46a [月になった乙女]
 
〈太陽と月を呑む悪魔〉
 
 太陽と月に恨みを抱いてその跡を追い回し、日食や月食を引き起こす悪魔のことは、
インドの神話にも出て来ます。
「昔、神々は不死の飲料のアムルタを造るため、悪魔と協力して大洋を掻き混ぜ、アム
ルタや美の女神ラクシュミーなどを、海水から造り出した。神々と悪魔は、アムルタと
ラクシュミーを奪い合って争ったが、神々が勝ち、不死の飲料と美の女神は両方とも神
々のものとなった。神々はこのようにして手に入れた不死の飲料を賞味するため、饗宴
を開いた。ところがこの饗宴の席に、ラーフと云う悪魔が神に成り済まして入り込み、
何食わぬ顔で神々と一緒にアムルタを飲んだ。居合わせた神々の中で、ただ太陽と月だ
けが、このことを見破り、仲間の神々に警告を発した。すると最高神ヴィシュヌが、直
ぐにその武器である円盤を投じてラーフの頭を胴体から切り離した。しかしこの時には、
アムルタは既にラーフの喉の処まで達していた。このために、胴体を失ったラーフの頭
はそのまま不死の存在となり、以後天に居て彼の計画の邪魔をした太陽と月の後を追い
回している。ラーフが太陽か月を呑み込むと、日食や月食が起こる。すると地上の人々
は猛烈な騒音を発て、ラーフに太陽や月を吐き出させようとする。だが実は、ラーフに
は太陽や月を呑んだままでいることは出来ないのだ。何故なら彼には、胴体が無いため、
呑まれた太陽や月は、首の切れ目からまた外へ出てしまうからである」
 
 ラーフと云う怪物のことは、インドシナの神話にも出てきます。しかしインドシナ神
話のラーフの話は、インドの神話とは可成り違っています。カンボジアの話を紹介しま
す。
「太陽と月とラーフは、元は三人兄弟の王子だった。彼等は皆信心深く、毎日修道僧に
米を施していたが、太陽はその施しの米を黄金の鉢に入れて運び、月は銀の鉢で、ラー
フは錫の鉢で運んだ。このため三人兄弟の中でラーフだけが、光らない星となった。彼
は輝く太陽と月になった兄たちの幸運を妬んで、彼等を呑もうとするので、そのために
日食や月食が起こるとも云われるが、別伝に拠るとそれは嘘で、ラーフは二人の兄たち
に会うと、懐かしさのあまりつい自分の口が大きくて兄たちを呑む癖があるのを忘れ、
太陽と月を抱擁してしまう。しかし彼は、呑んだ兄たちを直ぐにまた吐き出すのだとも
云われる」
 これと似た話は、タイにもあります。
「太陽と月は、昔は人間の兄弟で、ラフと云う名の弟と一緒に、地上で暮らしていた。
ところが、長兄は毎日僧侶たちに施し物として、大量の黄金を与え、次兄は銀を与えた
のに、ラフは汚い器に米を入れて与えただけだった。このため二人の兄たちは、死後に
太陽と月になり、神々の仲間入りをしたのに、ラフは、腕と爪と耳しかない真っ黒な怪
物になった。日食と月食はこのラフが兄立ちの幸福を妬み、太陽と月に戦争を仕掛ける
ために起こる」
 
〈太陽と月を虐イジめる弟の話〉
 
 前述に似たものとして、ラオスの話は、「日食と月食は、太陽と月の弟ラウが、兄た
ちに恨みを抱き、彼等の後を追い回して引き起こす」と物語られています。またビルマ
のパラウンダ族の話も似た内容です。
「昔、三人の兄弟が居た。彼等はある時、一緒に食事をしたが、末の弟は自分の分け前
以上にカレーを食べてしまった。そのため空腹であった二人の兄たちは立腹して、杓文
字シャモジでこの大食いの弟の頭を打ブった。三人は、喧嘩をしている間に空に上げられ、
太陽と月と暗い遊星になった。三人は今でも時々戦い合うことがあり、その時日食や月
食が起こる」
 同じビルマのシャン族の話も、これと良く似ています。
「太陽と月とスラに三人兄弟だった。ある時彼等は、神に御飯を供物として供えた。長
兄の太陽は早起きして、釜の一番上の方にある未だ熱い炊きたての御飯を供え、次に起
きた月は、釜の中程から冷め掛けた御飯を取って供えた。寝坊したスラが起きて来た時
には、もう釜の底の方に冷え切った焦げ飯が残っているだけだった。またある日のこと
スラは須弥山シュミセンに住む最高神から、不死の丸薬を三粒貰って来て、そのうちの一粒を
呑み、残りは枕の下に隠して置いた。ところが、スラの留守の間に、太陽と月がスラの
隠して置いた貴重な薬を見付け、それぞれ一粒ずつ呑んでしまった。家に帰ってこのこ
とを知ったスラは、重ね重ねの兄たちの仕打ちについ怒り心頭に発し、黒い車に乗って
兄たちの跡を追い掛け始めた。スラは、今でも太陽と月の跡を追い続けており、彼が兄
たちに追い着き戦いを仕掛けると、日食や月食が起こる」
 
 これらのインドシナの日・月食起源譚は、わが国の天の岩屋戸神話と類似していると指
摘する研究報告もあります。つまり「太陽女神天照大御神アマテラスオホミカミと月神月読命ツクヨミノ
ミコトには、須佐之男命スサノヲノミコトと云う乱暴者の弟が居る。そしてこの須佐之男命の乱暴が
原因で、天照大御神は岩屋戸に隠れ、世界を正しく日食を想わせるような、暗闇の状態
に陥れた」のです。

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