ時トキも無ナく 吾ワが恋
コひむ 君キミぞきぞの夜ヨ 夢イメに見ミえつる(巻二)
天皇スメラミコトの大殯オホアラキの時トキの歌ウタ
かからむと予カネて知シりせば大御船オホミフネ 泊ハてしとまりに標シメ結ユはましを(巻二)
石川イシカハノ夫人オホトジの歌ウタ
神楽浪ササナミの大山守オホヤマモリは誰タが為タメか 山ヤマに標シメ結ユふ君キミも有アらなくに(巻二)
山科ヤマシナノ御陵ミササギより退マカり散サりし時トキ、額田王ヌカダノオホキミの作ヨめる歌ウタ
やすみしし わご大王オホキミの 恐カシコきや 御陵ミハカ奉仕ツカふる 山科ヤマシナの 鏡山カガミノ
ヤマに 夜ヨルはも 夜ヨの尽コトゴト 昼ヒルはも 日ヒの尽コトゴト 哭ネのみを 泣ナきつつ在アり
てや 百磯城モモシキの 大宮人オホミヤビトは 去ユき別ワカれなむ(巻二)
明日香アスカノ清御原キヨミハラニ御宇アメノシタシロシメシシ天皇スメラミコト(天武天皇)の代ミヨ
天皇スメラミコト崩カムアガりたまひし時トキ、太后オホキサキの作ヨみませる歌ウタ
やすみしし 我ワが大王オホキミの 暮ユフされば 召メし賜タマふらし 明アけくれば 問トひ賜
タマふらし 神岳カミヲカの 山ヤマの黄葉モミヂを 今日ケフもかも 問トひ給タマはまし 明日アスも
かも 召メし賜タマはまし 其ソの山ヤマを 振フリ放サけ見ミつつ 暮ユフされば あやに哀カナし
み 明アけくれば うらさび晩クラし 荒妙アラタヘの 衣コロモの袖ソデは 乾ヒる時トキも無ナし(
巻二)
藤原宮フヂハラノミヤニ御宇アメノシタシロシメシシ天皇スメラミコト(持統天皇)の代ミヨ
大津皇子オホツノミコの薨カクりましし後ノチ、大来皇女オホクノヒメミコ伊勢イセの斎宮イツキノミヤより京
ミヤコに上ノボりませる時トキ、作ヨみませる歌ウタ
神風カマカゼの伊勢イセの国クニにも有アらましを 奈何ナニにか来キけむ君キミも有アらなくに(巻
二)
日並皇子尊ヒナメシノミコノミコトの殯宮アラキノミヤの時トキ、柿本朝臣カキノモトノアソミ人麿ヒトマロの作ヨめる
歌ウタ並マタ短歌ミジカウタ
天地アメツチの 初ハジメめの時トキし ひさかたの 天河原アマノカハラに 八百万ヤホヨロヅ 千万神
チヨロヅカミの 神カム集ツドひ 集ツドひ坐イマして 神カム分アガち 分アガちし時トキに 天照アマテラ
す 日女之命ヒルメノミコト 天アメをば 知シロしめすと 葦原アシハラの 水穂之国ミヅホノクニを 天
地アメツチの 依ヨりあひの極キハミ 知シロしめす 神之命カミノミコトと 天雲アマグモの 八重ヤヘ掻カ
き別ワきて 神カム下クダし 坐イマせまつりし 高照タカテラす 日之皇子ヒノミコは 飛鳥アスカの
浄之宮キヨミノミヤに 神随カムナガラ 太布フトシきまして 天皇スメロギの 敷シきます国クニと 天原
アマノハラ 石門イハトを開ヒラき 神カム上アガり 上アガり坐イマしぬ 吾ワが王オホキミ 皇子之命ミコノ
ミコトの 天下アメノシタ 知シロしめしせば 春花ハルハナの 貴タフトからむと 望月モチヅキの 満ミタ
はしけむと 天下アメノシタ 四方ヨモの人ヒトの 大船オホフネの 思オモひ憑タノみて 天水アマツミヅ
仰アフぎて待マつに 何イカさまに 念オモほしめせか 由縁ツレもなき 真弓マユミの崗ヲカに 宮
柱ミヤバシラ 太布フトシき坐イマし 御ミあらかを 高知タカシりまして 明アサごとに 御言ミコト問ト
はさず 日月ヒツキの 数多マネくなりぬれ そこ故ユエに 皇子ミコの宮人ミヤビト 行方ユクヘ知シ
らずも
反歌カヘシウタ
ひさかたの天アメ見ミる如ゴトく仰アフぎ見ミし 皇子ミコの御門ミカドの荒アれまく惜ヲしも
茜アカネさす日ヒは照テらせれどぬばたまの 夜ヨ渡ワタる月ツキの隠カクらく惜ヲしも(巻二)
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