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セオドールは穏やかな時間を過ごしていた。 気が向いたときに魔力の込められた品を探しに行き、それらを調べ、あとはロードナイトに呼ばれてお茶を飲むといった日々。 そして今は、メルヴィナに魔界語を習っているところだった。 「メルヴィナは、ロサ・リカルディーに会ったことはあるのか?」 ふと質問をしてみる。 「はい、ございます」 あっさりと答えが返ってくる。 「私のような下々の者にも優しくお声をかけてくださる、気さくな方でございました」 メルヴィナは軽く目を伏せながら続ける。 「そうか……」 セオドールは相槌をうちながら、自分の行動について思いを馳せてみた。他人に優しく声をかけたことはあっただろうか、と。 だが、すぐに思いを打ち消す。考えるまでもない。 何かにつけてロサ・リカルディーと比べるのは良くないことだ、と自分に言い聞かせて考えを終了させる。 ここにクラレンスでもいて、セオドールの考えを知ったのだとしたら、こういったことこそ比べてくださいとでも言ったのかもしれないが、あいにくここにクラレンスはいない。 「それでは……」 セオドールが何かを言おうとしたところで、ノックの音が響いた。 続いて、この数日で見慣れた姿が現れる。 「調子はどうだ? ……ああ、何か飲み物の準備をしてくれ」 穏やかな微笑みを浮かべ、ロードナイトはセオドールに声をかけた後、深々と礼をするメルヴィナに用事を言いつける。 かしこまりましたとメルヴィナが退出していくと、ロードナイトはソファーに腰掛ける。 「そうやっていると、母上というよりはむしろ、カリーナに似ているな」 面白がるようにロードナイトが呟く。 「……二代女王の?」 セオドールは問いかけるが、答えは聞かずともわかっている。ロードナイトの妹でもあるプレファレンス二代女王カリーナ。 そういえば、ロサ・リカルディーについては色々と調べてきたが、カリーナについてはほとんど調べていないことに気づく。 「そう、カリーナはほとんど人間だったし、お前とはかなりの共通点があるな。髪の色も目の色も同じだ」 軽く目を細めながら、ロードナイトが答える。 「俺やアステールは、基本的には悪魔だからな。だが、カリーナは逆だった。母上の跡を継ぐべくプレファレンスの王女として育ち……そして人間の男を愛した」 どこか遠くを見るような目をし、ロードナイトは独白のように呟いた。 「身分違いであったために周囲に反対されながら、それでも押し切ったカリーナ。あの時のことは、まるで昨日のことのように思い出すことができる……」 カリーナの夫は公式記録として残っている。『王女と魔術師のサーガ』として歌にもなっているとおり、その夫が魔術師であったということはセオドールも知っていた。 「魔術師エリアス……」 カリーナの夫――ということは、つまり自らの祖先でもある――の名をセオドールは口にする。 「そう、エリアス。あの変人だ。魔術師っていう奴は、やっぱり変わり者だらけだと、つくづく思ったものだ」 今までの神妙な口調から一転し、ため息すら漏らすロードナイト。 「は……? 変人……?」 思わず、セオドールは疑問を声に出してしまう。 「ああ、奴は変わり者だった。俺やアステールのことを知っても、まったく驚くこともなく、やたらにこにこと笑って『そうですか。よろしくお願いします、お義兄さん』といって握手を求めてきた。まあ、ある意味、大物だったな……」 軽く苦笑しながら、ロードナイトは当時を思い返す。 「……まあ、それくらいじゃないと、カリーナの婿なんざ務まらないのかもしれなかったけれどな」 「失礼致します」 そのような話をしているところで、メルヴィナが飲み物を運んで戻ってきた。 「ああ……良い香りだ。廃園の青薔薇か?」 「はい、今日は美しい青が出ました。どうぞお召し上がりくださいませ」 青い薔薇の花びらを浮かべたお茶が出される。 セオドールは、初めて見る青い薔薇に目を奪われていた。 人間界において青い薔薇は、存在しないものの象徴とすらされる。鮮やかな青は美しく、そしてどこかこの世のものならざるような不吉なものすら感じさせた。 「……懐かしいな。昔、カリーナが青い薔薇を見たいと言い、俺とアステールで廃園まで取りに行ったことがあった。母上の魔剣を持ち出して、な」 「魔剣……?」 ロードナイトがぼそりと漏らした言葉に、セオドールが反応する。 「お前も見たことがあるだろう。プレファレンスの地下にあった、あの魔剣だ。あの頃はまだ幼かったからな。護身用にと持ち出したんだ。後で母上に怒られたけれどな」 軽く笑いながら、ロードナイトは言う。 「結局、あの魔剣は俺たちに与えられ、そして……誓いの証ともなった」 言いながら、神妙な顔になる。 プレファレンスの地下にあった鉢植えに刻まれていた、ロードナイト、アステール、カリーナの名に関わることだろうか、とセオドールは思う。 「どれだけの季節が廻り、時が流れ、人々の思いが忘れられようと……俺達の間の誓いが風化することがないように。……あの誓いを忘れるわけにはいかない」 自らに言い聞かせるように呟きながら、ロードナイトはお茶を口に運ぶ。 長い睫毛が、物憂げな影を落としていた。 様々な実験用の器具が所狭しと、置かれている部屋。 しかし、ただ雑然と置かれているわけではなく、計算されつくしたかのように整然としている。 その中にあって、まるで彫像のような無機質さすら感じさせるアステールは、部屋の一部であるかのようだった。 彼の前には、セオドールと出会ったときにもぎ取ってきた白い花と、小瓶が置かれてる。 「……どうだ?」 ノックの音とともに、来訪者がやってくる。 「予想通り……ですな」 アステールは答えて、来訪者を見る。 まるでこの部屋において唯一の異質な存在とでもいうようなその姿は、彼の兄ロードナイトだった。 「そうか。では、使えるということだな。だが、完全成功率はどれくらいなんだ?」 いつもの微笑もなく、ロードナイトは真面目に問う。 「……そうですな……現状で五分五分といったところですか」 いつもの無表情でアステールは答える。 「賭け、になってしまうな。第一段階の成功率はほぼ完全なのだろう?」 「もちろんです」 「……だが、後の段階で失敗してしまえば、意味がないものになる。それとも、犠牲など厭うことなどないと考えると思うか?」 「それはないでしょうな。あれの考えはあくまで人間ですからな」 「だろうな」 ふう、とため息をもらしてロードナイトは呟く。 「さすがにそれでは、な。……まあいい、もう少し調べてみることにしよう」 そういい残して、ロードナイトは部屋から出ていった。 再び調和を取り戻した部屋の中で、アステールは目の前の白い花と小瓶に視線を向ける。 そして軽く目を細め、白い花をつかみあげた。 摘み取られて数日が経つというのに、未だ微かに銀色の燐光を放ち、衰えを見せようとはしない。 まるで、自らの存在を訴え、その生命力を誇示しているかのようだった。 常と変わらぬ無表情のまま、ふとアステールは吐息を漏らす。 「我が片割れの妹よ。君は今、幸せか?」 |