07a [国造り(二)]
 
「そうだったのか。ご苦労。まあ、家に入るが良い。」
 須佐之男命は 大穴牟遅神を家に連れて帰り、広間に連れて行くと、
「わしは昼寝するぞ。だが、頭が痒くてならぬ。頭の虱シラミを取って呉れ。」
と、命じて、そこへごろりと横になりました。
 命ぜられた通り、虱を取ろうとして須佐之男命の髪を見ると、何と髪の中には、蜈蚣
ムカデがうじゃうじゃと蠢ウゴメいていました。
 はっと手を引っ込めた大穴牟遅神に、須勢理毘売ず素早く椋ムクの木の実と赤い粘土を
手渡し、噛む真似をして見せました。
「− 分かった。」
 大穴牟遅神は頷いて、椋の実を食い破り、粘土を口に含んで、ぺっと吐き出しました。
 それを見て、須佐之男命は、大穴牟遅神が蜈蚣を食い破っているのだと思い、
「− なかなか見所のある奴だ。」
と感心して、何時の間にかぐっすり眠ってしまいました。
 
 大穴牟遅神は、須佐之男命がよく寝込んだのを見定めると、彼の髪の毛を広間の垂木
タルキごとに結び付け、大きな岩を担いで来て室の戸を塞ぎました。
 そうして、須勢理毘売を喚んで、
「姫よ。此処に居ては、また父君にどんな難題を出されるか分からぬ。私は出雲へ帰る
が、一緒に来て呉れぬか。」
と云いますと、姫は、
「喜んでお伴しましょう。それからこれをお持ちなさいませ。きっとお役に立つでしょ
う。」
と、須佐之男命の宝物の生大刀イクタチ、生弓矢イクユミヤと、天沼琴アメノヌゴトを差し出しました。
「ありがたい。では、父君が眼を醒まされぬうちに急ごう。」
 大穴牟遅神は姫を背負い、宝物の大刀と弓矢と琴を脇に抱えて、そっと須佐之男命の
宮殿を抜け出しました。
 
 そのとき、天沼琴が木の枝に触れて、大地が鳴り響くような音を発てました。
「仕舞った。」
 姫を背負った大穴牟遅神は、風のような勢いで直ヒタ走りに走って逃げました。
「何事だ。」
 琴の音に眼を醒ました須佐之男命は、起き上がろうとして、頭が押さえられるような
感じがするのに気付きました。見回すと、自分の髪が幾つにも分けて垂木に結び付けて
あります。
「大穴牟遅神の仕業シワザだな。」
 起こった須佐之男命が、ぐんと頭を振ると、垂木はばらばらと崩れ落ち、室は壊れて
しまいました。
 だが、垂木を引きずって行く訳にはゆかぬと、一つ一つ解ホドいている間に、大穴牟遅
神は遠くまで逃げて行ってしまいました。
 やっと髪を解いた須佐之男命は、急いで大穴牟遅神の後を追いました。
 
 黄泉比良坂まで来ると、須佐之男命は追うのを止めて、遥か彼方に逃げて行く二人に
向かって、
「おおい、大穴牟遅神。須勢理毘売はお前に呉れて遣る。その三つの宝も添えてな。そ
の生大刀、生弓矢で、お前の腹違いの兄弟たちを、坂の裾に追い落とし、川の瀬に追い
払ってしまえ。そうして、お前は大国主神オホクニヌシノカミとなり、また宇都志国玉神ウツシクニタマノ
カミとなって、出雲の国を治めよ。私の娘の須勢理毘売スセリビメを正妻とし、宇迦ウカの山の
麓に、地底の岩根に太い宮柱を立て、高天原に届く程高々と千木を聳えさせる立派な宮
殿を造って住むが良い。分かったか。こいつめ。」
と、大声で教え訓サトしました。
 父君の温情に、大穴牟遅神と須勢理毘売は深々と頭を下げて、
「ありがとうございます。必ず仰せの通りに致します。」
と誓って、出雲へ帰って行きました。
 
 さて、こうして出雲へ立ち戻った大穴牟遅神は、須佐之男命の言葉通り、生大刀、生
弓矢を以て、兄神たちを攻めると、さしも悪計に長けた兄神たちも、この武器の霊力の
前には一溜まりもなく、あちらの山裾に追い伏せられ、こちらの川辺に追い払われて、
とうとう皆降参してしまいました。
 ここに大穴牟遅神は、出雲の統治者として、新しく国造りを目指して縦横の活躍を始
めました。
 ところで、例の因幡の八上比売ヤカミヒメはどうしたでしょうか。
 
 大国主神は、約束通り因幡から八上比売を連れて来て結婚し、子供まで出来ましたが、
彼女は正妻の須勢理毘売を畏れて、生まれた子を木の股に挟んで、因幡へ帰ってしまい
ました。
 それ故、その子を木俣神キノマタノカミと云い、またの名を御井神ミイノカミとも云います。
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