第46回学習会2000年11月18日
「不平等の再検討ー潜在能力と自由」
2000・11・18 佐藤
1 我々は、NPOと行政の関係を新たな公共性の視点から考えてみた。
公共事業は、今その「公共」性が問い直されている。
そしてNPOの出現により、「公共性」は行政の独占物ではなくなっている。
2 加えて、新地方自治法、介護保険法等の施行によりこれまでの社会システムの再検討がなされてきている。
3 これまでの社会システムとはどんな社会だったのか?
経済成長優先のシステム=「所得の平等」の実現?
4 「豊かな国」は真の意味で「豊かに」なっているか?
「豊かさ」=「所得の増大」
5 「不平等の再検討」が必要
『不平等の再検討ー潜在能力と自由』
<はじめに>
この著のキーワードを押さえておく必要がある。
「福祉(Well being=a state of being healthy,happy)」とは
福祉政策や福祉サービスを指すものではなく「暮らしぶりの良さ」を表す言葉である。
「機能(Functionings=)」とは、人の福祉を表す様々な状態や行動を指す。
即ち、最も基本的なもの(栄養状態が良好なこと、回避できる病気にかからないことや早死にしないことなど)から、非常に複雑で洗練されてもの(自尊心を持っていられることや社会生活に参加できることなど)まで含む幅の広い概念である。
「潜在能力(Capability=the ability or power to do sth,
Capabilities=the qualities which sb has for doing things but which may not have been fully developed)」とは、「機能」の集合として表される。
どの機能を選び、どのようなウェイトを与えるかは、様々な「機能の組み合わせ」の達成を可能にする潜在能力の評価に影響する。
「貧困」とは、必要最低限の基礎的機能を実現する潜在能力さえ欠いている状態
「基本財」とは、所得、富、機会、自尊心の社会的基礎など
センが「機能」に注目するのは、人の福祉を直接表すからである。
これに対し所得、効用、資源などは人の福祉の手段や結果を表すものであり、人の福祉そのものとの間にギャップを生じる。
「潜在能力」は、ある人が選択することのできる「機能」の集合であり、これが大きいほど価値ある選択肢が多くなり、行動の自由も広がる。この意味で「潜在能力」は「自由」と密接に結びついた概念である。
序章「問題とテーマ」から
1 多様な人間性
「人間は、相続した資産や自然的・社会的住環境などの外的な特性において異なっているだけでなく、年齢、性別、病気に対する抵抗力、身体的・精神的能力などといった個性的な特性においても異なっている。」
「平等を評価する場合、人間につきまとうこのような多様性を考慮せざるを得ない」
「人間は生まれながらにして平等である」というレトリックは、このような多様性から注意を逸らしてしまう傾向がある。」
2 焦点の多様性
平等は、ある人の特定の側面(例えば、所得、富、幸福、自由、機会、権利、ニーズの充足など)を他の人の同じ側面と比較することによって判断することができる。
3 一致と不一致
「ある変数に関して平等であったとしても、他の変数で見た場合にも平等であるとは限らない。」
「例えば、機会が平等に与えられているとき、非常に不平等な所得分配を生み出す可能性がある。平等な所得分配は相当の資産格差を伴っているかもしれないし、平等な資産分布は非常に不平等な幸福と共存しているかもしれない。また、平等な幸福がニーズの充足の面では大きな格差を伴っていることもあるだろう。ニーズの充足における平等が全く不平等な選択の自由と結びついていることもあろう。」
人間は本質的に多様であり、平等を評価する際に「焦点の多様性」を考慮することが必要になる。
4 多様な平等主義
「所得平等主義」
「厚生平等主義」
「古典的功利主義=効用の平等主義」
「リバタリアン」のあらゆる種類の権利と自由の平等主義
ある理論においてひとつの「焦点変数」について見れば反平等的であったとしても、他の焦点変数から眺めれば平等を指向している。
5 妥当性と平等
6 成果と自由
不平等評価のひとつの側面は、「成果」と「成果を達成するための自由」との区別である。
7 機能と潜在能力
<はじめに>を参照のこと。
個人が理性的に評価している機能を達成する潜在能力は、社会のあり方を評価する一般的なアプローチを提起する。
8 「有効な自由」の評価
「達成された成果」の水準だけではなく「達成するための自由」に注目することにより、成果の評価とそれを達成する自由との間に存在する重要な問題が浮かび上がってくる。
自由という概念自体が持つ複数性の問題に行き着くだけでなく、成果の観点と自由の観点との乖離についても重要な意味を含んでいる。
ある人にとって自由は多いほど不利になるかもしれないという可能性がある。
9 潜在能力と効用の違い
効用による評価では困窮の程度は相当に覆い隠されてしまうかもしれない。
効用アプローチとは対照的に、潜在能力アプローチでは、困苦を強いられている人々が基本的な機能を達成する自由を欠いているということを直接説明することができる。
10 潜在能力と機会ー平等と効率性
潜在能力はその人の目的を遂行する機会を文字通り意味している。
「機会均等」は全般的な自由を表すものではあり得ない。
「真の機会均等」を捉える適切な方法は「潜在能力の平等」でなければならないということである。
11 ロールズの視点との違い
同一の基本財を持っている二人の人間でも、善(望ましいもの)と考えること(それは両者の間一致する場合もあるし、そうでない場合もある)を遂行する自由は全く異なっているということも起こりうる。基本財によって平等(さらに言えば効率性)を評価することは、自由の程度の評価よりも自由の手段を優先することになる。
12 経済的不平等と貧困
機能と潜在能力という視点は、経済的不平等を評価する際に新しいアプローチを提供する。「不平等の理論」は「貧困評価の理論」と密接な関係にある。
13 階級、ジェンダー、その他のカテゴリー
潜在能力の視点は、固定化してしまった困窮状態に希望や期待を順応させ効用水準に歪みを生じさせている状況を効用アプローチよりも敏感に捉えることができる。
自由の手段に注目するのではなく自由を直接取り扱うという点で、より公正である。
このような違いは、階級やジェンダーやその他の社会的区分の間に見られる不平等や不公正を評価する上で重要である。
14 平等、効率性、インセンティブ
平等は、他の要件(特に全体的な目的や全体の効率性)との関連において見ることなしには適切に評価することはできない。
15 分析手法と本質的内容
しばしば目的と手段の混同がおこる。
「成功した開発の特徴づけとして、実質所得の増大と経済成長がしばしばあげられるが、経済的繁栄が人間生活を豊かにすることと1対1で対応しているだろうか」とA・センは問う。
capability approach(潜在能力アプローチ)=「社会変化から生ずる人間生活の豊かさによって、社会変化を評価する」方法と特徴づけられる。
概念ルーツ
アリストテレス(「ニコマコス倫理学」)
アダム・スミス
カール・マルクス
直接の動機
1979年ターナー講演「何の平等か?」
潜在能力アプローチは、個人が選択できる生き方の幅、すなわち「自由」を広げることを福祉政策の最重要課題とするアプローチということができる。
センは、必要最低限の基礎的機能を実現する潜在能力さえ欠いている状態を貧困状態と見なす。
貧困問題を解決する社会保障プログラムにおいて、社会保障を達成するために要請されるものを公共的活動という。
公共的活動には国家の政策手段だけでなく、はるかに広範な社会的行動が含まれる。
平均的な所得水準を引き上げる経済成長プログラムは、社会保障プログラムの必要条件でもなければ十分条件でもない。
生活条件の持続的な改善を目的とする社会保障プログラムに必要なのは、財・サービスの社会的分配メカニズムの在り方にまで深く踏み込んで制度設計を行うことである。
飢饉の予防や救済といった保護的社会保障プログラムに必要なのは、第1に危機に対して的確にコミットするように誘導する政治的メカニズムであり、第2に食糧配給のような社会的メカニズムが、救済活動が提供するインセンティブに敏速かつ的確に対応することが制度的に保証されていることである。
人々が選択できる機能の集合(すなわち「潜在能力)を見ることによって、人々が達成できる生き方の幅(すなわち「自由」)を知ることができる。
公共政策や開発政策の目標は、人間の自由であり、主体的に選択できる「生き方の幅」(すなわち「潜在能力」)を広げることである。
「潜在能力」は曖昧さを残した概念である。
平等と効率性との間のトレードオフと潜在能力アプローチ
日本的な平等な社会が、効率性を指向するグローバル化や市場経済化の圧力によって不平等化するのではないかと議論されている現在、重要な論点である。