02a 植物生理学1〈植物生理学とは〉
 
 △発芽
 ①発芽のプロセス
 熟した種子中にはすでに形態的に高度に分化した胚組織があって,発芽とは,すでに
分化した胚の各器官の生長ということを意味しています。このとき,種子形成の際,合
成的であった胚乳や子葉のような貯蔵器官が完全に分解的になります。これと同時に,
生長をはじめた胚の各器官は専ら合成的になります。
 発芽は種子の吸水からはじまります。そして温度の上昇と時間の経過によって胚の生
長のための,呼吸活性の発現があります。その後内圧などによって種皮が破壊されて,
胚は外部へ伸長します。
 まず幼根が現れます。幼根は重力の方向,すなわち下方へ真っ直ぐに伸長します。や
がて幼芽が現れ,根とは逆の方向,すなわち上へ生長しはじめ,その先端が生長点です。
 ②発芽に対する環境要因の影響
 種子の発芽に影響する主な環境要因は水分,温度,酸素,それに光です。
 ③発芽と代謝パターンの変化
 発芽の開始とともに,貯蔵器官である胚乳や子葉は専ら分解的となり,貯蔵物質の分
解を行って,盛んに生長を開始した合成的な胚に構築材料とエネルギーを供給します。
種子によって貯蔵物質の相対的な量は異なりますが,デンプン,脂質及びタンパク質が
主に貯蔵物質です。発芽とともに貯蔵物質の分解によって生じた糖は呼吸に用いられ,
胚の生長のためのエネルギーやタンパク質,多糖類合成の素材を提供します。このため
発芽初期は,種子の乾燥重量は生重量の増加にもかかわらず急激に減少します。
 
 △生長
 ①生長の質と量
 受精卵が分裂し,生長,分化ののち,1個の多細胞植物になる過程を形態形成と呼び
ます。形態形成は,生長と分化からなりますが,両者はほぼ同時に進行するので区別す
ることは難しいです。生長とは「大きさ」の増加,そして分化は「複雑さ」の増加です。
一般に栄養生長ののち,生殖生長に生長のパターンは変化しますが,前者が一定の段階
まで進行しないと,環境条件が揃っても後者に移りません。
 ②生長の分布
 上胚軸は一様に生長するのではなく,部分的に異なった生長分布をもっています。植
物の種類と器官,あるいは環境によって1器官内の生長の分布に違いがあります。
 
 △分化
 ①分化の本質
 分化とは新しい器官が作られることで,器官形成と組織分化に分けられます。前者は
芽が分化し,葉,根,あるいは花芽の原基を形成することであり,後者には前者の一部
分としておこるもののほか,通導組織の分化などがあります。受精卵から分裂によって
形成される細胞は,もともと遺伝的には単一であるにもかかわらず,分裂が進むといろ
いろな種類の細胞になります。
 ②芽の形成
 タバコの茎の切片をとって培養するとカルスが形成されます。カルスを切り取って,
無機塩類とスクロースだけを含む個体培地で培養をつづけると,カルスのまま生長をつ
づけます。一般にタバコの茎やカルスにおける器官形成はオーキシンとアデニンのバラ
ンスによって決まります。すなわち,オーキシンよりアデニンが多いと芽の形成が誘導
され,オーキシンのほうが多いと根の形成が優先します。また,両者のバランスがある
適当な値になると,完全な新しい植物体が分化して出来上がります。
 ③不定根の形成
 茎の切片の切り口における不定根の形成がオーキシンによって著しく促進されること
は,挿木サシキの実験によって古くから知られています。不定根の形成は,いくつかの生
理的,生化学的な段階が順を追って進行することによっておこると考えられますが,そ
の詳細については分かっていません。
 ④根端における組織分化
 根端を切り取ってエネルギー源である糖及び無機塩類のほか,根生長ホルモンと呼ば
れるチアミン,ニコチン酸,ピリドキシンを加えた培地で培養しますと,根の組織が分
化し,生長して完全な根になります。根端といっても,根冠と根端分類組織の部分だけ
を切り取って培養しても組織分化はおこりません。これらの部分のほか,分化した通導
組織の一部を含んだ根端の切片なら組織分化能をもちます。
 ⑤組織分化のパターン
 分裂能力をもつ細胞は全形成能,すなわちどんな特異化した細胞でも分化しうる能力
をもっており,その結果,生じた分化細胞が1個の植物体を形成します。未分化細胞の
運命は他の細胞との相対的な物理的位置関係,及び周囲の細胞からの化学的な影響によ
って決まるとみていいです。ある器官の内部の細胞は周囲の生長中の細胞群からほぼ一
様に物理的圧力を受けているので,等直径の形をとろうとします。他方,表皮細胞では,
一つの面には隣接する細胞がありませんので,細胞にかかる物理力は等しくなく,この
ため平たい形をとるようになります。また,未分化の細胞は周囲の分化した影響を受け
ます。例えば,未分化の茎頂分裂組織細胞における通導組織の分化は,下部の分化した
通導組織から求頂的に連続しておこります。
 ⑥組織培養
 植物細胞がたとえ半数細胞といえども全形成能をもち,培養条件さえ整えば脱分化し
たり,また脱分化したカルス細胞,あるいはエンブリオイドからもとの植物の器官や植
物体に再分化できることをことを示しています。したがって,組織培養における分化の
研究には極めて有力な手段です。
 ⑦細胞の分化能力と細胞間相互作用
 ある細胞の分化能が他の細胞によって影響されます。つまり細胞間の相互作用も植物
における分化にとっては大切な要因です。例えば,木部分化もこの例で,芽やカルスの
木部分化,あるいはWVMの分化は既存の木部によって影響されます。木部分化以外に
も細胞間相互作用は見られます。そのうちの一つに気孔の分化があります。すなわち,
葉の裏面には多くの気孔があり,これによって植物はガス交換や水分の蒸散を行います。
若い葉では,気孔はほぼ一定の密度で配置していますが,葉が生長して拡大すると気孔
間の間隙は大きくなり,気孔はまばらに配置するようになります。やがて気孔の間隙に
適当な距離をおいて表皮細胞が分化し,気孔の原基,すなわち孔辺母細胞が形成されま
す。こうして葉の生長に伴い,一定表面積当たり常に一定数の気孔を葉がもつように気
孔の分化が調節されています。この場合,気孔の分化に必要な特異的な物質に対する細
胞間の競争があると思われます。すなわち,ある点に一つの構造が分化して形成される
と,この構造は一定半径内にあるこの特異的な物質を独占するので,その範囲内に他の
同種の構造が分化することが阻害されます。気孔の分化における特異的な物質の本体は
分かっていません。それには栄養的なものかもしれませんし,ホルモン様物質かもしれ
ません。もし後者だとしても,それは促進的なホルモンか,あるいは形成された構造が
生産する阻害的なホルモンのいずれかは分かりません。
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