07 [国造り(二)]
 
〈大国主神の試練〉
 
 大穴牟遅神オホナムヂノカミはその教えに従って、遥々根の堅州国の須佐之男命スサノヲノミコトの宮
を尋ねました。
 その宮で最初に会ったのは、須佐之男命の娘、須勢理毘売スセリビメでした。姫は、今ま
で見たこともないような立派な青年が訪れたことに驚き、大穴牟遅神は又、命ミコトにこん
な美しい娘が居たのかと心打たれました。
 若い二人は忽ち恋に落ち、遂に結婚の約束までしました。
 姫は、家の中に引き返し、父の命に、
「大変ご立派な神様がお出でになりました。」
と、告げました。
 
 須佐之男命は、自ら外に出て、大穴牟遅神を見ると、一目で、
「これは葦原色許男アシハラシコヲと云う神だ。」
と見抜き、家の中に招じ入れました。そうして、
「遥々とよく来たな。今夜はゆっくり寝ヤスむが良い。」
と、須勢理毘売に目配せして、大穴牟遅神を一室に案内させた。
 そこは、怖ろしい蛇の室ムロでした。
 大小様々の蛇が、床と云わず壁と云わず、うようよ這い回っています。
 さしもの大穴牟遅神もギョッとしていますと、須勢理毘売が素早く一枚の領巾ヒレを彼
に渡して、囁ササヤきました。
「この領巾は蛇を追い払う魔力を持っています。蛇が噛み付こうとしたら、これを三度
振ってご覧なさい。」
「ありがとう。助かりました。」
 大穴牟遅神はほっとして、早速領巾を三度振ると、這い回っていた蛇は、皆じっと動
かなくなりました。
 お陰で大穴牟遅神は、安心してぐっすり眠ることが出来ました。
 
 翌朝、須佐之男命は、平気な顔で室から出て来た大穴牟遅神をじろりと見ましたが、
何もそのことについては問いませんでした。
 その夜、大穴牟遅神が案内されたのは、蜈蚣ムカデと蜂の室でした。
 だが須勢理毘売は再び、蜈蚣と蜂の領巾を大穴牟遅神に与え、前夜のように教えたの
で、大穴牟遅神はその夜も無事に過ごすことが出来ました。
 翌日、須佐之男命は弓矢を携えて、大穴牟遅神を広い草原に連れて行き、
「わしの射る矢を、拾って参れ。」
と命じ、鳴鏑ナリカブラを執って、ひょうっと草原の中に射込みました。
 矢の行方を見守っていた大穴牟遅神は、直ぐに草原の中央に走り込みました。
 その後姿を見送った須佐之男命は、草原の四方から火を放ちました。
 火は忽ち燃え広がり、大穴牟遅神が気付いたときには、周りは全て火に囲まれていて、
完全に逃げ場を失っていました。
「仕舞った! これが最後か!」
 大穴牟遅神は唇を噛みました。
 兄神たちの難を避けて、遥々根の国まで来たと云うのに、ここでみすみす殺されるの
ではあまりに心残りでした。
 
 そのとき、足元から、
「うちは ほらほら
 そとは すぶすぶ」
と云う、ちいさな声が聞こえて来ました。
 はっと、足元を見ると、一匹の鼠が大穴牟遅神を見上げていました。
「うちはほらほら、そとはすぶすぶと − 。そうか。中は虚ウツろで外は窄スボまってい
ると云うのは、穴があるのだな。」
 直ぐにそう判断した大穴牟遅神は、足元の大地を強く踏みました。
 すると、土は崩れて、どすんと深い空洞に落ち込みました。
 そのまま、空洞の底に蹲ウズママっていると、野火は激しい勢いで頭上を燃え過ぎて行き
ました。
「ああ、命拾いしたか − 。」
と、吐息を吐いた大穴牟遅神の前に、また、ちょろちょろと先程の鼠が現れました。
 鼠は、口に須佐之男命の鳴鏑に銜クワえていました。
「やっ。お前が探して呉れたのか。ありがとう。礼を言うぞ。」
 だが、矢を受け取ってよく見ると、矢羽根がすっかり無くなっていました。子鼠たち
が食べてしまったのでした。
「いいさ。羽根くらい無くたって。」
 大穴牟遅神はにっこり笑って、穴の外へ飛び出しました。
 
 その頃、須勢理毘売スセリビメは、父須佐之男命スサノヲノミコトのために大穴牟遅神オホナムヂノカミは
殺されたものと思い込み、泣きながらお葬式の道具を持って、草原に出て来ました。
 須佐之男命もまた、大穴牟遅神が死んだものと思って草原に出て来て、辺りを見回し
ていました。
 そこへ、颯爽サッソウと大穴牟遅神が現れました。
「遅くなりました。矢は此処にございます。」
と、跪ヒザマズいて鳴鏑を献上する大穴牟遅神の姿に、須勢理毘売は嬉し泣きに泣き崩れ
ました。
「無事であったか。よく矢を探して来たな。」
 流石の須佐之男命も、驚いた表情で矢を受け取りました。
 大穴牟遅神は、事の次第を包まず須佐之男命に話しました。
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