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キャッツ探偵事務所
キャッツ探偵事務所には、全部で8匹の猫がいる。
所長のミケ子の飼い猫が4匹、スギの猫が3匹、雅子の猫が1匹だ。
探偵事務所のシャワールームを覗いてみるといい。ずらりと猫のトイレが並んでいる。
はじめてきた依頼人はまず、この猫の多さに驚く。
何しろ、話をしていても、つつつっとテーブルの上を横切り、すぐに追っかけっこをはじめる。
中には、背中を丸めて怒り出す猫さえいる。
ああ、どうして、こんなところにやってきてしまったんだろう……
とっても切れる名探偵が揃っていると聞いてやってきたのに……
はやくも依頼人の小沢淳之介は後悔しはじめていた。
ここはまるで猫の動物園だ。
それだけではない。ミケ子も雅子もスギも、仕事ができそうな探偵には、とても見えなかった。
全員が、おそらく、Fカップ以上はあるであろう、豊満なバスト。
小沢淳之介は、胸の大きな女を信用していない。
先入観かもしれないが、胸が大きい女は、頭が悪いという印象しかないのだ。
(事実、そんな頭の悪い女に、何度泣かれたことか……)
「えーっと、それで、宝石をすべて頂戴するっていう予告が入ったというわけなんですね」
小沢がそんなことを考えていると、雅子がそう言った。
「ええ、そうなんです。会社のパソコンにメールが入っていて……」
「メールですか。発信元は、書かれてなかったんですか」
「いえ、書かれてました。y、u、k、i、と」
「あのおんなーーーーーー」
ミケ子、雅子、すぎ、が、同時に声を上げた。
「みなさん、YUKIをご存じなんですか?」
小沢淳之介の問いに、ミケ子は不機嫌そうに答えた。
「ご存知もなにも……わたしたちの天敵よ。でもね、小沢さん、安心して。この件は受けさせていただきます。怪盗YUKIになんてぜったいに負けませんから。どうぞ、ご心配なさらないでね」
そう言ってミケ子は深々と頭を下げた。襟ぐりの大きな黒いセーターの中から、胸の谷間が深く合わさっている。
こんなに胸の大きな女を信用していいものなのか……と、小沢は思ったが、任せるしかない。
予告があったことを警察に知られると、宝石サロンのあるデパート自体に、否応なく制服の警官が入ってくる。客商売という性質上、それだけはどうしても避けたかったのだ。
* * *
「4勝4敗かあ」
雅子がキャットフードの缶を開けながら、そう言った。
「半分はYUKIに逃げられてるんだものね」
スギはそう言いながら、猫のウルタンを胸に抱きかかえた。ウルタンは極端に人見知りをするので、客人が来たことに怯えていたのだ。
「今、宝石業界では、中国の蛇頭か怪盗YUKIかって言われているのよ。あんなボケナスが怖れられてるなんて、わたし、許せないわ」
そう言いながら、ミケ子もジョームを抱いた。
「蛇頭は、綿密に計画を練るプロの集団よ。それに比べてYUKIは、まるで素人同然なのに」
「じゃあ、なんで、わたしたちって、そのYUKIに負けちゃうのかしら」と雅子。
「とにかく奇襲攻撃だからねー。前は、すんでのところで爆竹をばらまかれて逃がしてしまったじゃない。だから、盗む現場を押さえたってダメなの。もっと前の。潜入する段階で押さえなくっちゃ」
「岩田デパートでしょ、あそこって新館と本館で、搬入口がみっつ。そのうちのひとつは、一般の地下駐車場と繋がっている。どこから入るかなんて、予想できないわよ」
3人はおのおの猫を抱きながら、テーブルで知恵を絞っていた。
「ああっ、ミケ子っ」
そのとき、突然、雅子が叫んだ。
「黒セーターで猫を抱くなんて、あんた、セーターが毛だらけじゃない」
「ああ、そーか。でも、いいわ、もうすぐクリーニング屋の峻ちやんが来る頃だから」
「じゃ、峻ちゃん来たら、その場でそのセーター脱ぐわけ?」
「キャミソール来てるから、それでもいいんだけど。今のうちに着替えとこうかな」
そう言いながら、ミケ子は黒のセーターを脱ぎはじめた。
黒のレースのキャミソールにお揃いのブラをミケ子はつけていた。黒レースの薔薇模様のあいだから、透き通るような白い肌が光っていた。
「こんちわー、峻クリーニングでーす」
そうして、ミケ子がセーターを脱ぎきった瞬間、ドアが開いてクリーニング屋の峻ちゃんが入ってきた。
* * *
「わ、わわわわわ、ミケ子さん、なんてかっこしてんですかっ」
峻は顔を真っ赤にしたが、それでもミケ子は平然としている。
黒レースのキャミソールに包まれた肢体を誇示するように、腰に手を当て、大きな胸をツンとつきだしたままである。
「ああ、峻ちゃん、ちょうどよかった。このセータークリーニングお願いね。ジョームの毛がいっぱいついちゃったのよ」
「い、いいですよ、でも……何か着てくださいよお」
ミケ子は、ロッカーから薄手のニットのカーディガンを出して、キャミソールの上に羽織った。若草色のカーディガンに黒のキャミ。美人のわりには無頓着なミケ子ならではの、趣味の悪いコーディネートだ。
「これ、みなさんから、お預かりした洗濯物です」
それでもミケ子が服を着てくれたので、やっと落ち着いた峻は、洗濯物を選り分けて、みんなに配り出した。
「それからですね、スギさん。ティーバックのパンティとか、ガーターベルトとかは、できるだけ自分で洗濯してくださいね。あと、ブラジャーも。ワイヤーが変形したらどーしようかと思って、ヒヤヒヤしたんですよ」
「スギっ、あんた、そんなもんまで峻ちゃんに頼んだの? 女なのに、恥ずかしくないのっ?」
潔癖性の雅子が呆れ果てて怒るので、峻は、思わず弁解する。
「いやいや、スギさんも、お仕事忙しいだろうし、ぼくは、全然構わないんですよ。でもね、すみ子がねえ、やっぱり、それは止めてくれって言うもんで」
「そりゃ、当たり前よねー」
「でもね。スギさんだけじゃないんですよ。この前なんか、黒のジャンプスーツにしっかりパンティつけてクリーニングに出したお客さんもいたんですよ。たぶん、全部一緒に脱いじゃったんでしょーけど」
「へえー、それも、おまぬけよねー」
「でも、峻ちゃん、そのパンティ、返さなかったでしょー」
「ぎくっ、だ、だって、お客さんだって恥ずかしいだろうし」
「しみつきパンティって、オークションに出品したのねっ」
「え、ええ、でも、それって、洗濯屋のささやかな小遣い稼ぎですよー。見逃してくださいよー」
口のたつ女3人を相手にしていては分が悪い。峻は、早々に退散しようと思った。
「あ、スギさん、これも、洗濯物の中に入ってました、お返ししときまーす」
そう言って、ビニル袋に入ったものを置き、峻はそそくさと事務所を後にした。
「なんだろーね、これ」
ミケ子がビニル袋を開けてみた。
すると、中には、スイッチを入れるとグィーングィーンと動く、グロテスクな筒状のおもちやが……
「ぎゃー、何、これっ。こんなのはじめて見たー」
「スギぃ、あんたって、どこまで恥知らずなのっ」
「ちょっと、電源、入れてみてよー」
ミケ子が電源をオンにすると、猫のダイはおそるおそる前足で触るし、ウルタンはおそれをなして、遠くまで逃げてゆく。
探偵事務所は、阿鼻叫喚の渦に包まれていった。
* * *
夕刻になると雅子は、ダイを抱きかかえて、近くの公園を散歩した。
「だいたいねー、猫なんて、自分で散歩するもんなのに、雅子ってば、甘やかしすぎー」
と、ミケ子所長は馬鹿にするのだが、散歩をせがむダイの目つきが可愛くてたまらないのだから、仕方ない。
猫が8匹いたって、みんな性格が違う。マイペースな猫もいれば、甘えるのが好きな猫もいる。
甘えん坊な猫でよかった、と、雅子は思う。頼られるのは嫌ではない。
身体が目当ての男は、往々にして征服欲が旺盛で、過去に幾度も雅子を辟易させた。
そんな関係が欲しかったのではない。頼ったり頼られたりしたかっただけなのだ。
抜群のプロポーションを持つ雅子は、不遇にもそんな男に巡り会わないままである。
頼ってくれるのは、ダイと、探偵事務所の顧客だけ。
そういう意味では、今の事務所は自分にとって天職なのかもしれない、と、雅子は思っていた。
公園のベンチに座り、地面にダイを下ろすと、ダイは、そのまわりをゆっくりと徘徊した。けっして見えなくなりはしない。雅子の見える範囲で、遊び続ける。
ぼんやりと、通りゆく人を眺めた。すると見覚えのある黒の皮ジャンを着た男が、目の前を通りすぎていった。
「ターマス!」
突然声をかけられて驚き、ターマスが振り返った。
「ああ、これは、探偵事務所のお嬢さん、お久しぶりでございます」
ターマスはYUKIの相棒だった男だ。
金庫のダイヤルを回しながら、音で見分けて鍵を開ける。
以前、YUKIが爆竹を鳴らして大立ち回りをしている最中に、ターマスは、爆音の中で冷静に金庫をこじ開けた。
その沈着な表情には、敵ながら凛としたものを感じたものだ。
「YUKIから、予告が入ったそうです。岩田デパートの宝石サロン。ターマス、あなたも行くんですか?」
「いや、わたしはもう、あの仕事から足を洗いました。もともと一度だけの約束だったんでね。YUKI姉さんだって、自分で金庫の鍵くらいは開けられるんだ。あのときわたしを雇ったのは、単なる気まぐれでしょう。今はしがないパチプロですよ」
「YUKIとは、連絡は取れないの?」
「向こうが、ふらりとやってきただけですよ。連絡先も何もしらない。それに、わたしは、危ない橋を何度も渡る勇気なんてないんでね」
雅子はそれを聞いて安堵した。
ターマスが次の仕事に加わらないからではない。
YUKIとそれほど親しくないとわかったからだ。
でも、なぜ?
それ以上は考えてはならない気がして、自分の中にうち消した。
ターマスは、軽く会釈して去り、となりのベンチに座っていた金髪の少年の傍らに腰かけた。
少年の飲んでいた缶コーヒーを一口含み、それから、二人で席を立つ。
ターマスの腕は、しっかりと少年の肩を抱き抱えていた。
YUKIの男ではないという安堵と、金髪の少年との関係を見てしまった落胆。
ふたつの感情を交えながら、ターマスの背中を眺めた。
年期のはいった黒の皮のジャンバー。
それを見て、何かもうひとつ。
心にひっかかるものを、雅子は感じていた。
* * *
小沢淳之介はふたたび、キャッツ探偵事務所を訪れた。
ここはどうにも落ち着かない。
打ち合わせをしているテーブルの上を猫が走り回るし、慣れてきたジョームが、小沢淳之介の膝の上にじっと座り込む。
「あらあら、ジョーム、ダメよ」
とミケ子は言うが、無理矢理下ろしたりはしない。
これでは猫かわいがりだ。
こんな過保護でのんびりした女がなぜ、探偵なんてやってるんだろう。
やはり、間違いだったのか……
小沢は心の中でため息をついた。
ところが、テーブルに座るとミケ子は、いきなり、岩田デパートの見取り図を書き出した。
テーブルの上に大きなマスクメロンのような胸を載せて、一心不乱に書き続けていく。はち切れそうな胸に、目を奪われているうちに、精密な見取り図ができあがった。
「宝石サロンは7階でしたね。そこへ行くための入り口、階段、エスカレーターは全部チェックしました。夜になると閉鎖されるところはどこですか?」
「閉店後、従業員が帰ると、入り口は閉鎖されます。ただ、地下駐車場は別です。ここはもともと24時間営業になっているので、夜間の搬入はすべてここから行われるからです」
「犯行予告は、12月3日の月曜日でしたね」
「ええ、これが、やっかいなんです」
「どうしててすか?」
「翌日の12月4日から、8階の催事場で北海道物産展がはじまるんです。そのための機材と商品は、前日の閉店後の搬入になります。つまり、ほとんど徹夜状態で、人の出入りがある、というわけなんです」
「紛れ込むのは簡単、というわけね。小沢さん、もう一度金庫の場所を確認しますね」
宝石サロンは、壁で仕切られた裏側がバックルームになっている。廊下のように狭いこの部屋で、事務や休憩が行われる。
店の華やかさに比べると、どちらかというと裏ぶれた雰囲気だ。ここの突き当たりに金庫が置かれている。
「だから、金庫を開けたとしても、逃げ道はないとは、思うんですけど」
「小沢さん、それは甘いわ。この、お店とバックルームとの仕切りは薄い壁一枚よ。どこだって、破って逃げられる。YUKIは、現場を何度も見てるはず。逃げ道は確保しているはずよ」
「金庫にはりついていても、無駄というわけですか?」
「こんな、人の出入りの多い日を選ぶ、それでも、逃げ切れると思っている。YUKIはそんな女よ」
逃げるYUKIをミケ子は追うのだろうか。
大きな胸は、揺れて重たいだろうか。
それよりか、ベッドの上で、そのままの胸を見てみたい。自分自身のモノを、この胸に挟みこんでみたら……一体どんな気分だろうか……ミケ子だけではない、雅子やスギも一緒だったら……
「はっ、いかん」
小沢は妄想をうち消した。
どうも、仕事に集中できない環境だ。
金庫の中の宝石は、億単位だ。それを強奪されれば、店長としての自分の地位もなくなるだろう。
なのに、目の前の女たちは、あまりにも妄想を刺激する。
胸の大きな女は嫌いなはずなのに。3人の裸体ばかりが目に浮かんでしまうのだ。
「もう一度、出入りのチェックをしておきます。小沢さん、金庫のダイヤルを一度変更するようにお願いしていましたが、していただけましたか?」
「はい、今の番号は、わたしだけしか知らないようになっています。おかげで休暇が取れなくなってしまいましたが……」
「もう少しの辛抱ですよ」
その、ミケ子の甘い声に、また、気が遠くなった。
辛抱していたら、その肢体を投げ出してくれるというのか……
マスクメロンのような胸を、あらわにしてくれるとでもいうのか……
はっ。いかんいかん。
ここは、どうも仕事に集中できる環境ではない。
小沢淳之介は、頭を振りながら探偵事務所を後にした。
* * *
「あーあ、会議をやってたはずなのに、なんで、こんなことやってんだろーねー」
スギは、あくびをしながら言った。
「だって、どんなに考えたって、いい案が浮かばないんだもの。それに、ちょっと気分転換したいって言ったの、スギじゃないの」
と、雅子。
「いっそ、金庫の前で待ち伏せてて、行き当たりばったりで勝負しちゃうか?」
と、ミケ子。
「だーかーらー、それだと勝ち目ないからって会議してたんでしょー」
スギは、そう言いながら、テーブルにストッキングのままの足を投げ出した。
堂々巡りの会議を放り出して、今、3人は「貧民ストリップ」をやっている。
ルールはトランプの大貧民とほとんど変わりない。ただ、ここでは、負けると、服を一枚ずつ脱ぐというルールになっている。
今、雅子が首のスカーフを取り、スギが、ジャケットを一枚脱いだところだ。薄手のセーターだけになったスギは、はちきれんばかりの胸が目立っているが、それでも、まだ、あられもない格好というわけではなかった。
「ちわー、峻クリーニングでーす」
そこへタイミングよく、クリーニング屋の峻が現れた。
「ああっ、峻ちゃん、いいところに来たっ。ほらっ、あなたもゲームに入るのよっ」
「えーっ、また貧民ストリップですかー。この前負けちゃったもんなー」
「でも、あなたも見たいでしょ、わたしたちのハ・ダ・カ。だったら、ゲームに参加しなくっちゃ」
峻は、この手の誘惑に弱い。妻のすみ子に知れたら、もちろん大変なことになるのだが、断りきれるわけがない。
この3人は多分、自分たち以外の男がいることで、ゲームに闘志を燃やすのだろう。
惜しげもなく自分の肉体をさらけ出し、自分の肉体の優越性を競い合う。そして、競い合うことで、彼女たちはその素晴らしさを維持しているのだろう。
長いつきあいのある峻は、頭の中ではその図式がわかっている。だが、もちろんそれは、見たい欲求に勝るものではなかった。
ゲームは黙々と進んでゆく。まず、スギが負け、セーターが剥ぎ取られた。黒にグリーンの刺繍のブラジャーが現れる。
「その派手な刺繍は、外国製ね」
と、雅子がつぶやくように言う。
すると、今度はミケ子が負けた。
ミケ子はなぜか、細身のロングスカートを最初に脱いだ。
ストッキングの光沢の向こうに、きれいなピンクのショーツが見えた。かなりのハイレグだ。これくらい露出が大きいと、ヘアーが見えてもよさそうなものだが、見えそうでなかなか見えない。おそらくきれいに処理されているのだろう。
そんなところばかり凝視しているものだから、峻は、その後、立て続けに二回負けてしまった。
あっという間に、Tシャツとチノパンが剥がされて、峻は今、トランクス一枚で事務所にいる。
これ以上は負けられない。3人のうちの誰かの胸でも見なければ、このまま帰っては犬死にだ。
なのにミケ子が無情なことを言う。
「さあ、峻ちゃん、あと、一枚よっ、みんな、がんばるのよー」
それで3人が結託して、あっという間に峻は完敗してしまった。
スギの強引な手によって、最後の一枚が脱がされる。
三人の視線が、峻の中心部に集中する。
だが、峻の羞恥心は無謀にも、弄ばれていることへの快感に変わってしまっていた。
「あーっ、峻ちゃん、勃ってるよー」
「うーん、なかなか立派ねー」
「じやね、次に負けた人は、峻ちゃんにフェラしてあげるってのはどう?」
「か・勘弁してくださいよー。配達まだ残ってるんですー。そんなことされちゃ、次の配達行けませんよー」
峻は真っ赤になって、服を着て、そそくさと、逃げ出した。
「あ、峻ちゃん、待って」
雅子が追いかけて、外に出た。
二人は何やら、ドアの外で話しこんでいる。
「何、話してるんだろう、雅子、峻ちゃんのを見て、惚れてしまったかな」
スギがそう言うと、ミケ子がそれを否定した。
「タイプ、違うと思うよ。雅子はね、稲垣吾郎ちゃんタイプの影のある男が好きなのよ」
「吾郎ちゃん、どーしてるかなー」
スギは、ブラジャーの脇を整えながら、そう言った。
YUKIとの決戦まであと2週間。
まだまだ、キャッツ探偵事務所には、何の打開策もない。
* * *
その頃、YUKIは自室の全身鏡の前に、自らの裸体を映していた。
たわわな胸が白く浮かび上がっている。平面な鏡に映ると、それはまるで双子の満月のように見えた。
ずっと若い頃は、この胸が鬱陶しかった。小ぶりで、乳首がすっと天井を向いているような友人を見ると羨ましくてたまらなかった。
何か恥ずかしいものを抱えているような感触がいつも、つきまとっていた。薄手の服を着る季節には、いつも猫背で歩いていた。
変わったのは、今の仕事をはじめてからだ。
普通の社会生活をしているときは、不埒なものを抱えこんでいるように思えてならなかったのに。
怪盗になって、ぴったりしたジャンプスーツを身につけたとき、このバランスの悪い身体が、はじめて受け入れられるような気がした。
闇の世界でしか輝けない身体なら。
闇の世界で輝いてみせよう。
そう、決心したのに。
それを阻む3人の女たちが現れた。
みんな自分のように、大きくてバランスの悪い胸をしていた。
彼女たちも、実生活では奇異な性獣のように扱われていたのかもしれない。
網タイツを纏った長い脚や、ビスチェのように胸を強調した服は、ここでしか輝けないものたちの自信を見せつけていた。
あの3人には、絶対に負けられないと思った。
YUKIは伸縮性のあるブラウンのショーツを履き、もう一度、身体のラインを確かめた。
バランスの悪い身体は、いつも、前の方に引っ張られて、ともすれば猫背になりやすい。
維持するために、激しいマシントレーニングは欠かせなかった。
コスチュームでさえ、わたしには余分なもの。
裸体が、いちばん完璧なのに、と、思った。
だがもう何年も、この身体を男に見せていない。子宮の奥に届く感触が恋しくなる夜が何度もあった。しかし、それはそれでいい。
身体は、闇の世界のために作り上げられたのだ。
そこで輝けるのなら、男なんていらない。
オールインワンのジャンプスーツに、片方ずつ脚をとおしてゆく。
身体のラインにぴったりと合うようにオーダーしたものだ。
両脚、両腕をとおして、身体の中心にあるジッパーを力を込めて引き上げる。
黒く輝くシルエット。
「完璧ね」
YUKIは鏡に向かって、そうつぶやいた。
* * *
犯行予告時間まで、あと2時間になった。
YUKIは、黒のジャンプスーツの上に、チャコールグレーのパンツスーツを羽織った。品のいいセルロイドのメガネをかけて、長い髪をひとつにまとめる。
これでいい。
わたしには地味すぎるが、デパートに出入りしている催事会社のスタッフに見えなくもない。人目に触れる場所では、目立たないにこしたことはない。
レンタカーのバンは、デパートの外回りが使用しているのと同じ車種を用意した。
出入りの業者も、みんな同じようなタイプの車だ。このまま搬入口に横付けしても、ナンバーを確認されることはない。これも確認済みだ。
特に今夜は、明日からはじまる「北海道物産展」の準備で、商品の卸、機材屋、代理店などのたくさんの業者が出入りする。
こういう日は、慌ただしさで夜の搬入口が殺気立っている。おそらく顔すらも記憶されないだろう。まったく、最高のコンディションだ。
犯行予告時刻は、午前0時にしておいた。
この5分前に、宝石サロンのとなりにある時計サロンの時計が一斉に鳴りだすようにセットしておいた。
その後、同じ階の北側にある呉服売り場で、小規模な爆発が起こる。
爆発は小規模だが、煙はたくさん出るはずだ。非常ベルが鳴り、スプリンクラーが作動する。
ひとつ上の7階の催事場は、相当なパニックに見舞われるだろう。
こういうときは、人数が多ければ多いほどいい。
もちろん、それでもキャッツの連中は金庫の前から動かないだろう。
そのために、爆竹を用意した。狭いバックルームで爆竹がはね回ると、とんでもない騒ぎになるのは目に見えている。
それに、いざとなれば、護身用のナイフを使ってもいい。傷つける必要はない。ブラジャーの谷間をスッと切りつけてやれば、それで十分だ。そういうふうにして。キャッツの連中の身体を、ぶざまに晒けだしてやりたいと思った。
同じような身体を持つ女なんていらない。
この世界で、身体を誇示するのは、わたしだけで、いい。
岩田デパートには、下準備のために何度も何度も足を運んだ。
金庫の位置も確認済みだ。金庫のとなりには、非常脱出用の窓がついている。時間短縮のために、窓の鍵もはずしておいた。すべてが終われば、ここから逃げるだけだ。
そんなに何度も出向くくらいなら、その時に、宝石を盗めばよかったのに、と思われるかもしれない。
だけど。だれかに見られなければ、意味がないのだ。
はちきれるほどの胸。腹筋で固く締まったウェスト。長く伸びた脚。
鮮やかな手口と、鮮やかな肢体。
それだけが、YUKIの存在証明だった。
セックスという行為に征服されることなく。
羨望と悔しさの入り交じった視線に晒される喜び。
それは、何ものにも代えがたかった。
その時間は、もう、手に届くくらい近くに迫っている。
YUKIは、胸が飛び出すくらいの高鳴りを覚えながら、白いバンに乗り込んでいった。
* * *
チャコールグレーのパンツスーツに、ジェラルミンのアタッシュケースを下げたYUKIは、地下駐車場から搬入用のエレベーターに乗り込んだ。
「すみません、ちょっと時間、かかります」
そう言いながら、3人の男が大きなショーケースが運び込んだ。
おそらくバイトであろう、バンダナを巻いた若い男が頭を下げた。
バンダナに加えて、同じくらい年齢の男があと二人。
バンダナがおそらくリーダーなのだろう。
彼は、ショーケースの置き場所をエレベーターの中で手際よく二人に説明していた。
ノンストップで、催事場のある7階まで上り、それからショーケースが注意深く運び出された。一番奥にいたYUKIは最後に降りた。
時刻は、11時45分。
搬入のエレベーターは、荷物の出し入れのためにかなりの時間を要する。
それを考慮に入れたつもりが早めに到着しすぎた。
たが、余裕があるに越したことはない。
エレベーターの脇にある階段をゴム底のブーツでゆっくりと下りてゆく。
階段の暗がりの中で、YUKIは、チャコールグレーのパンツスーツを脱ぎ、アタッシュケースにしまい込んだ。
ぴったりと身体にはりついた黒のジャンプスーツが闇に現れる。
ヒップラインを確かめた。
全くもたつきがない。美しいフォルムだ。
このジャンプスーツのラインを維持できなくなったら、この仕事は辞めよう。
YUKIはそう思いながら、自分のウェストからヒップにかけたラインを両手でゆっくりとたしかめた。
階段には、非常口用のグリーンのランプがついているだけだ。
足もとさえも心許ない。
それでも闇は、はやる心を落ち着かせてくれた。
元々、闇が好きなのだと思う。
しんとした暗がりをゆっくりと歩くと、肉体がやんわりと包み込まれるように、気持ちが落ち着いていった。
大仕事の前の緊張。
それを和らげる、闇の力。
そう、わたしは、闇が好きなのだ。
おそらく、そこで生きることを定められた女なのだ。
YUKIは、手摺りをつたいながら、ゆっくりと、6階までの階段を降りていった。
そうして、折り返し点となる踊り場に辿り着いた。
やっくりと、カーブに沿って、ブーツを滑らせてゆく。
その時、ライトの光が、YUKIの顔を殴りつけるように、照らした。
「そこまでよ、YUKI!」
* * *
「あ、おまえたちは!」
「そう、キャッツ探偵事務所よ。現場に辿りつく前に会えて嬉しいわ、あなた、現場まで行くと、派手すぎて、手つけられないから」
雅子、スギ、ミケ子の3人は、腕組みをして、YUKIの前に立ちはだかった。
雅子は黒のショートパンツ、ミケ子はタートルネックに細身のパンツ。そしてスギは、なぜか網タイツにスパンコールつきの黒のレオタードという妙に派手な格好だった。
スギが、すばやくYUKIの後ろに回って、羽交い締めにする。すごい力だ。まったく身動きが取れない。
「YUKI、ジャンプスーツの弱点って、どこか知ってる? こ・こ・よ」
雅子がそう言いながら、スーツのフロントについてるファスナーを一気に引き下げる。
銀色のラメが散りばめられたYUKIの黒いブラジャーとショーツがあらわになった。
「まあ、素敵。とっても、いい格好よ」
「でも、なぜ……こんなにすぐに見つかるなんて……」
押さえ込まれたまま、YUKIが悔しそうにつぶやいた。
雅子が、勝ち誇ったように笑いながら言う。
「あなたね、そのジャンプスーツ、峻クリーニングで洗濯したでしょ。そこから足がついたってわけ。ほんとはね、最初は単なる直感だった。ジャンプスーツにパンティつけたままクリーニングに出す女なんて、まるでYUKIみたいって、思ったただけ。でもね、わたしは自分の直感を信じるタチなのよ。峻ちゃんに頼んで、黒のジャンプスーツが出たら教えてって言って。それでビンゴよ。あなた、ちゃんと犯行前に、仕事着をクリーニングに出すのね。すみ子ちゃんがね、しっかりと発信器を縫いつけてくれたから。あなたの行動は、最初っからみんなお見通しだったのよ」
「さあ、これまでの屈辱、今度はあなたに味わってもらうとするわ」
ミケ子が、手に持ったはさみで、YUKIの銀ラメのブラジャーの谷間をさくりとふたつに割る。
真っ白い、丸い胸があらわになる。
「ふーん、これが噂の、双子の満月ってやつね」
はさみの金属部分で、その胸の先を、ミケ子が撫でつける。すると、YUKIの乳首の突起はみるみる固くなり、ぴんと上向きに尖っていった。
「あら、意外と感じやすいのね、それとも、最近、男の人に触ってもらってないのかしら。だったら、もっと可愛がってあげなくちゃね」
YUKIは恥ずかしさと悔しさのあまり暴れようとするが、後ろから、スギに押さえつけられ、身動きができない。
今度は、YUKIの銀ラメのパンティにはさみが入れられた。感じやすい部分に冷たいはさみが当てられると、薄暗がりの中に、YUKIの毛深い茂みがぼんやりとあらわれた。
「ジャンプスーツは、傷めないであげる。峻ちゃんところでクリーニングしてもらうから、自分で取りに行くのよ」
そう言ってミケ子は、ジャンプスーツを片足ずつ剥ぎ取る。
YUKIは、何度も蹴り上げようとしたが、雅子が押さえつけているために、足に力が入らない。
だてに探偵をやっているわけじゃない。
3人とも、すごい怪力だ。
すべてを剥ぎ取られたYUKIは今、裸のまま、スギに羽交い締めにされている。
「うーん、なかなかの肉体ですねー。YUKIさん、ジャンプスーツはお預かりしましたよ。特別仕上げで、クリーニングさせていただきますよ」
いつのまにか現れた、クリーニング屋の峻が、YUKIのジャンプスーツを奪っていった。
「じゃあ、スギ、このあとは、あなたにまかせるとするわ」
「そう? じゃあ、存分に……」
スギはニコリと笑うと、後ろから荒縄をまわし、それでYUKIの胸を縛りあげていった。
* * *
スギが、YUKIの胸の間に縄をかけて、周辺からきゅっと絞り上げてゆく。
柔らかい風船を圧迫したように、乳房が膨張する。それをたしかめると、スギは、もう一度ぎゅっと荒縄を引っ張る。YUKIの白い肌が紅潮していった。
「スギはね、SMクラブで女王様をやってたのよ、彼女の縛りは芸術。誰もはずせやしないの」
YUKIの両腕は、後ろでひとつに縛りあげられた。網タイツにピンヒールを履いたスギの足が、グイグイと縄を引っ張りあげる。背中にくい込むピンヒールに身をよじりながら見上げると、スギは、YUKIの苦痛を悦ぶかのように笑っていた。
両手が、階段の踊り場の手摺りに固定された。
とても身動きできない。
そう観念しているところへ、ミケ子の容赦のない声が飛ぶ。
「まだまだよ、すぎ。もっと、恥ずかしい格好にしてあげなさい」
「わかってるわよ。よーく見ててね」
すぎは、ピンヒールのパンプスを、YUKIの足の間に差し込み、蹴り上げるように押し広げる。
そして、左足首を左手に、右足首を右手に縄で固定する。
薄暗がりにぼんやりと浮かぶ茂みのあいだに、赤い切り傷のように、YUKIの内部が浮かびあがった。
「ね、スギ。この前、そう言えば、Gスポットを刺激すると、潮吹きするんだって言ってたじゃない、あれね、わたし、自分で探してみたけどなかなか場所がわかんないのよ、ちょっと教えてくれない」
「簡単よ」
スギは、そう言いながら、YUKIの赤い切れ目に中指を差し込んだ。
「だいたいね、第二関節くらいまで指を入れてね、それを内側に折り曲げるの。ざらっとしたところに当たるでしょ。そのあたりにGスポットがあるのよ。そこを刺激していくの」
そう言いながら、すかさず指を動かす。
乱暴に挿入された指に、痛みしか感じられなかったのに、それが今、未知の快楽をもたらす場所に辿りついていた。
「ァ・・ァン・フン・・」
「ほうら、感じてきたみたい。でもね、一気にはやらないの。何度か休憩しながら……あら、もう、いいみたいね、最後は、休みなく動かすのよ、腕が疲れるくらいまで激しくね」
そう言いながらスギが指を動かす。
まったく。見えないくらいに早い。さすがにプロの女王様だ。ミケ子も雅子も驚いて、その動きを見つめていた。
そのとき。YUKIの中から、激しく透明な液体が飛び出した。
一気にあふれかえったそれは、床の上を洪水のように濡らしていった。
「YUKI、ほら、見てごらん。あんたも相当な潮吹き体質ね。床がびちょびちょ。まるで、おしっこでももらしたみたいよ」
スギ、雅子、ミケ子、そして峻が、そんなYUKI を上から見下ろしていた。
こんなに屈辱なのに。それでも、感じてしまった自分が、YUKIは、惨めでたまらなかった。
その時、階下から、けたたましいベルの音がした。
YUKIが合わせていた、時計売り場の時計だ。
続いて、爆音が聞こえる。時刻は0時ちょうどだ。
「あらあら、あなた、また派手な仕掛けをしてくれたわねえ、すごい。火災報知器まで鳴りだしたわよ」
「上が騒がしくなってきたわ、じゃあ、わたしたちは、退散するとするか」
裸で両脚を広げたまま縛られているYUKIが狼狽する。
だけども、3人はそそくさと帰り支度をする。
峻だけが、YUKIに少しばかりの憐れみをかけた。
「ホントにこのまま置いてっちゃうんですか? なんか、もったいない気がするなー」
「何言ってんのよ、峻ちゃん、一緒にいたら、あんたまでYUKIの共犯者にされちゃうわよ。さ、早く逃げるのよ」
3人は、振り返る峻の腕を引っ張るようにして階段を下りていった。
「置いていかないでー、離してよー。お願いー」
YUKIは涙声で訴えるが、3人は後ろも振り向かず、階段を駆け下りていった。
非常ベルが鳴り続けている。
7階から、人の声が聞こえる。
階下の異常に気づいたらしい。
たくさんの人が階段を下りてくる気配が、だんだんと近づいてきた。
* * *
最初に階段を降りてきたのは、銀色の消防服を着た3人の消防士だった。
「何をしてるんですか、こんなところで。危険ですから、これを着てください」
ひとりの消防士が、YUKIの縄を切って、消防服を投げかけた。
「階下の消火活動をします。さあ、あなたも手伝って!」
YUKIが慌てて消防服を身につけるとほぼ同時に、7階の人間たちが慌てて階段を下りてきた。
「みなさんは、そのまま階段を下りて一階まで避難してください。6階で火災が発生しました。消火活動を行いますので心配はいりません。怪我をしないように、冷静に避難してください」
もうもうと煙がたちこめていた。人々はハンカチで口を押さえながら、次々に階段を下りていった。
その頃、小沢淳之介は、金庫の前で、キャッツの連中からの携帯電話を受けたばかりだった。YUKIは捕獲したから、もう心配はない。そのまま帰宅しても大丈夫という電話だった。
そこにこの騒ぎである。
これもYUKIの仕業か、と心配したが、消防士は、消火活動のために避難するようにと、小沢淳之介をほどこした。
キャッツは間違いなくYUKIを捕まえたと言った。それよりか、この煙だ。非常ベルはじりじりと鳴り続けている。このままここにいたら、自分の身も危ない。
小沢は、消防士が誘導するままに階段に向かって、そこから、一階へと一気に駆け下りていった。
小沢が避難すると、ひとりの消防士がヘルメットを脱いだ。
「煙だけでしょ。危ないことなんかないんだ。それじゃ、仕事にかかるか」
「ターマス!」
YUKI は、驚きの声を上げた。
「話は後です。YUKIさん、何でもひとりでやってしまおうとするのが、あんたの悪い癖だ。さあ、トミー、宝石をぜんぶバッグに詰めるんだ」
トミーと呼ばれる小柄な少年が、鮮やかな手つきで宝石を詰め込み、もうひとりの男が非常用の窓を開けた。
「下に降りるのは危険だ。屋上まで縄はしごをはっている。それを上ってください」
トミー、そして男、YUKI、ターマスの順にはしごを上った。
冷たい風にはしごが、サーカスのブランコのように揺れた。
「気をつけて、落ち着いて急ぐんだ」
宝石は、小柄なトミーが背中にしょっていた。ときおりバランスを崩しそうになりながらも、トミーが屋上のへりに手をかけ、残りの3人を引っ張り上げた。
屋上には小型ヘリが待機している。
「あれに乗るんだ」
もう一人の男の言葉に施されて、ヘリコプターに乗った。
男がそのヘリを運転した。
岩田デパートが小さくなってゆく。街の灯も。火災を心配して見上げる人々も、ヘリコプターの爆音の中で、どんどん、どんどんと小さくなっていった。
* * *
「さ、これで大丈夫。それではメンバーの紹介でもしますか」
ターマスがそう言うと同時に、みんながヘルメットを脱いだ。
「YUKIさん、この、ちっこいのがトミーです。男みたいな金髪だけど、これでも女でね。身軽さがウリ」
トミーは、はじめまして、と言って、頭を下げた。低い声ではあったが、くりんとした丸い目は、たしかに女性のものだった。
「そして今、ヘリを運転してるのが、YUKIさんもご存じの、ミケ子さんの旦那です」
「ミケ子の旦那? それじゃあ、敵じゃないっ」
男はからからと笑いながら言った。
「ぜんぜん、大丈夫。うちは、お互いの職業なんて知らない同士なんだ。あいつが何をやっていようと知ったこっちゃないよ」
「その通りですよ、YUKIさん、この人は口が堅い」
ターマスがそう言った。
「それはそうと、今回のは山分けにさせてもらいますよ。こう見えてもわたしたちは命の恩人なんだからね」と、ターマス。
「えーっ、でも、計画は、わたしが……」
「何言ってんの、大股びらきで晒しモノにされてるところ助けたんだから当然でしょ」とトミー。
「YUKIさん、換金ルートだったら紹介しますよ。おおっぴらにさばくより、ずっと安全なルートがあるんだ」
ミケ子の旦那がそう言うと、ターマスが口を添えた。
「そうそう、ミケ子の旦那に任せるといい。旦那、きっちりと4等分に換金してくださいね」
ターマスの言葉に、みんなが歓声をあげて拍手した。
つられてYUKIも拍手した。
でも。
なんで、ミケ子の旦那が味方になるんだー。いいのか、こんなことでっ。
デパート襲撃計画は成功した。
だけど、最後まで腑に落ちない気分で、YUKIの笑顔は、ヒクヒクとひきつっていた。
「おしまい」
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