21 聖書の起源/カインの罪
聖書の起源/カインの罪
参考:講談社発行「聖書の起源」・同文書院
発行「驚くべき旧約聖書の真実」
〈カインの罪〉
『聖書』(『旧約聖書』のこと,キリスト者は「モーセを通してイスラエルの民に与
えられた神の救いの約束やシナイ山での契約に基づくもの」を旧約聖書と呼んでいる)
の創世記の祭司資料に拠りますと,神は最初に天と地を造られました。地は形がなく,
暗黒の原始の海の表面にありました。「光あれ」という神の声に応じて光りが生まれま
した。神は光を昼と名付け,闇を夜と呼ばれました。これが天地創造の第一日目の仕事
でした。第二日目に神は水と空を分けられました。第三日目に「天の下の水は一カ所に
集まり,乾いたところに現れよ」という神の声に応じて,地と海が分けられました。神
は地の上に青草と種を生じる草と,実を結ぶ果樹を作られました。
神は四日目には月と太陽と星とを,五日目には魚や鳥を,六日目には自分の姿に似せ
た人間の男女,家畜,全ての獣と地の上に這うものを作られました。また「人間は種を
生じる全ての草と木の実を食糧とするがよい。その地の全ての生物は青草を食糧とする
がよい」と言われました。こうして天地の創造を終えられた神が,七日目をお祝いの日
として1日休まれました。
一方ヤハウェ資料の創世記に拠りますと,神が天と地を作られた時には草や木は生え
ていませんでした。神が地に雨を降らせず,土地を耕す人もいなかったからです。ただ
地下水が湧き出て,土地の全面を潤していました。神はまず土塊から人を作り,その鼻
に命を吹き込まれました。神は東方のエデン(ユーフラテス河下流のメソポタミア南部
と云われている)に一つの園を作られ,見て麗しく,食べるによい全ての木を其処に生
えさせました。国の中央には生命の木と善悪の知恵の木を生えさせました。一つの川が
エデンから発し,国を潤し,其処で分かれて四つの川の源流となっていました。神はこ
の園に人を置き,其処を耕させました。神は言われました。「この園のどの木からも好
きなように食べてよい。しかし善悪の知恵の木からは食べてはいけない。その木から食
べると,死なねばならなくなるからだ」。神は土から全ての地の獣と天の鳥を作り,そ
れを人の処へ持ってきて名を付けさせました。しかし鳥や獣は人の助け手とはなりませ
んでした。そこで神は,寝ている人の肋骨を一つ取り出し,それを一人の女に作り上げ
ました。肋骨を取られた男は,その肋骨である女と結び付こうとします。こうして人と
その妻が作られました。彼らは二人とも裸でしたが,お互いに恥じるところがありませ
んでした。男の名はアダムと云い,女の名はイブと云いました。
ところがアダムとイブは,蛇に騙されて善悪の知恵の木の実を食べてしまいました。
聖書の記録する人類最初の兄弟殺害の物語,それは兄が弟を野に誘って打ち殺す物語
です。
この物語は,"禁断の園"の木の実を食べて,エデンの楽園を追放されたアダムとイブ
の後日譚タンから始まります。神の罰により食物のために顔に汗して,一生苦しみどおし
働き続けねばならなくなった人間アダムとイブに,カインとアベルという二人の息子が
生まれました。
子供達は成長し,兄カインは土を耕す者,つまり農耕者,弟のアベルは羊を飼う者,
つまり牧羊者になりました。
ある日のこと,二人の兄弟は,主なる神の前に,彼等が働いて得たそれぞれの産物を
捧げるために競い合いました。カインは大地を耕して収穫した畑の初物ハツモノを,アベル
は羊の初子ウイゴとよく肥えた羊とを神に捧げました。
神は,アベルの供えた捧げ物だけに心を留められました。
カインはいたく失望し,このとき心に殺意が兆し,アベルを野に連れ出して殺害しま
した。
神はこのことを知って,激しい呪いを以てカインを断罪しました。
「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が,土の中からわたしに叫んでいま
す。今あなたは呪われて,この地を離れなければなりません。この土地が口をあけて,
あなたの手から弟の血を受けたからです。あなたが土地を耕しても,土地は,もはやあ
なたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。
神は,放浪者カインを誰も打ち殺すことのないように,一つの「しるし」を付けまし
た。カインは,神の「しるし」を身に帯びて神の元を去り,エデンの東に移住しました。
こうしてカインの末裔の不幸の歴史が始まりました。
このことは,聖書の意図が,神による人間救済の業ワザが開始されねばならないため,
このような破滅的結末から,出発するほかないからである,と云われています。
一方,この物語の背後には,オリエント神話それ本来の動機が複雑に絡み合っていま
す。一つは,カインとアベルの供え物の競争の動機です。物語には事実,農耕民と遊牧
民との,幾世紀にも亘る宿怨が背景となっいるからです。物語の相剋は,古代オリエン
トのメソポタミアの牧畜神(ドゥームージー)と農耕神(エンキムドゥ)との闘争の神話の変形と
みられる,とも云われています。
このメソポタミア神話の主題は,女神(イナンナ)が牧畜神と農耕神とどちらを夫に選ぶ
か,という「夫選び」から成っているのです。二人の神は,女神の歓心を買うために,
それぞれ自慢の供え物を捧げて,その優劣を競い合います。女神は,牧畜神の捧げる供
え物に好意を示したので,牧畜神の勝利に終わりました。
またカインの不幸には,別の動機がこめられていた,とも云われています。それは,
カインの悲劇の発端は,アベルに対する依怙贔屓エコヒイキでも,神の気まぐれでもなく,実
は農作物の不作という古代社会の切迫した状況を伝えていたものです。アベルの殺害は,
それを償うための祭儀であったのです。
大地が不作のとき,野である畑を肥沃にするための生贄に,アベルが選ばれたのです。
カインの殺害の行為は,復讐のためではなく,正に宗教的目的に発する祭儀的行為その
ものであり,要するにカインは,司祭として振る舞ったに過ぎないということになりま
す。
カインの「しるし」はまた,実はバビロニアの聖なる逃亡司祭に付ける「しるし」な
のです。司祭は,生贄の流す血によって汚れたため,一定期間共同体から離れねばなら
なかったのです。
ところで,カインとアベルの年代は,今から5,6千年前(西暦紀元前3,4千年)
であるとされています。
今から1万年前にビュルム氷期の氷が解け終わった後気温が上昇し,今から6千年前
に最高となりました。これ以後気温は低下し,現在までに1〜2度低下しています。
気温が上がると陸上にある氷が解け,その分だけ海水面が高まります。これとは逆に
気温が下がると,海水の一部が氷となって陸上へ取り去られるために海水面が下がりま
す。聖書の天地創造と云われる年代は,海水面が下がり始めた頃と考えられます。
一方,気温が高い程暮らしやすく,このような高温期を気候最適期と呼び,裸で暮ら
せる程気温が高く,また木々が豊かな実を結んだエデンの園の物語は,この気候最適期
の頃のを指すものと考えられます。
寒帯前線や赤道収束帯は,季節によってその居場所を変えます。北半球では寒気の強
い冬には寒帯前線と赤道収束帯が南下し,夏には北上します。しかし,地球上にはどの
季節にも寒帯前線や赤道収束帯がやってこない地域があります。バグダットを代表とす
るメソポタミアなどのこういった地域では,雨が少なく砂漠ができやすいのです。しか
し,歴史的にこれらの地域が常に乾燥していたかというと,そうではありません。気候
最適期には,赤道の勢いが強くなり,北半球では寒帯前線や赤道収束帯が北上し,この
うち赤道収束帯がこの地に雨をもたらします。また低温になると,寒帯前線や赤道収束
帯が南下し,このうち寒帯前線が雨をもたらすのです。
カインとアベルの頃は,気候最適期が峠を越し,厳しい乾季に悩まされていた時代で
あったと想像されます。
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