46 [月になった乙女]
 
 インドネシアのセラム島に住むヴェマーレ族の間には、月の起源について、次のよう
な神話が語られています。
「月は元は、ラビエと云う名の少女で、地上に住んでいた。ところがある時、天に住む
太陽の男トゥワレが、彼女に求婚した。ラビエの所属する氏族の者たちが、この申し入
れを拒否すると、ラビエの身体は突然、彼女が立っていた木の根方の地面の中へ沈み始
めた。男たちは力を合わせて懸命にラビエを土の外へ掘り出そうとしてみた。しかし彼
等の努力は何の役にも立たず、乙女の身体はどんどん地中に引き込まれて行くのを、食
い止めることは出来なかった。遂に首のところまで土の中に埋まってしまった時に、ラ
ビエは母親に向かって言った。
『私をこのように引き込もうとしているのは、トゥワレです。どうか豚を一頭殺して、
死者のための祭りをして下さい。私は今、死なねばならないからです。そして三日目の
晩が来たら、皆で空を見て下さい。私は其処に、光となって現れるでしょうから』
 娘の近親者たちが言われた通り豚を殺して、三日間に亘り死者のための祭りを行うと、
三日目の晩に彼等は、西の空に満月が現れるのを見ることが出来た」
 
 この神話の主人公ラビエを、ヴェマーレ族の別の神話に出て来るラビエ・ハイヌヴェレ
と云う名の女性と結び付け、両者が結局は同一の存在の二種の面相を表したものだろう
と云う研究報告(ドイツの民族学者イエンゼン氏の研究)もあります。
「ハイヌヴェレは、原初のときに男たちによって暴力的な仕方で殺され、その屍体をば
らばらに切り刻まれて、土の中に埋められた。するとその屍体の様々な部分から、いろ
いろな種類の芋類が生じ、これらがこの時以後、人間たちの常食物として栽培されるこ
とになった」と云われています。
 この報告による、世界と人間は、原初の時に彼等によってなされた一連の行為の結果、
初めて今日我々が見る通りのものになった、と。つまり彼等は、この型の神話を所有し
ている原住民たちに執っては、我々が言う「神」に当たるものなのです。
 
〈デマ神とは〉
 
 デマ神とは、前述のイエンゼン氏の提案する、東南アジアなど熱帯地方の、農耕民の
神話に登場する独特の型の神的存在を云います。この「デマ」と云うのは、次に紹介す
る、ニューギニアの原住民のマリンド・アニム族が、自分たちの神話に出て来るこの種の
神的存在を呼ぶのに使っている呼び名です。
 イエンゼン氏に拠りますと、これらのデマ神を主人公とする神話では一般に、月に重
要な宗教的意味が与えられています。月の起源はこれらの神話の中で、農業・死・生殖行
為・月経などの起源と結び付けられ、云はば月が、神話の物語る出来事によって創始され
た現在の世界秩序の全体の象徴であると見られている、と云うのです。
 次のマリンド・アニム族の神話では、このイエンゼン氏の言う関係が、月とデマ神の間
に認められます。
「昔、身体中に蛸タコの吸盤のような疣イボのある、ゲブと云う男のデマが居た。彼は自分
の酷い醜さを恥じて、他のデマたちとの交わりを避け、独りぼっちで蟻塚の中に隠れ暮
らしていた。ある日のこと、彼が海岸で魚捕りをしていると、何人かの娘たちが遣って
来るのが見えた。ゲブは急いで、砂の中に身を隠したが、娘たちは彼を掘り出した。其
処に男たちが村か駆け付けて来て、土掘りに使う棒と椰子ヤシの実を開くのに使う道具を
使って、寄って集タカってゲブの身体からいぼいぼを削り出した。夜になると男たちはゲ
ブを薮の中に引っ張り込み、皆で彼を同性愛の対象にして犯し、その後でゲブの身体中
に精液を塗り付けた。するとゲブの身体にあった傷はすっかり癒え、夜の間に彼の首か
ら最初のバナナが生え、朝にはもう実がなった。デマたちはその実を採り、それで広場
を飾って、盛大な祭りをした。この後ゲブは、デマたちに幽閉されたまま、屡々彼等に
暴行を加えられていたが、ある夜のこと、彼はこっそり屋根の上に這って出て、其処か
らヤム芋の蔓を伝って上り、月になった」
 
〈日食・月食は何故起こるのか〉
 
 太陽と月を巡る現象で、最も印象的なものは日食と月食です。
 日食・食の起源譚として最も多く見られるのは、これらの現象は太陽と月が、悪魔、怪
物、猛獣などによって、呑み込まれそうになるために起こると云う話です。この型の神
話は、太陽又は月がその敵にすっかり呑まれてしまうのを防ぐため、人々が地上から騒
音を発して日・月食を起こす怪物を追い払おうとする儀礼と共に、殆ど世界大と言って良
い分布を持ちます。
 例えば北欧の神話に拠りますと、「太陽と月は、スコルとハテイと云う二頭の怪狼に
よって、絶えず追い回されている。この狼によって太陽と月が呑み込まれ掛ける時に起
こるのが日食と月食で、その時には地上の人間たちは一斉にあらん限りの物音を発てて、
狼が呑み掛けた太陽や月を吐き出させるのである」と云います。
 
 またシベリアの極東部に住むギリヤーク族の神話に拠りますと、「太陽の中には一頭
の赤い牝犬バガシュが住んでおり、月の中には白い牝犬チャグシュが居る。日食と月食
は、この犬が悪神に勧められて太陽や月に咬み付くと起こる。その時には人々は外に出
て、木片や鍋などを叩き、大きな音を発てる。そして日食の時には天に向かって大声で、
「バガシュ、バガシュ」と叫び、月食の時は、「チャグシュ、チャグシュ」と叫んで、
犬に太陽や月を放させねばならない」
 このタイプに属する神話で、これらよりやや複雑な内容を持つものの例として、次に
アッサム地方に住むクキ族の間に伝わる話を紹介しましょう。
「昔、一人の高徳な隠者があり、その積み重ねた功徳の大きさによって、太陽や月にま
で羨ましがられていた。ある時、遂に太陽と月は嫉妬に耐えかねて、隠者をペテンに掛
けて彼の積年の功徳を騙し取ろうとして、彼に互いに功徳を交換しようと提案した。そ
して隠者が騙されてこの申し出に同意すると、太陽と月は彼の功徳を奪って逃げた。隠
者は、彼が飼っていた愛犬と共に、長い竿を伝って太陽と月の跡を追い、天に上ろうと
しました。しかし隠者が未だ天に行き着かぬうちに、地上で白蟻が竿の根本を食い荒ら
したために、隠者は地上に墜落し、首の骨を折って死んでしまった。だが主人よりも敏
捷ビンショウだった犬は、竿が倒れそうになった時に、辛うじて天にしがみ付き、そのまま
天上に上って太陽と月の追跡を続けることが出来た。この犬は今でも、亡くなった主人
に対する復讐心に燃え、猛烈な勢いで太陽と月の跡を追い続けている。犬はときどき太
陽と月に追い付き、これを捕らえるので、その時日食や月食が起こる。その時は人々は
天に向かった大声で、「放せ、放せ」と叫んで、犬に捕らえられた太陽や月を解放せね
ばならない」
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