04 植物採集と標本の作り方
植物採集と標本の作り方 資料:牧野日本植物図鑑
かつて牧野博士がこの植物図鑑を書かれた頃には,植物採集は日本中のどこでも自由
にできましたし,また特に規制をして保護をする必要性もありませんでした。ところが
今日では事情がすっかり変わり,昔のように自由に採集することはできなくなりました。
またそうでもしないと,種類によっては絶滅してしまいそうな植物があるわけです。特
に高山などの珍しい植物が生育しているところでは,ほとんど保護区域となり,採集は
禁止されております。植物採集の本来の目的は,珍しい植物を採集したり,あるいは標
本の数を多く集めることではなく,植物の名前,形態,あるいはその生態等を知るため
に必要な資料を採集することです。ですから身近にたくさんある植物を詳しく観察した
り,採集したりすることによって,その目的は達せられるわけです。次に簡単に植物採
集の仕方について説明しておきます。
1 採集地
植物の採集は,まず自分の家の庭,付近の空地,道ばたなどのごく身近なところに眼
を向け,そこからはじめることです。そしてそこに生えている植物をまず手にとって,
虫めがねなどを使って,茎,葉,花の構造などを詳しく観察します。ある程度の数の植
物の名前がわかるようになりましたら,付近の河原や近くの山や丘陵地などの植物が豊
富なところまで足をのばし,ゆっくりと時間をかけて,よく観察をしながら採集をしま
す。以前はこの次の段階として,亜高山帯や高山帯に出かけて採集をすることが多かっ
たようですが,今日では,これらの地域のほとんどが,採集禁止となっております。で
すからこのようなところへ行かれる場合には,現地でよく観察をし,植物は写真で撮影
するのがよい方法です。高山帯のものは,いずれも特徴がはっきりしていますので,図
鑑と写真を比べれば,すぐに同定はできます。
最近では,都市やその郊外には,外国より日本に入ってきた帰化植物が多くみられ,
しかも毎年数種くらいずつ新しいものが加えられております。ですから必ずしも高い山
に登らなくても,自分の身のまわりでも珍しい植物を採集できるということですし,低
地の植物のほうが一般にその名前を調べるのは難しいようです。
2 採集用具
(1)胴らん:採集した植物を手に持って歩いてはしおれたり,形がこわれたりします
から,それを保護するために採集したらそのまま入れておくブリキ製の容器が胴らんで
す。長さは40〜50p以上のものがよいでしょう。またポリエチレンやビニールの袋を代
用してもよいでしょう。袋は大小のものを何枚か持ってゆき,採集した植物を入れ,風
船のように中に空気を入れ,口に輪ゴムなどをして持ち帰ります。
(2)野冊ヤサツ:ベニヤ板製のものと竹材でてきたものとがあり,二つ折りにして採集
した植物を挟むものです。大きさは新聞紙半折大の板2枚ですが,自分で工夫しても簡
単に作れます。厚手のボール紙を利用してヒモを十文字にかけ,肩にでもかければ十分
に役に立ちます。胴らんとちがって採集と同時に標本への第一工程ができるので便利で
す。野冊と一緒に新聞紙を2枚にしたものを数十枚用意して,採集した植物は葉が縮ん
だり,花がしぼまないうちに新聞紙の間にはさんで板でプレスして持ちかえります。ま
た野冊の代りに大型の古雑誌を代用することもあります。
(3)根ほり:家庭にある移植ゴテでもよいのですが,できるだけ丈夫なのでないと地
中の岩石などで使用できなくなりますから丈夫なものを選びましょう。
(4)はさみ:生花用のはさみか,植木用のセン定ばさみが最適です。
(5)その他:野帳,紙テープ,マジックインク,鉛筆などは,採集地での記録をとる
ためにぜひ携行しましょう。
3 採集方法
植物を採集する場合には,できるだけ完全な個体を採集することが大切です。茎,葉,
花あるいは果実,根などがすべてそろっていることが望ましいわけです。しかしこのよ
うな条件は,草本であればある程度は満たすことはできますが,それでも花と果実はほ
とんど同じ時期にはつきません。ですから時期や場所をかえて,いくつか採集しておく
ことが重要です。木本の場合には,茎や根をも採集することはまず不可能ですので,花
又は果実のついている枝を採集します。
なおその植物の形態状の変異を知るためにも,1種について,時期,場所をかえて数
点以上をそろえておくことも大切です。
4 標本の作り方
採集して持ち帰った植物は新聞紙(全紙の新聞紙を半分に切って,それを半分に折り
たたんだもの)の間に1枚ずつはさみます。この標本をはさんだ新聞紙を標本紙といっ
て,おしばが出来上がるまではそのままはずさない様に注意します。
新聞紙(標本紙)に植物をはさむときは,土などの不要物をよくおとし,できるだけ
形をととのえ,枝や根などがはみだすようなら適当に折り曲げてはさみます。
このようにして何種類かのおしばがととのったら,同じ大きさの新聞紙を5〜6枚各
標本の間にさし入れ,上に重みのある板(大きさは標本紙と同等)をのせておきます。
標本紙の間に入れた新聞紙が吸取紙の役をします。この吸取紙代用の新聞紙は毎日とり
かえ,古いものは乾かしてまた使うようにします。そのたびに標本紙を開いて標本にユ
ガミなどがないかどうかをたしかめ,指先やピンセットなどで形をととのえます。そし
て1週間から10日でおしば標本ができ上がります。十分に乾燥するとなまなましい植
物の水分がなくなって葉の一方を持って折り曲げてみるとピチンと音がして折れるなら
完全です。
5 標本のしまい方
おしば標本を保管しておく場合には,台紙にはりつけてしまう方法と,はりつけない
で新聞紙などにそのままはさんでおく方法とがあります。台紙にはりつけてしまうと,
後で観察をする場合に必要なところをみることができなかったりするので不便なことが
あるようですが,一般的にはやはり台紙にはりつけたほうがきれいですし,また管理の
上からも便利なようです。
標本を台紙にはる場合は,新聞紙2つ折りくらいの大きさの厚目の画用紙がよいでし
ょう。なお台紙の大きさは,一度決めたら変えないことです。いろいろな大きさのもの
があると整理に困ることがあります。
台紙に標本をはる場合には,丈夫な薄紙(和紙)にアラビアゴムを水でといたものを
ぬり,乾いたら細くテープ状に切って,水でかるく湿してから,茎や,枝の上から止め
ばりをします。セロテープなどは,時間がたつと乾燥して変色したり,あるいはとれて
しまうので,やはり紙を用いるのがよいようです。
標本をはり終えたら,台紙の1ケ所にラベルをはります。ラベルをはる場所も初めか
ら決めておいたほうが,あとで標本を引き出しやすくて便利です。ラベルには,採集地,
採集年月日,植物名,及びその植物の生時における,花や果実の色などを記録しておき
ます。
出来あがった標本は,茶箱とか,段ボール箱,あるいは専用のケースに入れて保存し
ます。その場合に,産地別,あるいは種類別にして保存するなどいろいろな方法があり
ますが,目的に応じて整理されればよいでしょう。なおその際に,標本と一緒に防虫剤
を入れて,1年に一度くらいそれをそれを追加すれば,標本はいつまでも完全な形で残
ります。
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