11 ヒンドゥー教
 
               ヒンドゥー教
 
                   参考:三笠書房社発行「『宗教』がわかる」
 
 
〈ヒンドゥー教の歴史〉
 ヒンドゥー教は,インド亜大陸という広大な土地と,西暦紀元前2千年頃から文明が
栄えたとされる古い歴史を持つインドに生まれ,そして根づいた民族宗教です。ヒンド
ゥー教とは広義には,「インド文化圏全般に亘って,広く行われてきた,乃至行われて
いる,宗教をバック・ボーンとした文化の複合体」とも捉えられます。
 
 西北インドのインダス河流域を中心に栄えた,いわゆるインダス文明は約1千年間続
きましたが,紀元前1500年頃になって,アーリア人によって滅ぼされたものと考えられ
ています。
 アーリア人がインドにもたらしたこの宗教は,聖典『リグ・ヴェーダ』からも分かる
ように,宗教的世界観に基づく多くの神格を神として信ずる多神教でした。そして,こ
の信仰を軸とした社会的階層をも構築するようになりました。つまり,これらの神々の
司祭者(バラモン)を第一の階級とし,これを支援し,権力を以て保護する王侯武士(
クシャトリヤ)を第二の階級,その後に庶民階級(ヴァイシュヤ),奴隷階級(シュー
ドラ)を配するという階級制度,いわゆる「カースト制度」です。
 その後ヒンドゥー教は,土着信仰,自由宗教思想,仏教,ジャイナ教などとの出合に
よって徐々に変容しながらも,インド全域を支配する宗教となりました。総人口の8割
以上を占めるヒンドゥー教は組織された宗教ではなく,インド各地に無数の寺院がある
ものの,それらを繋ぐ横の連携組織はありません。
 
〈ヒンドゥー教の神々〉
 ヒンドゥー教には,極めて多くの神々が登場します。これらの神々の起源を辿ると,
人々が関係する天地の出来事に由来する事柄を神格化した神々ということができます。
そしてこれらは,根源的な存在としての神とその化身(権化)である諸神,又は我が国
の民間の神々のように特定の分野を象徴・守護する神々などに区分されます。また,本
来の役割から別の役割に変身した神々,崇拝の対象としては重視されないが神格として
高位にある神々,実在人物であったと思われる神々など,その身上には多彩なものがあ
ります。ヒンドゥー教の各派は,そのうちのどの神を崇拝するかという違いによって形
成されています。
 
 ヴィシュヌ神 − この神は,ヒンドゥー教においてシヴァ神と尊崇を二分する主要な
神です。3歩で天地空の三界を歩き通すことができるという神話を持つ神です。ヒンド
ゥー教において最高神の一神とされていて,宇宙の本源を神格化した神として多くの分
身(化身)をこの世に出現させています。宇宙の本源とされる太陽の光のような慈しみ
がこの世に善神となって出現し,人類を救済すると云います。
 クリシュナ神 − この神は,実在人物であったクリシュナが英雄化されて神となった
と伝えられています。それが後にヴィシュヌ神の10種の化身のうちで最も重要な神とし
て,ヴィシュヌ神と同一視されるまでになりました。
 シヴァ神 − この神はヒンドゥー教の主要神の一つですが,一般的には破壊を象徴す
る恐るべき神と想像されていますが,シヴァ神は破壊だけではなく,宇宙の創造・維持
をも司る神です。歴史的には,この神は土着的信仰の影響を受けて成立し,生殖の力を
象徴する神としても崇拝されています。
 神妃神シンヒシン − インドの男神は,全て神妃を持っています。ヴィシュヌ神の神妃はラ
クシュミー(日本では「吉祥天」とされる),シヴァ神の神妃はドゥルガーと説かれて
います。
 諸神 − 以上の神々のほかに,重要な神として世界の創造神の一神とされる「ブラフ
マン神(梵天)」がありますが,この神は高位ながら,崇拝の対象としてはあまり重要
視されませんでした。また日本で著名な「弁財天」は本来インドでは河川の女神で,そ
のほか花の弓を放つ愛の神,方角の守護神など多彩な神が存在しています。
 
〈ヒンドゥー教の教え〉
 ヒンドゥー教には教祖が存在しません。その教えは,天啓聖典とされる4種の『ヴェ
ーダ聖典』と,多種の『古伝書』,及び哲学的諸文献や現代的宗教詩・神々への賛歌な
どによって示されています。古伝書とは,インドの二大国民的叙情詩とされる『マハー
バラタ』と『ラーマーヤナ』,民衆に愛唱されている『プラーナ(古譚コタン)』,生活の
法典『マヌ法典』などです。
 このようにヒンドゥー教には多種多様な思想が存立しているため,その教義を総括的
に述べることは困難ですが,基本的なものを取り出してみると,第一に「業カルマ」と「輪
廻サンサーラ」の教えが挙げられます。
 「カルマ」とは「行為の集成」のことです。現世における行為の集成が,来世におけ
る生の立場(カルマの結果によって与えられる天上界から地獄界に至る次の世での生ま
れ変わり)を決定し,今世における生の立場は前世の業の結果であるとされています。
この三世(過去・現在・未来)の生死の流転の繰り返しを「サンサーラ」と云います。
 その繋縛を断ち切った状態が「解脱ゲダツ」であり,仏のような悟りに達した人のみが
サンサーラから逃れることができるのです。「解脱」への方法として示されているのが,
ヨーガと神へのひたすらなる誠信です。このカルマとサンサーラの思想はヒンドゥー教
の中核的な教義を意味するばかりでなく,ジャイナ教や仏教にも大きな影響を及ぼして
います。
 次いで求められる思想(教え)は「法ダルマ」です。仏教では「法ホウ」とは仏の教えそ
のものを示す言葉として用いますが,ヒンドゥー教では加えて「法ダルマ」,「実利アルタ
」,「愛欲カーマ」を包含するものとして理解されています。ダルマとは「未来永劫変わる
ことのない永遠の法」と倫理・道徳上における「行為の規範」のこと,アルタとは物質
的・経済的な実利(利益)を追求すること,カーマとは生殖に通ずる愛情・性愛の追求
を云います。アルタとカーマは人間生活の生の営みを示し,ダルマがその営みを正しい
規範によって教導するという関係にあります。
 これらの浸透によって形成されたインドの生活上の秩序には,「種姓法」と「生活期
法(4住期)」があります。種姓法には,インド人の四つ階級(バラモン・クシャトリ
ヤ・ヴァイシュヤ・シュードラ)がそれぞれ遵守すべき行為の規範が示されています。
生活期法とは,人生を四つの期(4住期)に区分した理想的生活サイクルを云い,第一
が幼年期から師の元で「ヴェーダ」などの聖典を学習する学生期,第二が学生期を卒業
して家庭生活を円満に営み,日々の祭祀を怠らない家住期,第三は妻と共に,或いは一
人で世俗を離れて森林に住み,静寂な日々を過ごす林棲期,第四がこの世への執着を捨
てて各地を遍歴して修行生活を営む遊行ユギョウ期です。
 インド民族はこれらの諸々の教えに基づき,民族の生活法を構築しているのです。

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