02b 植物生理学1〈植物生理学とは〉
△生殖生長
@花粉の分化と光周性
植物が一定量の栄養生長を終え,外界の環境条件,特に光条件が適当になると,頂芽
(茎頂分裂組織)あるいは側芽では花芽が分化します。植物における花芽分化に光条件,
すなわち日長が決定的な役割を果たします。
花芽の分化に必要な最長又は最短の日を限界日長と呼びます。短日植物は一般に日長
が限界日長以下にならないと花芽を分化せず,長日植物は日長が限界日長以上にならな
いと花芽を分化しません。このように,光周期によって花芽分化の誘導をおこす現象を
光周誘導と呼びます。ただ,植物によっては,このように悉無律的な反応機構をもたな
いものも多いです。
A日長及び光の質と強さ
イネは朝夕の200ルックスの光を暗黒とみなしますが,このように比較的鈍感な植物
でも,夜中に10ルックス以上の光を与えますと花芽をつけません。すなわち,暗期の始
め,真ん中,終わりなど時期によって光に対する感受性が異なります。短日植物の中に
は,暗期に1〜10ルックスの光を与えるだけで花芽をつけなくなるものもあり,長日植
物の中には同じ処理で花芽をつけるようになるものもあります。満月の光は1〜10ルッ
クスにはなりませんので,植物にとっては月夜は真暗な夜ということになります。短日
植物でも長日植物でも,光周反応において「連続した長さ」の暗期が与えられなければ
花芽の分化を左右しません。
B光周誘導と花成ホルモンの合成
短日処理を行ったオナモミを長日条件で栄養生長しているオナモミに接木しますと,
栄養生長をしていたオナモミに花芽が形成されます。また,栄養生長をしている2個体
をあらかじめ接木し,片方だけに短日処理をほどこしますと,もう一方の個体でも花芽
が分化します。このことは,花成ホルモンが光周誘導を受けた葉で生産され,これが接
木面を通過して移動し,光周誘導を受けなかった植物において花芽の形成を引き起こす
ことを示しています。短日植物では暗期の間に花成ホルモンが合成されます。
C花成ホルモンの移動
花成ホルモンは葉で合成された後,芽に移動して働くと考えられます。このとき,ホ
ルモンはおそらく篩部を通ると思われます。
D花成ホルモンの本体
一般にオーキシンは短日植物の花芽分化に抑制的で,長日植物に対してははっきりし
た作用をもちません。ジベレリンは多くの場合,短日条件下でも長日植物の抽薹,花芽
形成を促進しますが,促進しない場合もあります。短日植物の花芽形成に対するジベレ
リンの作用ははっきりしません。また,花成ホルモンは有機酸の一種ではないかともい
われていますが,まだ明かではありません。
△老化と死
@個体の老化
植物の個体,器官,組織,あるいは細胞が分化し生長するとともに,その機能は次第
に低下しはじめます。時間齢の進行とともに生理齢も加わります。齢の進行とともに生
理機能が低下することを老化と呼びます。齢の進行(又は加齢)と老化との区別は厳密
にはつけにくいです。
老化は葉,花,果実,茎,あるいは根において起こりますが,それぞれの老化は異な
った時期に起こります。多年生草本類では,毎年,地上部は老化して死にますが,根は
死なずに残ります。多年生落葉樹では,葉は老化して死にますが,芽は休眠して越冬し,
茎や根も生き残ります。一年生草本では,齢の進んだ葉から老化がはじまり,順番に若
い葉が老化しはじめ,花が咲いたあと茎も根も老化して死にます。
葉の老化は植物体の同化作用ができなくなりますが,葉は老化して落葉しますと植物
体はその葉を養う必要がなくなります。またオートムギの個体を例にとれば,もし真夏
の水分不足のときに生長の大期にあたりますと生長は著しく阻害されますが,生理的に
老化していれば水分不足に適応できます。
生殖器官の分化,生長が栄養器官の老化の引き金になります。例えばトマトは花をつ
けると草丈の生長は急に停止して老化しますが,形成された花や果実を取り除きますと
草丈の生長は著しく回復します。ホウレンソウの例でも,花をつけることが老化,そし
て死の引き金となります。
A器官の老化
葉が生長し終わり,その面積が最大に達する直前に葉の光合成能は最大に達します。
その後,光合成能,呼吸量,RNA量,タンパク質量は次第に低下し,老化の末期には
クロロフィルが退化して,黄色又は赤色の色素があらわれ,やがて葉は死にます。果実
は成長して最大の大きさに達しますと,やがて成熟の段階に入ります。そして後熟を完
成します。
器官の老化は,果実のようにその器官自身の生理活性の一環としておこる場合と,葉
のようにその器官以外の影響によって起こる場合とがあります。果実の成熟,老化は種
子の成長停止と関係し,植物体の他の部分とは独立に進行します。これに対して葉は独
自の生理活性だけで老化するとはいえません。
B器官脱離
葉,花,果実などの器官の老化が進みますとやがて脱離がおこります。脱離がおこる
前に離層が形成されます。この層の組織は細胞壁の薄い細胞群からなり,葉柄などの軸
を横切って形成されます。脱離のおこる際,この層の細胞間中層が溶解して分離し,通
導組織も断ち切られます。離層の植物本体側では,その後細胞分裂がおこり,これらの
細胞の細胞壁がコルク化し,植物体からの水の損失や微生物の侵入を防ぎます。
△まとめ
以上,高等植物,特に種子植物における生活環について述べ,生活環の駆動が遺伝子
プログラムにしたがって行われますが,それは,しばしば環境要因によって修飾され,
ときには逆方向へ進むこともあります。また,生活環のプログラムが遂行されるとき,
植物ホルモンが作働子として働くことが分かります。また,このプログラムが環境要因
によって修飾されるとき,それが光ならフィトクロームのような色素の介在によって行
われ,このようなときにもしばしば植物ホルモンが作働子として作用することが明かで
す。このような生活環の駆動において,植物細胞の生長,分化がどのようにして制御さ
れているかは,植物生理学に限らず,生物学の基本的な問題の一つです。
いま,単純化のため茎頂分裂組織細胞を考えてみます。この細胞は分裂して同じ種類
の細胞を作るか,あるいは葉の原基となる細胞を作るか,あるいは花芽原基となる細胞
を作るか,のいずれかの道を採る訳です。どの道を採るかは,この細胞のどのスイッチ
が on にされるかによって決まります。おそらく,未分化な植物細胞にはなんらかのス
イッチ機構が備えられているのでしょう。それは,とりもなおさず同種のRNA及びタ
ンパク質を合成するか,あるいは異種のRNA及びタンパク質を合成するかのスイッチ
であって,結局はDNAに納められたプログラムのうち,どれが活性化されるかを決め
る訳です。したがって,スイッチとはDNAの読み取り機構の中に存在することになり,
ヒストン(塩基性タンパク質)がスイッチの操作をしているという考えもあります。植
物,あるいは高等生物一般におけるこの基本的な問題にはまだ解決が与えられていませ
ん。
参考「植物生理学(増田芳雄氏著)」培風館発行
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