34a 植物の世界「藻類を食べる」
〈関西で発展したコンブ利用〉
コンブは分布が北海道や東北地方などに限られているため,アマノリに比べ,わが国
の中央において利用されるようになったのは遅く,平安時代になってからです。古くは
「比呂布ヒロメ」とか「衣比須布エビスメ」と呼ばれ,『延喜式』には,陸奥ムツ(青森県)の
貢納品として「広布ヒロメ」の名が記されています。主に寺院の鰹出汁カツオダシの代わりに利
用されていました。
鎌倉時代になりますと,後のコンブの主要産地である蝦夷地エゾチ(北海道)との交易
も行われるようになり,更に室町時代になりますと,幕府のあった京都やその周辺に,
コンブが大量に流入するようになりました。
江戸時代に入りますと,松前マツマエ藩(北海道函館地方)は本州から商人を呼び寄せ,
コンブ漁を請け負わせて税金を取るシステムを確立し,売買高は増加しました。この商
人等は,各漁場に屋敷を構え,地元のアイヌの人々との間に,コンブや魚介類と酒,タ
バコなどを交換しました。商人の中には計算を誤魔化す者も多く,アイヌの人々は大い
に怒り,紛争になったこともありました。
江戸時代初期は,全てのコンブは松前から日本海を通って若狭ワカサ(福井県西部)の小
浜オバマ,敦賀ツルガに運ばれました。その後,下関から瀬戸内海を通って大坂に運ばれる
ようになりましたが,コンブの精製・加工は小浜,敦賀において行われ,「若狭昆布」
のブランド名が有名になって行きました。江戸時代後期には,大坂においてコンブの表
面を削って作るとろろ昆布や朧オボロ昆布などの多くの細工昆布が生み出され,上方カミガ
タにおいて人気を博しました。また昆布の芯は京都に入って来て様々な菓子になり,宮廷
儀式にも出されるようになりました。これはコンブの芯をよく煮て軟らかくし,更に砂
糖液で煮詰めて甘く味付けし,これに砂糖をまぶしていろいろな形にしたものです。
明治時代になりますと,外貨獲得のため,鎖国時代から行われていました惣菜用コン
ブの中国(当時の清シン)への輸出が急増します。これは日中戦争の勃発により中断する
まで続きました。中国には天然にコンブがなく,専らわが国からの輸入に頼っていたた
め,第二次世界大戦中にコンブ養殖が試みられました。当時日本統治下の関東州水産試
験場に勤務していた大槻洋四郎は,1943〜45年にかけて山東半島において人工採苗によ
るコンブ養殖に成功しました。第二次世界大戦後,中国政府がこれを引き継いで改良に
努め,暖海域においてのコンブ養殖にも成功するなど,大きく発展しました。わが国に
おいても1970年頃から,北海道南西部の函館市や南茅部ミナミカヤベ町においてマコンブの促
成栽培が行われるようになり,収穫量は1994年には,天然物が10300tなのに対し,養殖
物が58000tになっています。
〈健康食品として発展したクロレラ〉
クロレラの研究は,第一次世界大戦の頃にドイツにおいて戦中の食料不足解消を目的
として始められましたが,俄然ガゼン注目を浴びるようになつたのは,ドイツのワールブ
ルク(1883〜1970)によって光合成の研究に用いられ,その能力が非常に高いことが分
かってからです。これは葉緑体が他の植物に比べて極めて大きいためで,光合成速度は
陸上植物の数十倍もあり,光利用効率も高い。更に蛋白質の含量も高いことから,将来
の食料不足を解消してくれる「未来食」として期待を集めました。
わが国においてのクロレラの研究は1951年,東京大学理学部田宮博教授(1903〜84)
によって,自らが所長であった徳川生物学研究所において始まりました。1957年には財
団法人日本クロレラ研究所が設立され,大量培養法の研究が始まりました。しかし残念
ながら,蛋白源としてのクロレラ大量培養は,日照条件やコストの面で限界のあること
が明らかになりました。その後,クロレラの生理的効果が明らかになり始めますと,1964
年からは現在に見られるような健康食品としての商業的なクロレラ生産が始まりました。
現在においては日本のほか,台湾やブルガリアなどにおいても生産され,その殆どはわ
が国に輸入されています。
クロレラ生産は,「培養」と云う言葉が用いられていますように,アマノリやコンブ
のような養殖,採集に比べますと,如何にも工業的で,寧ろランの微細繁殖法に似てい
ます。その方法には3タイプがあります。まず屋外の池で光エネルギーと二酸化炭素を
利用して培養する光独立栄養的培養です。これは最も単純でコストも低い方法ですが,
幾つかの問題があります。まず日射量によって生産力が決定されるため,天候や光量に
変動のある日本などの温帯地域においては安定的に生産出来ません。また二酸化炭素も
大気中のものを取り込むには限界があり,生産性が低い。
この不利を補うために,培養液に酢酸などの有機炭素を補い,これによる増殖と光合
成による増殖を同時に行わせる混合栄養的培養法が開発されました。クロレラは酢酸を
消費する際に二酸化炭素を放出してくれるので,これが光合成に利用されることも大き
な利点となっています。しかしこの方法も屋外で行うため,光条件の不安定さを取り除
くことは出来ません。そこで開発されたのが,清酒の醸造と同じようにタンク内に有機
炭素を入れて密封し,暗条件下で行う従属栄養的培養法です。これにより生産性は向上
しましたが,残念ながら光合成して培養したクロレラに比べ,有効成分含量が低く,漁
業飼料や農業肥料などにしか利用出来ません。こうしたことから,実際にはこれらの培
養法を併用することが多い。
培養に用いられる株は,実験的に培養されたものの中から選抜されます。クロレラ生
産の大手企業であるクロレラ工業においては,その中で細胞壁の極めて薄い株を使用し
ています。これにより服用した際の消化吸収率が飛躍的に向上したと云います。
収穫は,各培養プールの濃度が適当なものになったときに少しずつ抜き取った行われ
ます。抜き取った培養液は遠心分離器に掛けられて濃縮され,これをプレートヒーター
で100℃で3分間加熱します。これによって細胞内の酵素は破壊されるため保存性が高ま
り,同時に細胞壁が破壊されて網目状になって吸収率も高まります。更に,これをプレ
ードライヤーを用いて180℃の熱で水分を完全に飛ばし,錠剤,顆粒カリュウなどの形に加工
して出荷します。また乾燥させる前の抽出液をクロレラエキスとしてドリンク剤にもし
たりします。
クロレラの効能については,特に近年の自然食ブームの中において「万病に効く」と
云った宣伝文句で売られたり,「がんが治った」などの体験談を載せたチラシなどによ
って見られるようにいささか過大な評価が行われているようです。信頼出来ます臨床研
究においては胃潰瘍,便秘,白血球減少症,高血圧,糖尿病,貧血などに有効であるこ
とが報告されています。これは後に詳しく紹介しますが,藻類全体に共通したもので,
豊富なビタミン,ミネラル,食物繊維,蛋白質などの栄養補給や,多糖体,不飽和性脂
肪酸などによる動脈硬化予防作用など,総合的な効果によるものでしょう。
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