02a 巻一
 
  藤原宮フヂハラノミヤの役民エダチノタミの作ヨめる歌ウタ
やすみしし 吾が大王オホキミ 高タカ照テらす 日之皇子ヒノミコ 荒妙アラタヘの 藤原フヂハラがう
へに 食国ヲスクニを めし賜タマはむと 都宮オホミヤは 高タカ知シらさむと 神カムながら 念オモ
ほすなべに 天地アメツチも よりてあれこそ 磐イハ走ハシる 淡海アフミの国クニの 衣手コロモデ
の 田上山タナカミヤマの 真木マキさく 桧ヒの嬬手ツマデを もののふの 八十氏河ヤソウヂガワに
玉藻タマモなす 浮ウカべ流カガせれ 其ソを取トると さわぐ御民ミタミも 家イヘ忘ワスれ 身ミも
たな知シらに 鴨カモじもの 水ミヅに浮ウき居イて 吾ワが作ツクる 日之御門ヒノミカドに 知シ
らぬ国クニより 巨勢道コセヂより 我ワが国クニは 常世トコヨにならむ 図フミ負オへる 神亀
クスシキカメも 新代アラタヨと 泉イヅミの河カハに 持モち越コせる 真木マキの嬬手ツマデを 百足モモタ
らず いかだに作り 泝ノボすらむ いそはく見れば 神随カムナガラならし(巻一)
 
  藤原宮フヂハラノミヤの御井ミイの歌ウタ
やすみしし わご大王オホキミ 高照タカテラす 日之皇子ヒノミコ 麁妙アラタヘの 藤井フヂイが原ハラ
に 大御門オホミカド 始ハジめ賜タマひて 埴安ハニヤスの 堤ツツミの上ウヘに 在アり立タたし 見
し賜タマへば 日本ヤマトの 青香具山アヲカグヤマは 日ヒの経タテの 大御門オホミカドに 春山ハルヤマ
と しみさび立タてり 畝火ウネビの 此コのみづ山ヤマは 日ヒの緯ヨコの 大御門オホミカドに 
みづ山ヤマと 山ヤマさび坐イマす 耳無ミミナシの 青菅山アヲスガヤマは 背ソともの 大御門オホミ
カドに 宜ヨロしなべ 神カムさび立てり 名細ナグハし 吉野ヨシヌの山は 影カゲともの 大御
門オホミカドゆ 雲居クモイにぞ 遠トホくありける 高知タカシるや 天之御蔭アメノミカゲ 天知アメシ
るや 日之御蔭ヒノミカゲの 水ミヅこそは 常トキハにあらめ 御井ミイの清水マシミヅ
 
   短歌ミジカウタ
藤原フヂハラの大宮オホミヤづかへあれつぐや 処女ヲトメがともはともしきろかも
   右の歌、作者ヨミビト未イマだ詳ツマビラならず。(巻一)
 
  舎人トネリノ娘子イラツメ、駕イデマシに従シタガひて作ヨめる歌ウタ
丈夫マスラヲが得者矢サツヤ手挿タバサみ立ち向ムカひ 射イる円方マトカタは見るに清サヤけし(巻一)
 
  三野連ミヌノムラジ入唐ニットウの時、春日カスガノ蔵首老クラノオビトオユの作ヨめる歌ウタ
在根アリネよし対馬ツシマの渡ワタリ渡中ワタリナカに 幣ヌサ取トり向ムけて早ハヤ還カヘりこね
 
  山上ヤマノヘノ憶良オクラ、大唐モロコシに在アりし時トキ、本郷クニを憶オモひて作ヨめる歌ウタ
いざ子等コドモ早ハヤく日本ヤマトへ大伴オホトモの 御津ミツの浜松ハママツ待マち恋コひぬらむ(巻一)
 
  和銅ワドウノ元年ハジメノトシ戊申ツチノエサル、天皇スメラミコト(元明天皇)の御製歌オホミウタ
丈夫マスラヲの鞆トモの音オトすなり物部モノノフの 大臣オワマヘツギ楯ミタテ立タつらしも(巻一)
 
  御名部ミナベノ皇女ヒメミコの和コタへ奉マツれる御歌ミウタ
吾ワが大王オホキミものな念オモほしすめ神ガミの 嗣ツぎて賜タマへる吾ワレなけなくに(巻一)
 
  或本アルフミ、藤原京フヂハラノミヤコより寧樂宮ナラノミヤに遷ウツりませる時トキの歌ウタ
天皇スメロギの 御命ミコト畏カシコみ 柔ニギびにし 家イヘを釈スて 隠国コモリクの 泊瀬ハツセの川
カハに 船フネ浮ウけて 吾ワが行ユく河カハの 川隅カハクマの 八十阿ヤソクマ落オちず 万段ヨロヅタビ
顧カヘリミしつつ 玉鉾タマボコの 道ミチ行ユき晩クラし 青丹吉アヲニヨシ 楢ナラの京師ミヤコの 佐保
川サホガハに い去ユき至イタりて 我ワが宿ネたる 衣コロモの上ウヘゆ 朝月夜アサヅクヨ 清サヤカに
見ミれば 栲タヘの穂ホに 夜ヨルの霜シモ落フり 磐床イハトコと 川カハの氷ヒ凝コりて 冷サゆる夜ヨ
を 息ヤスむこと無ナく 通カヨひつつ 作ツクれる家イヘに 千代チヨまでに 坐イマさむ公キミと 
吾ワレも通カヨはむ
 
   反歌カヘシウタ
青丹吉アヲニヨシ寧樂ナラの家イヘには万代ヨロヅヨに 吾ワレも通カヨはむ忘ワスると念オモふな
   右ミギの歌ウタ、作主ヨミビト未イマだ詳ツマビラカならず。(巻一)
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