22 聖書の起源/約束の土地を求めて
 
           聖書の起源/約束の土地を求めて
 
                   参考:講談社発行「聖書の起源」・同文書院
                      発行「驚くべき旧約聖書の真実」
 
〈約束の土地を求めて〉
 ノアの末裔アブラハムはセムの系図から出ており,その一族は,メソポタミア地方の
ウルという処に住んでいました。
 アブラハムは,父テラに従ってウルを発ち,妻のサライと一緒にハランという処に着
き,その地に住みました。ウルはペルシャ湾に近いユーフラテス河下流にあり,ハラン
はその上流にあります。この一帯は半円形の三日月型沃地帯と云われています。。
 父テラがその地ハランで死んだとき,アブラハムに神の声が臨み,こう言われました。
 「あなたは国を出て,親族に別れ,父の家を離れ,わたしが示す地に行きなさい。わ
たしはあなたを大いなる国民とし,あなたを祝福し,あなたの名を大きくしよう。あな
たは祝福の基となるであろう」。
 アブラハムは,主(神)に言われたように出で立ちました。神の示す土地が具体的に
何処であるのか,聖書上では判然としないまま,アブラハムは誠にとりとめのない旅に
出発したのでした。
 アブラハムは,妻のサライ,弟の子ロト,そして集めた全ての財産と,ハランで得た
人々を引き連れて,父の家を後にしました。行く手には辛酸が待っていました。
 
 年代は紀元前2000年頃から同1800年前後と考えられています。その当時は,ハランの
あるマリ王国は,バビロニアのハンムラビ王の攻撃によって滅びています。このことが
ハランを出てカナン(パレスチナ)の地へ南下した一つの理由となっていると考えられ
ます。またもう一つの理由は,その頃は,今から約6千年前を頂点として以後気温が下
がり始めたことです。気温が高かった頃には赤道収束帯が北上し,それによる雨がこの
辺りを潤していました。ところが気温が下がって赤道収束帯が南下して,乾燥してきま
した。この南下する赤道収束帯の雨を追って,アブラハムとその子孫達はカナンの地,
更にはエジプトへ行ったのではないか,との説もあります。
 
 このようにして,遍歴の旅は開始されました。アブラハムとその家族は,見知らぬ異
邦の民の間を,寄留者として通り過ぎて行きます。彼等の持ち物は,羊と牛と天幕と,
家畜を扱う牧者達でした。これは遊牧民の生態であり,オアシスからオアシスへの移動
と寄留の生活でした。こうした放浪の生活は,どれ程の緊張と忍耐を必要としたか,想
像し難きものでした。行く先々で牧草地を確保し,その地に寄留するするための細心の
工夫を凝らさねばなりませんでした。例えば,エジプトに下ったときは,妻サライを妹
である偽り,王宮に召し抱えさせたのでした。
 
 遊牧民には,そもそも定住しようにも,そのための耕地が彼等にはありませんでした。
聖書の伝えるアブラハム達の旅の物語は,実は土地取得のための旅だったのです。
 このため,妻サライが亡くなったとき,その遺体を埋葬する墓を手に入れるのに非常
に苦心しました。アブラハムは執拗に繰り返して,漸く代価を払って,使用権ではなく,
所有権を入手しました。それはヨルダン川中流にある寄留先カナンのヘブロンという村
の,畑の端の洞穴でした。この畑の端の洞穴は,神の約束の土地に対するアブラハムの
悲願がこめられていました。
 その頃の古代社会においては,農耕民が遊牧者になったり,遊牧民が農耕者になるこ
とは殆どありませんでした。
 しかしアブラハムは,遊牧の民に終止符を打ち,農耕民になろうと考えたのではない
でしょうか。彼は,イスラエルの歴史における,そうした目覚めた人間,伝統志向の殻
を破った最初の人間ではなかったでしょうか。しかも彼は,侵略や略奪によらず,正当
な取引によって,農耕民の仲間入りをしようと願ったことです。
 確かに彼は勇敢に戦って,敵をけちらしたこともありました。それは,敵に捕らえら
れた甥のロトを始め,奪われた財産や民を奪回するための闘争でした。彼は生涯を通し
て,侵略のための闘争とは無縁であったとされています。
 
 前述しましたように,アブラハムが旅立つときに神が言われた「あなたを大いなる国
民とし,あなたを祝福し,あなたの名を大きくしよう」と云うことは,実は,アブラハ
ムの力が小さかったからです。彼の旅立ちには,もっと大きな強い国民になろうとする
願望があったことが窺われます。従ってアブラハムは,侵略や略奪をしなかったという
ことは,弱者の倫理に従ったということになります。
 しかし,アブラハムからその子イサクへ,イサクからその子ヤコブ達の代になると,
群れの数は次第に大きくなって行きました。
 伝承によりますとアブラハム達は,羊の他に駱駝も飼い,葡萄酒は口にせず,牧草地
の使用権を認められた寄留者として,オアシスからオアシスへと旅をしました。

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