27 ユダヤ教
 
                 ユダヤ教
 
                      参考:山川出版社発行「ユダヤ教史」
 
【律法(トーラー)の起こり】
 
〈イスラエル民族〉
 聖書(旧約聖書のこと)に拠りますと,古代イスラエル人は,自分たちがオリエント
文明の主役であるセム人種の直系である,と自認していました。イスラエル民族の高祖
アブラハムまで10代を数える「セム系図」は,この民族的自覚を表しています。
 歴史的には,紀元前18世紀頃,現在のシリアとトルコの国境付近に当たるユーフラテ
ス河上流のハラン地域に出現した遊牧民が,イスラエル民族の先祖になったことになり
ます。聖書では,この一群の遊牧民を,ヘブル人アブラハムによって代表させているこ
とになります。
 "ヘブル人"の一群がエジプト脱出を通して,民族共同体"イスラエル"が成立しますと,
"ヘブル人"という呼称は徐々に影をひそめましたが,聖書時代以後は"ユダヤ人"の別名
として復活しました。
 
〈アブラハム契約〉
 聖書の創世記「族長物語」において,アブラハムはイスラエルの神ヤハウェの命令を
聞きました。
 「お前の国,お前の故郷,お前の父の家を立ち去って,私がお前に示す国へ行け。私
はお前を大民族にしよう。私はお前を祝福し,お前の名を大きくしよう。お前は祝福さ
れた者となれ。お前を祝福する者を私は祝福し,お前を呪う者を私は呪う。地のすべて
の氏族は,お前によって祝福を受けるであろう」。
 ここには,自分達は世界の諸民族に祝福を与える使命を帯びて選ばれたアブラハムの
子孫である,という古代イスラエル民族の独特な自意識が表現されています。これは,
一神教の定立(テーゼ)と共に,後にユダヤ教の根本的教義となる"選民思想"の萌芽と
なりました。
 
 族長達の生活形態は,正に半遊牧民的でした。神は,カナン(パレスチナ周辺)を放
浪しているアブラハムに次のような約束を与えました。
 「さあ,お前の眼を上げ,お前がいる所から東西南北を見渡せ。お前が見ている全地
を,私はお前とお前の子孫に永久に与えよう。私はお前の子孫を地の塵のようにしよう。
もし人が地の塵を数えることができるなら,お前の子孫も数えられるであろう」。
 
 アブラハムはこの神の約束を一旦は実現不可能なことと判断しましたが,彼の信仰と
神の"契約"によって克服されたとされています。
 信仰とは,神の語りかけに対する人間の肯定的な応答です。
 一方,契約は,古代オリエントの社会生活の基盤でした。聖書の思想の基本的構成要
素である神と人間の間の契約が,宗主と属王の間に結ばれた条約と類似していると指摘
されています。もしそうであるなら,アブラハムに子孫を与え,その子孫にカナンの地
の所有を約束することが,宗主である神の大権に属する事項であり,他方でアブラハム
は,その約束を受け入れる以外に応答しようがない,忠実な属王の役割を果たしたこと
が明らかとなります。
 宗主対属王条約としてのアブラハム契約は,"割礼"によって批准されました。割礼と
は包皮を切り取る儀式で,古来中近東とアフリカの諸部族が成人式に際して行っていま
したが,古代イスラエル人は,この儀式に全く新しい意味を加えました。即ちイスラエ
ル人は,生後8日目の男子に割礼を施すことにより,神が約束したアブラハムの子孫に
彼が加わったことを確認しました。現在なおユダヤ人は割礼の儀式を守ることにより,
神が祖先アブラハムを選び,彼の子孫に祝福を約束して結んだ契約を記憶し続けていま
す。
 
〈シナイ契約〉
 モーセに率いられてエジプトを脱出したヘブル人の集団は,シナイ山(シナイ半島付
近)へ向かいました。シナイ山へ登ったモーセは,神から2枚の石の板を授けられまし
た。そこには"契約の言葉である十誡"が書き記されていました。
 前 文 私はお前の神ヤハウェ,お前をエジプトの地,奴隷の家から導き出した者で
     ある。
 第一誡 お前は私に対して他の神をもってはならない。
 第二誡 お前はお前自身のために像を造ってはならない。
 第三誡 お前はお前の神ヤハウェの名をみだりに唱えてはならない。
 第四誡 安息日を聖日として記憶せよ。
 第五誡 お前の父とお前の母を敬え。
 第六誡 お前は殺してはならない。
 第七誡 お前は姦淫してはならない。
 第八誡 お前は盗んではならない。
 第九誡 お前はお前の友人に対して偽証を立ててはならない。
 第十誡 お前はお前の友人の家を欲しがってはならない。
 
 "前文"から明らかな通り,十誡は全人類のために定められた一般的な道徳律ではあり
ません。ヤハウェによってエジプトから贖い出されたヘブル人部族集団と,モーセの守
護神であったヤハウェが結んだ"契約"の条文です。即ち第一誡はいわゆる"一神教"の戒
めですが,このような背景の下に考察しますと,本来は,ヤハウェのみをこの部族集団
の守護神にすべきであるという一神礼拝的条文であったことが分かります。
 遊牧民の各部族は,それまで各々の守護神を信仰していたので,同一神ではありませ
んでした。例えば"アブラハムの神","イッハク(イサク)の神","ヤコブの神"など,
それぞれの神をその部族集団の守護神としていたのです。
 出エジプトの十二部族の民族統一のために,シナイ山においてヤハウェと契約を結び,
ヤハウェを自分達の唯一の神として承認したときら,民族共同体としての"イスラエル"
に生まれ変わりました。
 このように,"エジプト脱出"と"シナイ契約"により,このことが,後から共同体に参
加した部族を含む全共同体構成員共通の歴史的記憶となり,ヤハウェは彼等の唯一の神
となりました。
 シナイ契約の形態も宗主対属王条約です。特に前文と第一誡は,条約締結以前に宗主
が属王に与えた恩恵の歴史を語る条約前文と,属王が自分の宗主以外の大王を宗主とす
ることを禁止する条約条項と,全く同一の内容を持っています。
 
 "エジプト脱出"を記念する過越祭は,今日までイスラエル = ユダヤ史を貫いて最も
重要な祭りとして祝われてきました。この過越祭晩餐会の式次第「物語ハガダー」の中に,
「いつの世にあっても,人は自らエジプトを脱出した者のように自分自身をみなさなけ
ればならない」という句があります。これは,出席者一同は,想起によって"エジプト脱
出"に参加し,自分が民族共同体の一員であることを確認せよという意味なのです。
 
〈律法の中核〉
 アブラハム契約が宗主ヤハウェの一方的約束を内容とする"約束型契約"であるのに対
して,シナイ契約は属王イスラエルの義務を列記した"義務型契約"です。そこで,シナ
イ契約を民族共同体の基盤とみなした古代イスラエル人は,後になってその文脈中に次
々と民族が守るべきその他の条項を付け加えました。このようにして,後代のイスラエ
ル社会の秩序を定めた諸法律を,シナイ契約の中に含み込んだ大法典が編集され,それ
が"律法"の中核となったのです。
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