1.帰国



 その日、王城は異様な雰囲気に包まれていた。

「……ついに奴が戻ってくるのか……」

 緊張と不安に強張った顔で、国王が呟く。

「少しはまともになっているでしょうか……?」

 おそるおそるといったように第一王子ルテールが口を開く。

「……人間の本質というものがそうそう変わるとは思えませんが……」

 絶望的な表情の王妃。

「私はお兄様の、あの素晴らしい容姿が損なわれていないことを願うだけですわ」

 一人だけ趣旨が違う第一王女アルメリア。

 ロイヤルファミリーが集まってひそひそと悲痛な相談をしていた。(一人を除く)

 今日はここプレファレンス王国の第二王子セオドールが3年の留学を終え、帰国する日だったのだ。

 プレファレンス王家は建国当初こそ天才、鬼才、奇人変人の集まりといわれていたが、時が流れて国が安定期に入ってくると、戦乱期のような緊張感が薄れたのかその優れた能力にも翳りが見え始め、今では国を保っていけるだけの能力はかろうじて持っているといった凡庸な人材ばかりになっていた。現在でも建国当初から失われていないものといえば、『世界で一番美しい王家』というものだけだった。しかし、それも建国当初の絶世の美貌揃いから比べれば劣ってしまっている。

 そのようななか、まるで建国当初に戻ったかのような才能と絶世の美貌を持ったセオドールの誕生は、更なる発展の象徴のように思えた。しかし、英雄などというものは戦乱の時代にあってこそ輝くもので、平和な時代においては持て余してしまうものなのだ。

 セオドールは剣に興味を示したが、戦争がないために実戦が行えない。そこで戦争でも起こそうかと画策を始めた。幸い、実行に移す前に発覚し、戦争は未然に防がれたものの、この一件はセオドールの狂気を広く知らしめるものとなってしまった。

 そしてセオドールが14歳になったとき、彼は「勉強がしたい。留学させろ」と父王に申し出た。国王はやっと改心したかと喜び、すぐにその願いを叶えた。留学先が魔術学院だったのが少々気にならないでもなかったが、不吉なことは考えないようにした。だが、後で知ったのだが、セオドールが魔術学院に留学することを望んだのは、彼の興味が剣術から魔剣に移り、魔剣について調べるためという理由からだった。どこまでも不吉な陰がつきまとっている。

 ついにセオドールが市中に入ったとの報告が入ってきた。ロイヤルファミリーの顔が緊張にひきつる。これからセオドールの帰国を祝っての宴が始まるのだ。

「ああ、神よ……」

 国王の口から力無い声が漏れた。










 賑やかな宴会のなか、下らないといった表情で立っているこの宴の主役。長い艶やかな銀色の髪を束ね、瞳の色は全てを射抜くような冷たいアイスブルー。その繊細な顔立ちはこのような不快を表す表情ですら美しく、もし、この口元がほころんだのならばいったいどのようになるのだろうと思わせる。実際、その微笑みを拾おうとする者は数え切れないほどにいた。なかにはそのためだけに全てを投げ出してもよいと思う者もいるほどに。しかし、彼はかたくなにそれらを拒んだ。

 この宴においても主役でありながら、無理やり連れてこられたような不快を隠そうともしない。それでも昔のセオドールならば、「下らん」の一言でこの宴会を飛び出していったであろうから、例えつまらなさそうであってもこの場にいるというだけで、彼が真人間に近づいたらしいことを疑う者はいなかった。

「ああ、セオドールお兄様……あなたは神が創り上げた至高の芸術品……そのお美しさは昔のまま……いえ、それ以上……」

 うっとりと実の兄に見入ってため息をつくアルメリア。

 そんな妹の視線に気づいたのか、セオドールがつかつかとアルメリアに近づいてきた。

「顔が赤い。熱でもあるのか?」

 無表情のまま、セオドールの美しい声が淡々と台詞を読み上げるような調子で響く。

「……お兄様が……私に優しい言葉を…………はうっ……」

 アルメリアは額を片手で押さえて天を仰いだかと思うと、感極まってその場に崩れ落ちた。

「突然倒れるとは、なかなか症状は重そうだな」

 セオドールはやはり無表情のまま、倒れた妹を見下ろして呟く。

「目障りだ。さっさと片づけろ」

 言い捨ててその場に背を向け、歩き出すセオドール。それまで楽しげに談笑していた者たちも、歩いてくるセオドールの姿を認めるとひきつったように無言になり、さっと道をあける。

「……ああ……お兄様、やっぱり本質は昔のままかも……」

 アルメリアは涙を流しながら、掠れた呟きをもらした。










 窓から差し込むわずかな明かりだけが部屋を照らしていた。

 すでに中天に差し掛かかった月は、その欠けるところのない姿を夜空にさらしている。

「……満月か」

 緩やかな動作で窓に近づいて空を見上げ、セオドールは呟いた。

 冷たく柔らかい光がセオドールの顔を照らし、その端正な顔を白く浮かび上がらせる。輝きを受けた銀糸の髪が、まるでそれ自体が月であるかのような燐光を放つ。

「そうしていると、まるで月の精のようだな」

 他には誰もいないはずの部屋に突然響いた声。

 しかしセオドールは驚いた様子もなく、ただゆっくりと嘆息をもらした。

「……私は疲れている。貴様の相手をしてやるような気分ではない。失せろ」

 うんざりした様子でそう言うと、声の主を見ようともせずにセオドールは奥の部屋に向かって歩き出した。

「つれないな」

 突然の訪問者は肩をすくめたらしい。空気が微かに揺れる。

 それを無視して奥の部屋に入ろうとしたセオドールだが、突如ふわり、と後ろから抱きすくめられた。

「離せ。鬱陶しい」

 淡々とした声で言うと、自分の身体にまわされた手を振り払い、はじめてセオドールは訪問者に向き直った。

 月光を背に浴びながら、なお闇に包まれた背の高い影。他に言いようがなかった。顔や身体の輪郭こそおぼろげながら見えてはいるものの、その部位のひとつひとつは影に覆われ、確かめる術はない。

「相変わらず、美しい。人間とは思えない……」

 影に包まれた訪問者はセオドールの顎に指をかけ、すいと持ち上げてそう言った。

「戯れ言を、悪魔め」

 冷たい瞳を向け、セオドールは吐き捨てた。

「戯れ言、か。誉めたつもりだがな」

 悪魔と呼ばれた訪問者はセオドールの頭に手をまわし、髪留めをはずす。さらり、という音とともにセオドールの月光色の髪が広がり、その髪を一筋すくって悪魔は口付ける。

「お前たちの生は短い。どれほどの美しさを誇ろうとも、すぐに朽ち果ててしまう。悲しいことだ……」

「何が言いたい」

「魔界に伝わる伝説の魔剣、その一振りの行方を知りたくはないか?」

「!?」

 はじめてセオドールの目に驚愕の色が浮かぶ。それを見た悪魔は満足そうに微かな笑い声を漏らした。

「相変わらず、魔剣と聞くと反応を見せるのだな。いいだろう、教えてやろう。その魔剣は昔、ある人間によって魔界から持ち出されたのだ」

「人間? 人間が魔界に行ったというのか?」

「そうだ。過去、魔界に入り無事で帰った人間は5人。その1人だ」

「誰だ、それは」

 先ほどとはうって変わったように興味を示すセオドール。

「お前と同じ髪の色、お前のように美しい顔をした者、氷の鋭さの持ち主」

「…………」

 セオドールはその言葉を頭の中でゆっくりと反芻する。

「……さて、続きが知りたいか? それならばそれなりの条件をのんでもらおう」

「生憎だが、私は悪魔との契約などはしない。魂を奪われるわけにはいかないからな」

 いまだ彼の髪を弄んでいる悪魔を引き離し、セオドールは拒絶する。

「いつもお前はそれだ。契約書に少々サインをするだけで永遠の美しさと強大な力が手に入るというのに、何故そこまでお前は拒む?」

「愚問だな」

 口の端を皮肉げにつり上げ、セオドールは鼻で笑う。

「私には私の目的がある。借り物の力などいらない。この身体だとて、その目的のためならばどうなろうとかまわん。美しさなど、私にとっては何の価値もないものだ」

「わからんな……」

「わからなくていい。ただ、私は決して悪魔との契約などはしないということだ。貴様がいかにつきまとおうと無駄だ。情報がそれだけならば、早々に去れ」

 言ってセオドールは悪魔に背を向け、奥の部屋の扉に手をかける。

「糸口にしか過ぎぬとはいえ、魔剣の情報を教えてやったのに礼も無しか」

 礼儀知らずめ、と続く嘲笑うような声。

「……先ほど以上の戯れ言だな」

 今一度振り返り、セオドールは嘲笑を浮かべて悪魔を見る。

 そしてその繊細な指を悪魔の顔に向かって伸ばし、指の背でゆっくりと頬のあたりをなぞる。

「貴様が情報を持ってきたのは私のためだろう? 私の役に立つこと、それが貴様にとっても何よりだろうが。礼を言うというのはありがたいと思うからだ。当たり前のことに礼を何故言わねばならない? 貴様には利用価値がある。私にそう言わせたことを光栄に思うのだな、悪魔」

 決して迷いを見せない端正な顔が月明かりに浮かび上がる。傲慢で不遜で、それでいて奇妙なくらい優しい笑みを浮かべた、ぞっとするほどに魔的な美しさを持つ顔が。

「……どちらが悪魔かわかったものではないな」

 呆れ果てた、しかしどこか面白がっているような声が響く。

「まあいい。私は刹那を生きるお前たちとは違う。望み通り消えてやろう」

 悪魔は自らの頬にあてられたセオドールの指をそっとつかみ、軽く口付ける。

「魔剣を持ってきたら感謝してやる。特に悪魔殺しの魔剣ならば、最高の礼をしてやるぞ」

 セオドールの言葉に応えるように影が揺らぎ、空間が歪む。

 そして一瞬の後、その場にはセオドールだけが取り残された。

「私と同じ髪の色、私と同じような顔、氷の鋭さ……か」

 セオドールは影が消えた場所に向かって呟くと、身を翻して今度こそ奥の部屋の扉に手をかけ、中に入っていった。





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