02c 魅惑の植物世界
〈風媒か虫媒か〉
最も初期の種子植物で現在も生き長らえているものがあります。それはマツやトウヒの
科に属する植物で,一般に松柏類と呼ばれるものです。それらは地上の生活に極めてう
まく適応してきたので,3億年経った現在でも進化の点からみれば殆ど変化していませ
ん。これらは世界中で最もうまく生存し続けた植物の仲間の一つと言えましょう。
今でもマツやトウヒやモミは,世界の森林地帯の1/3の面積を占めています。しか
も,他の植物では生育が困難な北極とか高山の頂上付近,砂漠などそれら不毛の土地と
の境界付近にまで,松柏類は最後の前哨隊となって生育しているのを見かけます。イチ
ョウは生存している植物のうちで最も古い化石の記録を持っています。この別名ギンギ
ョウというイチョウもまた松柏類とは類縁関係にあります。松柏類が環境に対する適応
力に優れており,見事な生育を示す原因は何でしょうか。それは松柏類に特有の球果に
原因があります。
マツの球果は,元々多数の特殊化した"葉"です。それは鱗片と呼ばれ,それらの多く
が集まって堅く結ばれて房になったものが球果です。この鱗片の上に一つか二つの大き
な胞子が発生し,その大胞子が受精して種子を生ずるのです。
球果は,びっしり重なり合った螺旋ラセン形の模様をした堅固な鱗片からできているため
に,それが熟するまで大胞子を保護するには実マコトに都合が良い。やがて鱗片の先は次第
に離れてきます。このとき,鳥やリスがそれらを食べ残して置くと,その熟して開いた
球果から種子が地面に振り落とされるのです。
種子を生ずるのは雌の球果で,他の雄の球果に比べて明らかに大きい。雄の球果は精
子細胞である花粉を生じます。受粉に続いて受精が行われるには,雄の球果の花粉がた
だ雌の球果に接触しただけではだめなのです。雌の球果の大胞子の中にできた卵細胞に
花粉が接触しなければなりません。
それでは松柏類の球果の間では,どのようにして受精が行われるのでしょうか。それ
は風の媒介に頼る以外には方法がありません。従って,受精そのものには少数の花粉粒
があれば足りるにも拘わらず,気紛れな風を頼りにしているために,無数の花粉粒が必
要となります。そのうちの選ばれた僅かのものだけが,愛の目的を達成できるのです。
マツの花粉が熟する頃になると,松林に囲まれた湖面が薄い黄色の膜で覆われている
のを見かけることがあります。
松柏類が地球上に出現してから約1億5000万年後に,初めて被子植物が発生してきま
した。被子植物もまた種子を持っていましたが,それは松柏類の種子とは異なった種類
のものでした。被子植物の種子と松柏類の種子との間に大きな変化が起こったのは,被
子植物が昆虫の媒介によって受粉するようになったときからです。それ以来,植物には
昆虫を引き付けるために,目にも艶やかで多様性に富んだ花を付けることによって,装
うようになったのです。
〈昆虫の訪れを待つ両性花〉
しかし,モクレンのような原始的な被子植物は外観の美しさにも拘わらず,マツと比
較したとき,その生殖様式が未だに非常によくにているのに驚かされます。ただマツと
根本的に違うのは,モクレンはマツのように雌雄別々に球果を持っていないことです。
その代わり一つの花に両方の性があり雌雄の役割を一つの花で果たしているのです。自
然界にはこのような両性花は極めて多く,そこにはそれなりに論理的な理由があります。
風の作用によって他花受粉や受精が行われる限り,雄と雌の球果は敢えて相接して生
育する必要はありません。ところが,もし昆虫が花粉を運ぶ役目をするなら,雄性と雌
性の生殖器官がお互いに近くにある方が都合が良い。そして,もしも両性の生殖器官が
同じ花の中にあれば,1匹の昆虫が花を1回訪れるだけで2重の目的を果たすことがで
きるでしょう。即ち,昆虫は運んできた花粉をその花に落とし,その花から新鮮な花粉
を取り上げて次の花へ運ぶことができます。
花から花へと飛ぶ昆虫は,風より比較にならない程効率良く花粉を運びます。従って,
被子植物は花粉の量が少なくて済み,それだけ雄蘂の数も少なくなっています。被子植
物の花粉を持つ雄蘂が減少する傾向にあるのは,このように合理的な方法を持っている
という理由によるのです。
受精がより効果的になれば雌性生殖器官である胚珠を着ける心皮の数も減少し,胚珠
そのものの数も少なくなってきます。一見大変奇妙に感じられますが,花弁や萼片ガクヘン
と呼ばれる外側の花弁の数が,原始的な植物から高等植物へ進化する過程では,少なく
なる傾向がみられます。
〈植物の様々な分類規準〉
より原始的な松柏類とより高度に進化した被子植物との差は,分類規準に従えば種子
の着生方法によってはっきり区別されます。
マツの球果では,種子はぎっしり積み重なった鱗片の間に,裸の状態で晒されていま
す。それ故,これらの植物は裸子植物と呼ばれます。それに引き替えモクレンでは種子
は心皮によって包まれて,果実を作っています。このため,モクレンは被子植物という
グループに分類されます。
被子植物は25万もの種類があります。それらを分類するために,植物学者は一見あま
り価値のない形質を規準として取り上げました。それは実生の葉の数です。ここから双
子葉植物と単子葉植物という区別が生まれました。
単子葉植物は双子葉植物よりも後に進化してきました。単子葉植物と双子葉植物の区
別は子葉が一つか二つかによって決まります。それと同時に両者の成熟した植物の間に
は非常に多くの差異が見受けられます。例えば大多数の単子葉植物の葉はイネ科植物の
ようにその葉脈が並行して走っています。それに比べて双子葉植物では,大部分が広い
葉で手指のような矢筈ヤハズ模様の葉脈を持っています。その他,花の中にも両者の相違
が見られます。即ち,単子葉植物では花弁や花の他の部分の数が3ですが,双子葉植物
のそれらは大抵4か5です。
更に植物を細かく分類すれば,被子植物を科によって分けられます。即ち,被子植物
には約300の異なった科が認められています。それらの科に属する個々の種の数は大変多
く,それら全部は今だに1冊の書物は勿論,何冊かの双書としてさえ纏められたことが
ありません。それらの目録を作ろうとすれば,現在までに知られている約25万もの植物
が記載されなければならないからです。そして,それをうまく編集するには,世界中の
植物学者が長年月に亘って働かねばならないでしょう。そうやって完成された書物は恐
らく50万頁にも及び,図書館の一つの壁面全部の書棚を埋め尽くしてしまうでしょう。
現代の植物学は,単に植物を同定する能力を養うことだけではありません。古典的な
植物学の方法とは異なったやり方で植物界を眺めることにこそその意義があります。即
ち,植物がなんでできているか,どのように生活しているか,どのような要因が植物の
生長を支配し,その数を定め,世界中に亘る生育の場を決定しているかなどを学ぶ必要
があります。
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