49 天地創造の謎「人類の始まり」
 
  ["最初の人間"アダム]
 
 旧約聖書『創世記』の冒頭にある神話では、人間は、神が六日間で天地を創造した時、
その最後の六日目に、次のようにして造られたと物語られています。「神はまた言われ
た。『われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥
と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう』。神は自分のかたち
に人を創造された。すなわち、かみのかたちに創造し、男と女とに創造された。神はか
れらを祝福して言われた。『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚
と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ』。神はまた言われた。『わたしは
全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたが
たにあたえる。これはあなたがたの食物となるであろう。また地のすべての獣、空のす
べての鳥、地に這うすべてのもの、すなわち命あるものは、食物としてすべての青草を
与える』。そのようになった。神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなは
だ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である」
 この創造譚では人間の創造は、天地の創造の最後に、そのいわば締め括りとして行わ
れたとされ、また、人間は初めから男と女に造られたことになっています。
 
 通常『聖書』に拠る人間の始まりは、「神が土から最初の男アダムを造り、そのあと
でアダムが眠っている間にその肋骨ロッコツを取り、それから最初の女エバを造った」と云
います。つまり、「主なる神が地と天とを造られた時、地にはまだ野の木もなく、また
野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土を耕す人もなかった
からである。しかし地から泉がわきあがって土の全面を潤していた。主なる神は土のち
りで人を造り、命の息をその鼻に吹き入れられた。そこで人は生きた者となった」と。
 この創造譚では、神は天地を造った後で、動植物などより先にまず人間を造ったとさ
れ、また、最初に造られた人間は男であることになっています。
 
 『創世記』の初めには実は、このように可成り内容の異なる二つの創造譚が記されて
います。前者の「神が六日間で世界を造り上げ、七日目に休息した」という創造譚は、
二章四節の前半で完結しています。後者の「アダムとエバ」の話は、この節の後半から
始まる、二番目の創造譚の主な内容を構成しています。
 専門家の研究に拠りますと、後者の話の方が、前者のものより古くて、紀元前九世紀
に出来ていた資料から採って来られたものと推測しています。一方、前者の話は、紀元
前六世紀に作られたと云う見方が有力のよです。
 
〈土から造られた人間〉
 
 前掲『創世記』のアダムの名は一般には、土を意味するヘブライ語アダマーから来た
と考えられています。
 アダムとエバが造られた後、エバが蛇の誘惑に負けて罪を犯し、アダムにも罪を犯さ
せ、それから『創世記』の三章には、この罪の結果エバと共に楽園を追放されることと
なったアダムに対して、神が最後に次のように言ったと記されいてます。
「あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。
あなたはちりだから、ちりに帰る」
 人間は神によって、元々土の塵から造られたものだから、苦しみの多い短い生の後に
死んでまた元の塵に帰る。これが旧約聖書の人類創造譚に表明されている人間観の一面
です。
 
 同じ考えは、旧約聖書の別の箇所では、次のように表現されています。「主はわれら
の造られたさまを知り、われらのちりであることを、覚えていられるからである。人は、
そのよわいは草のごとく、その栄えは野の花にひとしい。風がその上を過ぎると、うせ
て跡なく、その場所にきいても、もはやそれを知らない(『詩編』103,14〜16)」
 しかしこの思想は、聖書の人間観の一面でしかないと云います。
 
 人間の霊魂を神の息と同一視する観念は、ユダヤ=キリスト教に一貫しています。新
約聖書の『ヨハネによる福音書』には、復活したイエスが、弟子たちに息を吹き掛けて、
「聖霊を受けよ」と言ったと記されています。このイエスの行為は明らかに、アダムに
息を吹き込んで生命を与えた、創造の時における神の行為の更新です。神の息を吹き込
まれたのに、罪によって一旦神から分離した人間が、神の子イエスの息である聖霊を受
け、また神に近付けられるとされたのです。
 
〈地底から這い出た人間の祖先たち〉
 
 人間が土から造られたと云う神話は、エジプト、メソポタミア、ギリシアなどにもあ
り、また中国にもありました。中国の神話は、伏羲フクギの妻とされる女神の女咼(女扁
+咼)ジョカを主人公とした、次のような話です。
「天地が開け初め、未だ人間がいなかった時に、女咼が人間を造った。彼女は最初、黄
土をまるめて一人ずつの人間を造っていたが、それでは仕事の量が多くなってとても間
に合わぬので、後には泥の中に縄を引きずって、跳ね上げた土をそのまま人にしてしま
った。人間の中で富貴なものは女咼が最初に黄土から造ったもので、貧賎なものは、縄
によって粗製濫造された人間にほかならない」
 
 アメリカ大陸に最も特徴的な人類起源譚は、人類の祖先が地中が発生し、其処から地
上に上がって来て、人間になったと云う話で、ズニ族の神話はその代表的にものです。
「人類の祖先は、天と地の交わりによって、『母なる大地の四つの腹』の中で最も奥深
い処にある、真っ暗な場所で誕生した。彼等は、初めは、知恵もなく見るからに汚らし
い生き物で、暗闇の中で互いに重なり合いながら蠢ウゴメいていたが、時が経つにつれて
段々と知恵も形も幾らか人間らしくなった。
 そのうち、彼等の中の一人のポシャイヤングキョという者が、遂に上界へ通じる道を
見付け、陽光の下モトに出て、父なる太陽に、『未だ地中に居る者たちを救い給え』と祈
った。すると太陽は、この祈りに応え、泡の女神の上に陽光を注いで彼女に子種をはら
ませ、双児の兄弟の神を生ませた。そして、彼等に虹や雷や霧の楯などを与え、世界の
支配者に任じた。
 彼等は蜘蛛クモの糸を伝って地底に下り、其処に居る生き物たちに上界のことを教えた。
そした蔓草と木を縛り合わせて、どんどん上へ伸びる生きた梯子を造り、自分たちが先
頭に立って、上界へ登った。生き物たちは双児神に従い、長い間かかって大地の三つの
腹を通り抜け、最後に漸く地上に出た。この時には彼等は未だ完全に人間に成り切って
おらず、口も肛門もなく、手足の指の間に膜があり、角と尾が生えていた。双児神は小
刀で、彼等に口と尻を開け、指を切り離し、角と尾を切り取って遣った」
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