昭和35年、所謂60年安保の年、日配研究所の西川博士の提唱で高カロリー低タンパク配合が導入され、アメリカナイズされた飼料のせいで、急に卵が不味くなったと感じた所から、道鏡の巨根伝説にまつわる禁断の卵、いわゆる幻の卵の再現を掲げて、種鶏改良の傍ら始めた卵作りは、毎朝の食味テストに辟易することがあっても、シカゴから来た友人に激賞され、自分だけの贅沢のつもりが、息子達3人を巻き込んでのライフワークになってしまった。

戦後の池袋の厚生食堂での一食30円の外食生活から見ると、帰郷しての生卵やコロコロタマゴの味は絶品で、養鶏への転身は、それがきっかけだったのかも知れない。以来、冷や飯に生卵2ケをぶっかけて5〜6秒で終わる食生活は結婚するまで続いた。そのせいか今でも時間のかかる、お呼ばれの会席料理などは苦手である。

爾来今日まで高熱で臥せったことはない。この点は親交戴いて居るK先生も同様で、以前から自然の免疫で医者と鶏飼いはインフルエンザに罹らないとよく云って居たものであった。その辺が今度の鳥インフルエンザは違うのではと恐れられたが、基本的には同じであることが分かって来た。昔から鶏に流行するニューカッスルという病気の兄弟分で、どちらも鶏はワクチンがないとやられてしまうが、取り敢えず人間は大丈夫なので一安心である。

それで一番心配なのは鶏の生き埋めに驚いて消費者が逃げだし兼ねないことである。我田引水になるが、私など卵がなくては食生活が成り立たなくなってしまう。K先生によく注意を戴くが老人の食生活でタンパク質の不足が著しい。良質のタンパクの補給源としては卵が一番で、大豆製品だとメチオニンなどの必須アミノ酸が不足する。戒律の厳しい昔の禅寺でも卵と鳥肉は食用に供せられたと聞く。それでなくては長生きできる筈もなく、必要以上に卵を敬遠するのは寿命を縮めるようなものだとさえ云われる。一方の鶏肉も、地球上60億の人口を抱えて飼料効率の点でこれに勝るものはない。

これらの安全供給には全人類の命運が掛かっている。もう既に人類と食料供給量の関係は微妙になっているのに、否、全人類の半数は飢えているという時に、必要な手立ても講じないでただ生き埋めにする政府も政府なら、よく確かめもせず、貴重な栄養源を風評に任せて敬遠してしまう消費の行動も、近い将来の我が国の食料事情、健康事情を暗示しているようで気味が悪い、と先生は続けられる。

確かに生産者の立場で見ても日本は異常である。戦後の厚生食堂時代、もっと前の闇市時代を振り返り、世界の現状を知れば、日本人もこれで良い筈はない。生産者側もハセップ、トレサビリティの謳い文句だけでは、文字通り仏作って魂入れずに成りかねない。凛とした心構えが必要だと感じる。

平成16年5月2日 篠原 一郎



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