ビリリの声・
番外編「おかあさん」
番外編 1
校庭からブランコをこぐ音が聞こえてくる。
キーコキーコキーコ。すごいや、飛んでってしまいそうな立ちこぎだ。
サッカーボールやドッジボールがあちこちでぽんぽん飛びはねていて。
ボールを追っかける歓声は、この教室の窓まで届いていた。
今はお昼休みだ。天気がいいから、みんな給食を食べるとすぐ、外に飛び出した。
ぼくとあつし君は出そこなった。給食終わるのが遅すぎたんだ。ぼくは牛乳が苦
手で、いつも最後になっちゃう。あつし君は少食で、すぐにおなかいっぱいになっ
てグズグズしてる。だからぼくと一緒でいつもビリッケツだ。
そういうわけでぼくたちは、昼休みはいつも教室で話しながらすごしてる。
もっともすぐにチャイムが鳴るから、ほんのちょっとの時間しかないんだけどさ。
「ねえ、ビリリの声って、知ってる?」
校庭を見ながら、あつし君がぼくに聞いた。
「なあに、ビリリの声って」
ぼくは聞き返した。あつし君は運動は苦手だけど、すごい物知りだ。そのあつし
君が、まわりには誰もいないのに、声をひそめてこう言った。
「おとうさんに聞いたんだ。大人になるとある日、ビリリの声が聞こえるんだって。
でもそれは、自分だけにしか聞こえないんだ。ビリリの声を聞くと身体がビリリリ
リリってなってさ。それでその人、いきなり変わっちゃうんだ」
「変わるって、どんなふうに変わっちゃうの?」
「いろいろなんだけど。いつもと全然違うようになっちゃうの。おとなしくて何も
言えなかった人がすごいこと言ったりとか、すっごいこわい人がやさしくなったり
とか、いきなり悟ったりする人もいるんだって。ね、おもしろいと思わない? ぼ
くもビリリの声って、聞いてみたいなあ」
「おもしろそうだなあ。ぼくも聞いてみたい。ね、それって、どんな声なのかな」
ぼくは話を聞いただけで強くなれるような気がして、何だかワクワクしてきた。
「それが、人によっていろいろなんだって。女の人の声だったり男の人の声だっ
たり鐘とかチャイムの音とかお経みたいなものだったりする。だから、どれがビリ
リの声なのか気づかない人もいるんだ。もったいないよね、ぼくだったらすぐに気
づいて、やったぁって思うんたけどな」
ぼくもそう思う。ぼくたち、そういうところはうまくやれそうな気がするんだ。
ビリリの声を聞いたらどんなふうになってやろうかと、ぼくは考えてみた。
そうだ、何でも思ったとおりに言えたら楽しいだろうなあ。
ふわっと風に乗っかるみたいに、自分の気持ちをうまく言えたらいいなって、ぼ
くはいつも思ってる。相手が強いとびびってしまって、ぼくは何も言えなくなって
しまう。先生とか。友だちとかに。ほんとは、違うんじゃないかって思うことがいっ
ぱいあるのに。ぼくはいつもそれを心の中でかみ殺してしまう。だからぼくの中に
は、チューインガムの食べかすみたいに、言えなかった言葉がいっぱいたまってる
んだ。
この時もぼくはあつし君に、ビリリの声が聞えたらどんなふうになりたいって聞
きたかったんだけど。そこんところでにチャイムが鳴ってみんなが戻ってきたから、
それで話はおしまいになってしまった。
あーあ、昼休みが三時間くらいあったら、よかったのに!
ところで。今、ぼくは小学校の三年生で。学校ではのび太って言われてる。
あだ名をつけたのはとなりの家のかっちゃんだ。ぼくはかけっこも遅いし、給食
も勉強も苦手だから。それでバカにしてのび太って言うんだ。
「のんびりのび太。のんびりのーびーたぁぁぁぁ」
かっちゃんは一緒に帰るとき、そんなふうに歌ったりする。
幼稚園の時はいっつも一緒だったけど。今のかっちゃんは大きらいだ。けんかが
強くて、みんなが言うこと聞くもんだから、僕だけわざと仲間はずれにする。退屈
するとうちに遊びに来て、ゲームばっかりするくせにさ。
かっちゃんのおかあさんは働いてて昼間家にいないから、仲良く遊んであげないっ
ておかあさんは言うけど。ぼくにも好きな子と嫌いな子がいるんだ。だれとでも仲
良くなんて、出来るわけないよ。
ぼくはかっちゃんよりか、あつし君のとなりがよかった。だけどあつし君の家は
反対方向だから、校門を出たらすぐに別れなくちゃいけない。たんぽぽの種を飛ば
したりだんご虫を丸めたりして、いろんなこと話しながらあつし君と帰ったら、きっ
と楽しいんだろうけどな。
家に帰ってからぼくは、おかあさんにビリリの話をした。
「おかあさんもその話、聞いたことあるわ」
おかあさんはニコニコして言った。
「今、すっごくはやってるんだってテレビで言ってた。でもね、おとうさんもお
かあさんも、まだビリリの声って、聞いたことがないの。だから、本当かどうかは、
わからないわよ」
「本当だよ。あつし君が言ってたもの。ねえ、おかあさん。ビリリの声が聞えた
ら、どんなふうになってみたい?」
「うーん。そうねえ。おかあさんはね、うん、今のままでいいわ。おとうさんも
優しいし、あなたもいい子に育ってくれたから、おかあさんも、このままでいいの」
おかあさんは欲がないなあ。ぼくはビリリの声が聞えたら、メチャメチャ強くなっ
てやりたい。それで、いじめっ子のかっちゃんをコテンパンのボコボコにしてやる
んだ。かっちゃんが、ごめんなさい、二度といじめません、って言うまで、ボコボ
コのデコボコにしてやるんだ。
おやつを食べながらそんなことを考えてたら、かっちゃんがやってきた。
ぼくは、かっちゃんが超能力者で、ぼくの考えてことがわかったらどうしようっ
て思ってドキドキした。だけどかっちゃんはおやつを出してもらって、きげん良く
食べている。大丈夫だ、どうやら超能力はなさそうだ。
「さあ、お部屋でなかよく遊んでらっしゃい」
そう言ってぼくたちを子供部屋に入れてから、おかあさんは夕飯の用意にとりか
かった。
その日ぼくは、生まれて初めてかっちゃんにさからった。
ビリリの話を聞いたから、気が大きくなってたんだろう。コテンパンのボコボコ
ばかり想像してたから何だか負ける気がしなくって。それでつい、さからってしまっ
たのが、ぼくの災難の始まりだったんだ。
その日かっちゃんは、ぼくのゲームカセットを貸してって言った。おとうさんか
らたんじょう日に買ってもらったばかりの、まだ全然クリアしてないやつだった。
借りるとなかなか返さないから、ぼくはいやだって言った。何度も貸してって言わ
れたけど、ぜったいにいやだって言ったんだ。かなりびびったけれど、ぼくのたか
ら物なんだから、これを取られるわけにはいかなかった。
かっちゃんは、すっごいこわい声で、「いいよ、借りてなんかやるもんか!」っ
て言って、ぼくの頭をカキンと一発ぶんなぐって帰ってしまった。
だけど、当然、それだけで終わるはずがない。
かっちゃんは次の日学校で、ぼくがケチだってみんなに言いふらしたんだ。
他の子と遊ぼうとすると、「あいつ、ケチだから遊ぶんじゃねーよ」って、ぼく
だけを仲間はずれにした。かっちゃんの言うことはぜったいだから。だれひとり、
ぼくのところには近づいて来なかった。
かっちゃんたちは昼休みになると、あつし君をむりやり校庭に連れてった。ぼく
を一人ぼっちにするためだ。ゆうかいされるみたいに両腕をつかまれてあつし君は、
どうしようもないよって顔して振り返ったんだけど。ぼくは何も言えないで、ひと
り教室に残るしかなかった。
想像してみてよ、ぼくがどんな気持ちだったか。その日はほんとに昼休みが三時
間あるみたいに長くって。このまま身体がぐにゃっと溶けちゃって、スライムみた
いに床に広がっていくかと、思ったくらいだったんだ。
帰り道でもかっちゃんは、うしろから、おっきな声で歌いながらついてきた。
「ケーチ、ケーチ、のび太のケーチ。のんびりのび太のケチケチケーチ」
一緒に帰ってるクラスの子まで大合唱だ。上級生のお兄ちゃんたちまでおもしろ
がってニヤニヤ笑ってる。
あつし君はなにか言いたそうだったけど、けっきょくうつむいたまま、反対方向
に帰っていった。しかたないよ、あつし君。きみが悪いんじゃない。かっちゃんに
さからえる子なんて、だれもいないんだからさ。
それでも、ぼくはくやしかった。おうちに帰ってもくやしくてくやしくて、おや
つを食べても全然味がしないくらいにくやしかった。
だから次の日、もう学校なんか行きたくないって、思いきっておかあさんに言っ
たんだ。おかあさん、本当にびっくりしたみたい。
「でもね、がんばって行ってみたら」
そう言ったお母さんのまゆ毛は、八の字に下がってた。おかあさんは困ると、ま
ゆ毛が八の字になる。ああ、悪いなあって思ったけど、ここで引き下がっても、ま
たいじわるされるだけだ。
それで「かっちゃんがいじめるから行かない」って思いきって言ったら、昨日の
こと思いだして、涙が止まらなくなってしまった。ああ、こんなに泣いたら、おか
あさん心配するなと思ったけど。涙って一度出ちゃうと、大雨みたいにどんどん流
れていくばかりなんだ。
「ちゃんといじめないでって言えばいいのよ、かっちゃんだっていい子なんだも
の、きっとわかってくれるわ」
おかあさんは、すっごく優しく言った。でも。無駄だよ、そんなこと言ったって。
かっちゃんはどうしようもないやつで、何を言ったって一緒なんだ。ぼくたちの世
界って、そんなに甘くないんだよ。
けっきょくその日はぜったいに行かないって言ったから、おかあさんが学校に電
話をしてくれた。
先生は、お話ししたいから放課後におかあさんと一緒に来てねって言ったらしい。
何だか大変そう。
その日はおかあさんが、大好物のホットケーキを焼いてくれたけど、それはぜん
ぜん味がしなかった。。ゆううつな時っていつもそうだ。食べていてもテレビを見
ていても、体の中におっきな石がどーんとあるみたいで、何をやってもちっとも楽
しくならない。
この石みたいな固まりは。いったいどうやったら、消えてなくなるんだろう。
ぼくとおかあさんが学校に行くと、教室ではかっちゃんと先生が待っていた。
先生はむやみやたらニコニコしてて、かっちゃんはその隣でむすっとしていた。
ああ、きっと言いつけられたって、ぼくのこと怒ってるんだろうなあ。
「事情はだいたい聞きました。つらかったけど、よく話してくれたね」
って先生は言った。
「かっちゃんも、いつもは仲良しなんだけど、ちょっといじわるだったね、さあ、
ごめんねって言って、これから仲良くしようね」
それから、おかあさんも言った。
「そう。いつもは仲良くしてくれてるから。またうちの子と遊んであげてね」
二人の大人に優しく言われたからしょうがなくって、かっちゃんは小さな声で、
ごめんねって言った。先生は、「よかった、さあ、握手」って言って、ぼくたちの
手を合わせた。かっちゃんの大きな手は、ごつごつ固くていやそうだったけど。先
生の前だから、半分だけぼくの手をにぎった。目はもちろんぼくの方を向いてなくっ
て、下向きで、三日月のようにとんがってた。
これで終わり?
えー、そんなのないよ。かっちゃんのあの目、見なかったの? ぼく、よくも言
いつけたなって、またしかえしされちゃうよ。
それから先生は、ぼくの事を話した。ちょっとマイペースでのんびりしてるとか。
時々みんなに笑われてるとか。そんな感じのことだ。
「優しい子なんだけど、いやなことはいやって、はっきり言えないところがある
んです。弱いところがあるから、みんなに笑われたりする。それを直そうとしない
から、いつまでたっても友だちから馬鹿にされるんです。おかあさんも一緒になっ
て、それを直すようにつとめていただかないと…」
おかあさんは、まゆ毛を八の字にして笑った。
ぼくは、なんだかむっとした。ぼくはいやだって言ったんだ、だけどかっちゃん
は、それくらいじゃぜったいに止めないんだ。一番強いのをいいことに、好きほう
だいやっていて。なのに、いじめられて、それでこっちが悪いなんて、それじゃあ、
ぼくの立場はどうなるの。
心を強くするとか、根気をつけなきゃいけないとか、そんな話を聞いているうち
におかあさんのまゆ毛はどんどん下がっていった。顔は笑っているのに。おかあさ
ん、まゆ毛だけで泣いてるんだ。
おかあさんならわかってくれる。おかあさんだったら、かっちゃんがどんなにひ
どいやつか知ってるから、ぜったいぼくをかばってくれるって思ってたのに、おか
あさんは何も言ってくれなくて。ぼくは情けなくってくやしくてたまらなかった。
でも、そんなにくやしいんなら自分で言えばいいのに。ぼくはやっぱりちゃんと
しゃべれなくって。言いたいことはズンズンズンズン沈んでいくばかりだった。胸
の中はチューインガムの食べかすがはりついたみたいに、ズルズルベタベタしてく
るし。ちょっと勇気を出せば、それでも言えそうな気もするんだけど、もう、汗が
だらだら出てきて、口がまったく動かなくなってしまって。ああ、ぼくってぜつぼ
う的にだめなやつなんだ。このままかっちゃんにいいようにいじめられるだけなん
だ、とか思ってしまった。
番外編 2
だれかが、かっちゃんなんかこてんぱんにやっつければいいのに。現実はテレビ
じゃないから、そんな無敵のスーパーヒーローなんてぜったいにあらわれない。現
実の世界では、みんな、仲良くしなさいって言うだけだ。ぼくはいつも待っている。
かっちゃんやぼくや先生よりも強くて、やさしい力を持った人を。だけど。そんな
人なんて、やっぱりいないのかもしれない。
おかあさんは、ぼんやり窓の外なんかながめながら、あいかわらずまゆ毛を八の
字にして笑っているだけだった。
だけどそれから、おかあさんは、いきなり立ち上がって、とんちんかんなこと言
い出してしまった。
「あら、どこかでパレードをやってるわ、まあ、なんてにぎやか」
ぼくは、おかあさんがおかしくなってしまったと思った。
だって窓の外からは、校庭で遊んでる子の声くらいしか聞えて来ないんだもの。
なのにおかあさんは、窓の外に体を乗り出して、そのパレードとやらをいっしょう
けんめい探している。いるわけないよ、そんなの。ぼくにはパレードの音楽なんて
ぜんぜん聞こえないんだから。
「残念だわ、どこにも見えなかったわ、すっごく楽しそうで、おどり出したくな
るようなパレードだったのに」
そう言いながら席について。
それからおかあさんは、ほんとに変になってしまった。
おかあさんはじっと黙ってたんだけど。そのうちだんだん顔つきが変わってきた。
まゆ毛がどんどんつり上がって。それから今まで見た事もないくらいにこわい顔に
なって。それはそれはすごい形相だった。そうだ、それはまるで国語の教科書に出
てたヤマンバみたいな顔だったんだ。
「じょうだんじゃないわ、うちの子はいじめられたのに、こっちが悪いなんて、
よく言えるわね。だいたいがわがままな子なのに、がまんして仲良くしようなんて
思ったのが間違いだったわ。かっちゃん、そんなちっちゃい声であやまったって、
許すもんですか。いいわね、今度うちの子いじめたら、おうちに火をつけて、あな
たをまる焼けにしてやるからね、わかったわね」
すごいけんまくのおかあさんを見て、先生もかっちゃんも、そしてぼくもあぜん
としてしまった。
おかあさんは、困ってしまうことはあっても、怒ったことなんて一度もなかった
んだもの。ぼくは、こんなおそろしい顔なんて、今まで一度も見たことがなかった。
あんまりおそろしかったもんだから、先生もかっちゃんも口をあんぐり開けたま
まで、もうだれも何も言えなかった。おかあさんはそのまま、ぼくの手を引いて、
教室からさっさっと出て行ってしまった。
おかあさんと手をつないで帰りながら、ぼくの心臓はどくんどくんと音をたてて
いた。
ビリリの声だ。あれってきっと、ビリリの声なんだ。おかあさん、ビリリの声を
聞いたんだ。気づいたかな、あれがビリリの声だって。すごかったよ、今までのお
かあさんじゃないみたいだった。
おかあさんさんはもう、今までの優しいだけのおかあさんじゃなかった。
まゆ毛も八の字じゃなくて、ぴんと張って。別人みたいにさっそうとしていた。
おかあさんは帰り道で、ぼくと手を繋いでこう言った。
「ああ、すっきりした。思ったままの事が言えたから、すっごく気持ち良かった
わ! おかあさん、ほんとはね、だれにでも優しい人でいようってずっと思ってた
の。でもそれって、悪い人って思われるのがこわかっただけなんだって、今はじめ
てわかったわ。ごめんね。今まであなたにもがまんさせてたみたいで。でも、もう、
やめよう。人間はいやなこと、がまんしちゃいけないのよ」
そう言っておかあさんは、ぼくの手を、ぎゅっとにぎった。
ぼくはうれしくって、その手をぎゅっぎゅってにぎり返した。ぼくの手に何かが、
グワーッと流れてくるような気がした。きっとおかあさんの体の中の血は、今、音
をたててはげしく流れてるんだろう。手をつなぐとそれが、ぼくの中にまで伝わっ
てくるような感じだったんだ。
いつも一緒にいるおかあさんなのに。
ぼくはおかあさんと手をつないでいるのが、その時、うれしくて、誇らしくてた
まらなかったんだ。
家に帰ると、玄関の前に、あつし君がぽつんと待っていた。
あつし君は、下を向いてぼんやりと玄関に座りこんでいた。きっとぼくが休んだ
から心配して来てくれたんだろう。ぼくはすぐにあつし君にかけよって、こう言っ
た。
「すごいよ、あつし君。おかあさん、ビリリの声聞いたんだよ、それで大変身しちゃ
ったんだ」
あつし君は目をまん丸にしてぼくの話を聞いていた。でも、あつし君はあんまり
喜んでくれなかった。きっと今朝のぼくと一緒だ。かっちゃんのことが石みたいな
ゆううつの固まりになってて、それであんまり喜べなかったんだと思う。
「ごめんね。ぼくはぜんぜん助けてあげられなかった。あれから、ずっとくやしく
て気になっててさ、本当にごめんね」
「気にしてないよ、そんなこと。ぼくは。あつし君が来てくれただけで、すっごく
嬉しいんだから。でもさ、ぼくもビリリの声、聞いてみたいな。おかあさんにも聞
えたんだから、ぼくたちにも聞えないかなあ」
「そうだね。聞こえるといいね」
そう言った後あつし君は、顔を赤くして、小さな声でこう言った。
「うん。でも、ぼくは、もう、いい」
「いいって。どういうこと? もう、ビリリの声、聞きたくなくなっちゃったの?」
「そうじゃないけど。ぼく、昨日、あれから決めたんだ。ビリリなんかに頼らな
いで、これから自分で戦うって。だって、ビリリの声って、いつ聞えてくるかわか
んないでしょ。それまでずっと、かっちゃんにいいようにされるなんて、たえられ
ないよ。ぼく、これからはがまんしないことにした。かっちゃんだってだれだって、
負けてもいいから何度でも、ちゃんと戦うって、決めたんだ」
言われてみればその通りだ。おかあさんはいつだってぼくのそばにいるわけじゃ
ない。先生だって、いつもかっちゃんを見張っているわけじゃないんだ。
ぼくたちの世界で、ぼくたちを知っているのは、ぼくたちしかいない。
まわりにどんな大きな力があったって、この世界には、どんな力もおよばない。
自分で自分の大切なものを守るために。戦ったり、仲なおりしたりして、この世
界を作っていかないと、ここはいつまでも、枯れはてた草っぱらのままだ。
だから、ぼくたちにはビリリの声なんて、待ってるひまはないんだ。
ぼくは、あつし君がそう言ったような気がした。
その声を聞いてぼくは、心がビリビリって震えてくるような気がした。
すごいや。
今日のあつし君。今までとぜんぜん違ってる。
もともと頭はいいんだけど、今までとは比べものにならないくらいにきりりとし
てて、すごいこと言ってくれて。
あんまりかっこよかったからぼくは。もしかしたらあつし君、ほんとはビリリの
声を聞いたんじゃないのかな、って思ったくらいだった。
ぼくたちはそのまま玄関で、夕日が落ちるのをじっと見つめた。
夕日はゆっくりと動きながら山の向こうに落ちていって、最後はダイヤモンドみ
たいに小さな光を残して消えていった。
またこの太陽が東の空にめぐる時、明日がやってくる。
明日もまた、今までと同じくらい、ひどい一日かもしれない。
でも、もしかしたら明日ぼくは。
あつし君と一緒に、勇者のように戦っていけるかもしれない。
こがゆき