10a 酸性雨
 
 表1 主な汚染物質と被害症状
                                       
汚染物質の種類と作用性 比重(空気=1) 葉の可視被害症状  被害の受けやすい部分
                                       
  HF 酸性作用   0.69     葉緑又は先端が褐色 成熟葉・葉肉組織
                   に変色,健全部との
                   境界がはっきり区別
                   できる
                                       
  PAN 酸化作用  4.10     葉の表裏に銀灰色, 未成熟葉・海綿状組織
     (有機系ガス)         赤銅色の光沢斑を示
大                  す
                                       
↑ O3   酸化作用  1.67     葉の表面に褐色ある 成熟葉・柵状組織
                   いは灰色などの小斑
毒                  点を示す。広葉樹で
性                  は葉脈の間に,針葉
                   樹では葉全体に
↓                                      
  エチレンホルモン的作用   0.92     落葉,上偏成長
小  (有機系ガス)
                                       
  SO2  還元作用  2.26     淡褐色〜暗褐色の斑 成熟葉・葉肉組織
      酸性作用         点を示す。広葉樹で
                   は葉脈間に,針葉樹
                   では針葉の中央から
                   先端に
                                       
  NO2  酸化作用  1.60     SO2と類似の症状を 成熟葉・葉肉組織
                   示す
                                       
                                       
 表2 SO2とO3に対する感受性の樹種間差 (林業試験場1971 垰田1974から調整)
                                       
      SO2                  O3 
                                       
  常緑樹     落葉樹         常緑樹     落葉樹
                                       
  アカマツ    ドロノキ                ハルニレ
  ヒマラヤシーダ ケヤキ                 ケヤキ
          ヒュウガミズキ     サンゴジュ   トウカエデ
  クスノキ    カラマツ                ソメイヨシノ
          レンギョウ       アカマツ    シダレヤナギ
大 サンゴジュ   ホオノキ        ヒマヤラシーダ モミジバ
  イチイ     モミジバ        トベラ      スズカケノキ
↑ モミ       スズカケノキ     キョウチクトウ ネムノキ
  クロマツ    キハダ         マサキ     イチョウ
感 ヒサカキ    トチノキ        ハナゾノツク  ヒュウガミズキ
受         シナノキ         バネウツギ  ムクゲ
性         ソメイヨシノ              キブシ
  ヤマモモ    トウカエデ               イロハモミジ
↓ マサキ     ムクゲ         スギ      ヤマザクラ
  スギ      イチョウ        クロマツ    カラマツ
小 ツバキ     ヤマザクラ       ヒノキ     
  トベラ     イロハモミジ      サワラ
  ヒノキ     コナラ         クスノキ
  マテバシイ   オオシマザクラ     ヒサカキ
  シラカシ                ヤマモモ
  アオキ                 シラカシ
                                       
 酸性降下物の森林生態系に与える長期の影響として今後注目されるのは,林木の成長
撹乱と地力低下である。たとえば酸性降下物として大量の窒素が林地に供給され,ヨー
ロッパの例では汚染地の窒素の沈着量は約10倍にも達する(表略)。それが初期段階で
は栄養源として林木の生長に役立つとしても他の養分も吸収されるので,土壌の養分バ
ランスがくずれ,地力低下をもたらすことになる。林木も徒長生長するため寒害などの
気象害を受けやすくなる。
                                       
                                       
V 森林の衰退と酸性雨
                                       
 ヨーロッパや北アメリカにおいてトウヒ林,モミ林をはじめとした森林の衰退が広域
にわたって発生し,西ドイツでは全森林面積の50%余りの森林が何らかの異常をきたし
ていると報告されている。
                                       
   森林の衰退面積割合(%)     西ドイツ
                                       
              1983  1984  1985
                                       
無害(落葉率 0〜10%)   65.6    49.8    48.1
                                       
微害(落葉率11〜25%)   24.7    32.9    32.7
中害(落葉率26〜60%)    8.7    15.8    17.0
激害(落葉率61%〜)+枯死  1.0     1.5     2.2
                                       
 衰退の現象は葉の黄化,早期落葉による葉量減少,さらに枝葉の枯損で,樹齢による
違いはない。こうした衰退は雨や霧にさらされやすい高海抜地で多く発生している。衰
退の原因は酸性雨,酸性霧のほか最近ではO3説も有力視されているが,いずれにしても
これら要因をはじめとした複合ストレスによると考えられている。
 日本では関東平野で目立つスギ林の衰退が酸性雨によるとする指摘もあるが,まだ原
因は特定されていない。スギ林の衰退の実態を調査した森林総合研究所の報告によれば,
衰退の範囲は平野の中央部から北及び北西方向に広がり,標高100〜200m以下の平地に広
がっており,そのなかでも衰退程度に地域的な違いがある。衰退している個体は壮齢木
以上の大きな木で,これは標高の違いとともにヨーロッパなどと著しく異なる点である。
衰退現象の形態的特徴は梢端直下の枝葉の枯損にはじまって梢端部から樹冠下部への枯
損の拡大である。こうした衰退が目立つようになったのは1960年代の後半頃からで,
1970年代初めの調査結果と比較すると,現在の衰退の範囲は北西方向にやや広がってい
るが全体としては大きな違いはない。しかし,衰退程度の激しい重度地帯の範囲が拡大
していることが明らかにされた。スギ林の衰退は関東平野だけでなく,北陸の平野部で
も認められており,いずれもその原因については今後の研究成果を持たなければならな
いが,大気汚染や都市化に伴う成育環境の変化などの複合要因によると考えられている。

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