24 聖書の起源/イスラエル王国の興亡
 
           聖書の起源/イスラエル王国の興亡
 
                   参考:講談社発行「聖書の起源」・同文書院
                      発行「驚くべき旧約聖書の真実」
 
〈「戦う神」のパレスチナ侵入〉
 聖書のヨシュア記に拠りますと,モーセの死後,その従者である若いヨシュアが後継
者に立ったとき,主なる神はこう言われました。
 「あなたが足の裏で踏むところはみな,わたしがモーセに約束したように,あなたが
たにあたえられるであろう。あなたがたの領域は,荒野からレバノンに及び,大川ユフ
ラテスからヘテ人ビトの全地にわたり,日の入る方の大海に達するであろう」。
 ヨシュアは,主の言葉に従って,ヨルダンの高い台地から低い渓谷に向かって,一斉
に進撃を開始し,怒涛のようにエリコ(ヨルダン川下流)の城塞を陥れ,町を占領しま
した。このエリコの攻防は,その後の戦闘の趨勢を決定しました。
 イスラエルは,山を越え,谷を渡り,次々と砦を手中に収めながら,地中海の海岸に
広がるシャロンの平野を目指して,まっしぐらに進撃したのです。戦果は赫々カッカクたる
ものがありました。イスラエルは,カナンの地の大半を占領し,和睦を申し入れてきた
敵は,これを捕らえて「たきぎをとり,水をくむ奴隷」とし,抵抗する敵は,容赦なく
これを打ち破って,一人残らず息の根を止め,家に火を放って焼き払い,町中を焼け野
原にしました。
 
 モーセの十誡の契約は,第一義的には神との平和の契約でありながら,一方,部族相
互の政治的,軍事的同盟を意味していたことが分かります。ヨシュアの時代になってか
らは神は「戦う神」となり,シャーローム(平和)は,戦闘による勝利の状態と殆ど区
別がつかなくなりました。前述のヨシュアによるカナン進入と十二部族宗教連合(アンフィ
クチオニー)の結成(紀元前1250年頃)がそれです。それは,本質において,戦う神を頭カシラ
とするイスラエル解放軍の誕生を意味していました。
 
〈ヨシュアの説教〉
 聖書ヨシュア記の中のシケム伝承において,カナン占領という宿題を果たしたヨシュ
アは,イスラエル十二部族をシケムの地(エリコの北)に集め,祭壇を築き,ヤハウェ
共同体結成のための契約を結ぶことになりました。ヨシュアは,祭壇の前に立って,民
に向かって語りかけました。
 「主(神)は,こう仰せられる。『あながたの先祖たち,すなわちアブラハムの父,
ナホルの父テラは,昔,ユフラテス川の向こうに住み,皆ほかの神々に仕えていたが,
わたしは,あなたがたの先祖アブラハムを,川の向こうから連れ出して,カナンの全地
を導き通り,その子孫を増した。わたしは彼に,イサクを与え,イサクにヤコブとエサ
ウを与え,エサウにはセイルの山地を与えて,所有とさせたが,ヤコブとその子供たち
は,エジプトに下った。わたしはモーセとアロンをつかわし,またエジプトのうちに不
思議を行って,これに災を下し,その後あなたがたを導きだした・・・・・・』」。
 ヨシュアの言葉は,神の不思議な救いと恵みに集中しています。それをイスラエルに
想い起こさせること,そのことに彼の目的があるのです。それはアブラハムの旅に現れ,
葦の海の奇跡に現れ,エリコの戦闘に現れ,そして今,土地取得に現れたと言います。
イスラエルの歴史は,そのまま救いの歴史であった,と言うのです。
 神の言葉は続きます。
 「そして,わたしは,あなたがたが自分で労しなかった地を,あなたがたに与え,あ
なたがたが建てなかった町を,あなたがたに与えた。そしてあなたがたは今その所に住
んでいる。あなたがたはまた自分で作らなかった葡萄畑と,オリーブ畑の実を食べてい
る」。だから「あなたがたは主を恐れ,誠と,真心と,真実とを以て,主に仕えなさい
」とヨシュアは言いました。
 ヨシュアの説教が終わったとき,会衆は即座に答えて云いました。「主を捨てて,他
の神々に仕えるなど,われわれは決していたしません」。「われわれがその証人です」。
ヨシュアは,この日,民と契約を結び,それを律法の書に書き記しました。これがシケ
ムの契約です。
 このことは,ヨシュアはモーセに従って,契約を更新したことを意味します。ヨシュ
アはシケムに近いエルバという山に祭壇を築き,契約確認の祭りを厳粛に執行しました。
彼はモーセの書き記した律法を,民の前で石に書き写し,それを悉く朗誦しました。
「モーセが命じた言葉の中で,読まなかったものは一つもなかった」。
 
 ユダヤ教の神エホバ(ヤハウェ)は唯一神です。しかし元々は山の特に荒々しい火山
の神です。創世記では,エホバがアブラハムに現れて,彼の名をアブラムからアブラハ
ムに変えるよう命じています。このときエホバは「わたしは全能の神である」と言って
います。この「全能の神」は語源的には「山の神(エル・シャダイ)」です。つまりエ
ルは元々カナンの神々のうちの最高神であり,ギリシャ神話のゼウス,ローマ神話のユ
ピテル,北欧神話のオーディンに相当する偉大な父なのです。アブラムの妻サライ(サ
ラ)の名は,月の神シンの妻であるニンガールのヘブライ語訳であるシャラトウからき
た,と云われています。アブラムとサライが長い年月を其処で過ごしたハランの近くの
アレブには,この月の神の神殿があり,彼等はそれを信仰した,とも云われています。
 
 神話は,反復朗誦されることによって,歴史性を獲得し,現実性を獲得すると云われ
ています。想起とは,こうした歴史化と再生作用を云うのです。
 ここで,聖書申命記に記された美しい祭儀神話の一部を紹介します。それは本来,モ
ーセ六書中でも最古の「土地取得伝承」に属し,過越の祭り,或いは収穫祭に,人々に
よって朗誦されたものであると云われています。その古式で,簡潔な告白の中に,われ
われは,契約宗教としてのイスラエル宗教の精髄をみることができるのです。
 
 「わたしの先祖は,さすらいの一アラブ人ビトでありましたが,わずかの人を連れてエ
ジプトへ下って行って,その所に寄留し,遂にそこで大きく,強い,人数の多い国民に
なりました。ところがエジプト人ビトは,われわれをしえたげ,また悩まして,辛い労役
を負わせましたが,われわれが先祖たちの神,主に叫んだので,主はわれわれの声を聞
き,われわれの悩みと,骨折りと,しえたげとを顧み,主は強い手と,伸べた腕と,大
いなる恐るべき事と,しるしと不思議を以て,われわれをエジプトから導き出し,われ
われをこの所へ連れてきて,乳と蜜の流れるこの地をわれわれに賜りました。主よ,ご
覧下さい。あなたがわたしに賜った地の実の初物をいま携えてきました」。
 
 ここには自己の歴史に目覚め,神の聖なる民として,自己解放を成し遂げた民族の誇
りが,生き生きと力強く詠い上げられています。これは「申命記の信仰告白(クレドー)」
とも呼ばれています。
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