mujirusiのホームページに関する各種情報のページ
2007/07/28最終更新
著作権について
1999/04/19作成
1999/06/12修正
※Niftyに設置した「分室」に関する記述を追加
2000/05/04修正
※Geocitiesに設置した「営業所」に関する記述を追加し、「分室」の移転に伴い記述を修正
2002/04/28修正
※Hoops!に移転した「営業所」に関する記述を追加
2007/07/28修正
※Infoseekに移転した「営業所」に関する記述を修正
Copyright (C) 1999-2007 mujirusi All rights reserved.
アドレス http://www2u.biglobe.ne.jp/~mujirusi/
、 http://homepage1.nifty.com/~mujirusi/
、http://mujirusi.hp.infoseek.co.jp/
、およびhttp://www.geocities.co.jp/MotorCity-Pit/6602/以下にあるファイルは、一部のファイル(ホームページ作成用ツールより利用させていただいているものがあります)を除き、すべてmujirusiが保有しています。無断で流用すること、また画像へ直接リンクを張ることはおやめください。
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リンクについて
1999/04/19作成
1999/04/21修正
1999/05/01追加
※ようやくリンクのページを作りました
1999/05/24追加
※相互リンクについての記述を追加しました
1999/11/22追加
※リンクの休止、解除、変更についての記述を追加しました
2002/04/28修正
※企業からのリンクの連絡をお断りする旨の記述を追加しました
リンクに関しましては、上記の場合を除きフリー(できればRootのトップページ、もしくは各コーナーのトップページへお願いします)とさせていただきますが、ご一報いただければうれしいですし、またその際には相互リンクさせていただければなおありがたいです。
但し、企業からのリンクのメールは、spamとの区別ができないため、お断りします。
また、メールや掲示板などでこちらから相互リンクをお願いすることもございます。その際、相互リンクのご承諾を頂けない場合には、当方のリンクのページへの掲載を見合わせていただく場合がございます。
ところで、掲載させていただいたリンクを休止、あるいは解除せざるを得ない場合もあります。当ホームページで想定しているのは、例えば次のような場合です。
- リンク先が、予告なく接続できなくなった場合
…接続ができなくなったのを確認してから、概ね一週間以内にリンクを休止させていただきます(あくまでもハイパーリンクの解除のみで、URLの表記はそのまま残します:まあ、簡易郵便局の一時閉鎖といったところでしょうか)。接続先が復活した場合には、早急にリンクを復活させていただきますが、ご連絡頂けぬまま長期間経過した場合には、解除させていただくかもしれません。
- リンク先が、当方からの接続を望まなくなった場合
…これに関しては、よほどのことがなければ、当方から一方的にリンクを解除することはいたしません。なぜならば、殆どの場合当方からリンクをお願いし、ご了解いただいた上で相互リンクさせていただいておりますので、なぜ切られねばならぬか?というのに納得ゆく理由を求めたいわけです。相互のリンクを切る、ということは即ち出入り禁止に等しい、大変厳しいことだと考えます。
従いまして、先方から当方へのリンクの一方的解除は致し方ありません(当方差し止めようがございません)が、当方からのリンクは継続させていただく場合があります。
まあ、別れようとする女房に未練たらしい、といったところでしょうか。
(生憎私は所帯を持った経験がございませんが....)
他のホームページへのリンク先(URL)のリストはこちらです
なお、プロバイダの移行などでURLが変更になった場合には、当方でも一応チェックは入れておりますが、恐れ入りますがメールにてお知らせ願えませんでしょうか。速やかにURLを修正させていただきます。
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掲示板について
1999/11/22初版
2000/05/04修正
※掲示板の移転(ニフティ→アット・ニフティ)に伴い、リンク先などを変更
2000/11/03修正
※お願いについてを一部追加
2007/07/28修正
※掲示板の移転(アット・ニフティのレンタル掲示板へ)に伴い、リンク先などを変更
掲示板は、1999/09/26に設置いたしました。これは、当初Niftyのメッセージボードのシステムを利用し、2000/04/07より分室の移転に関連して掲示板もアット・ニフティへ移転(メッセージボード)しましたが、メッセージボードの終了に伴い、2007/07/28も@Niftyのレンタル掲示板へ移転しました。
旧掲示板のログも公開しております。
一応、「鉄道・バス・〒掲示板」と銘打ってはおりますが、ためになる話とか他人でも笑えるヨタ話でもOkです。
また、ごく当たり前な(とオーナーは思っております)掲示板ご利用についてのお願いです。
- 他人を理由なく非難中傷、あるいは不快にさせるような内容、またハンドル名はおやめください。
- メールアドレスは必須とさせていただいております。正しいメールアドレスの記入をお願いいたします。出鱈目なもの、あるいはフリー(明らかに別のアドレスへ転送する目的のものも含みます)のメールアドレスはおやめください。但し、理由がある場合やホームページアドレスを記入されている場合は、この限りではありません。
- 上項に従っていただけない場合や、一方的な広告宣伝、またオーナーである私が不適当と判断した書き込みは、削除させていただくことがあります。
まあ、楽しくやっていきたいので、ぜひお越しくださいませ。
掲示板のページはこちらです
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ページ作成のポリシーなんて大した主義ではないんですが....
1999/04/20初版
1999/04/29追加
※トップページへ「目次」を追加
1999/05/24追加
※「更新について」の考え方を追加
1999/06/12追加
※「更新について」の記述を修正
(biglobeの障害で毎日更新がとぎれた ;_;)
1999/09/30修正
※「更新について」の記述
(旅行時に更新休止)
- 各コーナーのトップページ(大概はindex.htm)は極力軽く。
でっかい画像とか、Plug-in読み込ませる奴とか、果てはJavaが組み込まれているトップページなんて時々見かけますけど、これが重くてかないません。まして、私はNetscape
Navigator / Communicator(以下、寝助)を常用しているので、Javaが組み込まれていると30秒(会社の速いマシンでLAN接続:NC4.51)から1分(おうちの遅〜いマシンでアナログ回線のダイヤルアップ:NN4.04)もかかるのは辛いものがあります。
画像ファイルも、トップページのものは極力小さいものとして、各コーナーから呼び出されるページに重い(というか充実した)画像を配するように心がけます。
- 更新内容がすぐわかるように。
何処のページが新しくなったのか、あるいは追加になったのかがわかりやすいサイトは、やはり巡りやすいです。私も、その方向を目指して、トップページに(最近の)更新情報を載せる形にしました。また、各ページには更新日時を掲載するようにします(正式公開したページより順次)。
- 画像を表示しなくても(各コーナーへ)ジャンプできるように。
クリッカブルマップなんてのもいいんですが、画像を表示しないとジャンプできないのは困ります。
えてして、そういう画像は大きいものが多かったりしますし(小さくてはクリッカブルマップにできないし....)。ま、それ以前に私がまだクリッカブルマップを作る技術がないという問題もありますが(^_^;)。
また、画像全体にリンクが設定されている場合も、画像を表示しないと何処へジャンプするのかわからなかったりする(画像にリンク先が書かれている等)のも困りものです。
なにぶん、前出のとおり私のおうちの環境が貧しくて、常時画像を読み込まない設定(必要に応じてロード)にしていて、しかもキャッシュ領域は大きく取れないので前回ロードした画像もすぐになくなってしまう....のであります。また、Webへアクセスは必ずしもIEや寝助などによるグラフィカルな環境ばかりではなく、テキスト環境でのアクセスも考慮すべきだと考えます(知り合いに視覚障害者でPC98のDOS環境からインターネットへアクセスしている方がいます)。
そこで、「画像とテキストの両方にリンクを設定する」「(リンクの有無に関わらず)画像には代替文字列を設定する」ことを心がけます。
- トップページの初めの方に各コーナへジャンプできる目次を置く。
各ページにどんどん内容を追加していったところ、そのページ内にどんなコーナがあるのか見通しが悪くなってきているのに気付きました。そこで、トップページの初めの方に各コーナへジャンプできる目次を置くことにしました。
- ウィンドウが小さくても窮屈になったりはみ出したりしないように。
これまた私のおうちの環境で恐縮ですが、B5サイズのノートPCで、解像度は640x480ピクセルしかありません(しかも通常はフルスクリーンになっていない)。そのため、画像などで寝助のウィンドウがはみ出したり、フレーム表示でものすごく窮屈になってしまうことがあります。
そのため、ウィンドウが小さくても窮屈にならないような構成にするように心がけ、またフレームは当分使用しません(というか作る技術がまだないだけなのですが(^_^;)
)。
逆に、大画面でご覧の方には物足りないかもしれませんが、当方の制作環境が向上するまではこの形で参ります。
- 更新は、できる限り1日1回。
更新が滞ってしまうのも、このページを期待して見に来られる方に対して失礼であり、再び見に来ていただけなくなってしまうこととなります。
しかしながら、1日に何度も更新するというのも、制作者側も大変ですし、見る方も却って大変です(週末ですとか余裕のある時間帯ならともかく)。
ということで、当ホームページではできる限り1日1回の更新を心がけます。
但し、更新時刻については、必ずしも一定ではないことをご了承ください。
ちなみに、1999/05/01の正式公開以来、旅行などで不在の折を除き、ほぼ毎日更新中です。
(BIGLOBEの障害や、多忙・疲労のためその日のうちに更新できなかったことが最近多く、もうしわけございません)
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ページ作成の手段について
1999/04/29作成
1999/05/24修正
※FTPのツールと謝辞を追加
1999/06/12修正
※ツールのバージョンを修正
1999/08/09修正
※デジカメの機種を修正
このホームページは、基本的に「IBM ホームページビルダー 2.0.5」にて作成しています。
また、局めぐや横浜市営バス車両リストは、元データがExcel形式のため「Internet
Assistant for Microsoft Excel 95」もしくは「Microsoft Excel97」のHTML出力を利用して作成しました。
(でも表形式の出力はいまいち....)
画像ファイルについては、CASIOのデジカメQV-300およびQV-7000SXにて撮影したファイルをJPEG形式に変換したものと、KODAKのフォトCDからJPEG形式に変換したものを利用しています。
特に、QV-7000SXは画素数がQV-300の4倍(約132万画素)あり、1999/08以降に撮影された画像は画質が格段に向上しているのがおわかりいただけるものと思います(その分サイズが多少大きくなっておりますが....)。
また、biglobeへのアップロードは NextFTP(Ver1.81)を利用しております。
動作確認は、前述の通り Netscape Communicator 4.6および Netscape Navigator4.04
にて行っています。Internet Explorer 4.0xでも時折確認はしますが、もし表示などに不都合な点がありました場合はご容赦ください。
また、これらのソフトウェアを開発した各ソフトウェア会社、またソフトウェア開発者の方々に、感謝を申し上げます。
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このホームページの作者の正体
1999/05/24作成
1999/06/12追加
※小学校以降、大学のころまで追加
1999/08/09追加
※現在に至るまでを追加
- この世に生まれ出たのは渋谷の日赤病院だったらしい(当然本人には記憶がないが....)。
その後は下に、女・男・女と生まれたので、4人兄弟の長男らしい。
- 父親の実家は横浜市磯子区で長男、母親の実家は川崎市(現在は区制施行で中原区)で次女らしい。
- この一家は、まず川崎市渡田新町(現在は区制施行で川崎区)に住み、その後大和市深見、そして横浜市港北区(現在は分区して緑区)の国鉄(当然現在ではJR東日本である)横浜線の中山駅近くの公団住宅に住んだらしい。ちょうど中山駅が見える場所で、鉄道へのあこがれはこの時以来らしい。また、幼稚園は横浜市バスで通っていたので、バスへのあこがれもやはりこの時以来らしい。
- その後、父親の実家である横浜市磯子区へ移って以来、引越はしていないらしい。
ちなみに、7ケタ〒番号でいうと235-0021であるが、最寄りは02338らしい(謎)。
- 小学校、中学校は歩いて通える地元の公立学校へ行き、高校は京浜急行で通った。鉄道への憧れはあの赤い電車でますます高まったものと考えられる。
全くの余談であるが、横浜市立の学校には教頭先生というのはいない(代わりに副校長先生という肩書きがある。ご存じ??!!)。ゆえに教頭先生という呼称には未だに抵抗があるらしい。
- 大学は、いろいろといきさつはあったが高校のすぐとなりの大学へ行くこととなった。
大学では、鉄道研究部というものが無く、同じ志を持つ学生たちと共にまず「研究会」を発足させて、翌年部を創立することとなった。
あまりにのめり込んだ結果、京浜急行の電車で同じ区間を足かけ9年通うことになってしまったらしい。
- 就職は、ちょうどバブルが始まりかけた時期で、どうにか某総合電気会社の関連会社へ潜り込むことに成功。本当はシステムインテグレーターを標榜した会社だったはずなのだが、入社して半年で家電系の関連会社へ丁稚奉公に出されてしまった。
- その会社で一生懸命に働き(と当人は思いこんでいる)、趣味も殆ど忘れかけていたが、3年目に突然配転されてやる気を無くし、その分趣味へのめり込んでいくきっかけとなったらしい。
廃止が3ヶ月延びた片上鉄道に乗りに行ったり、北海道や九州、そして四国にも足を延ばしたようである。
全く余談ながら、その年は年間の休暇40日のうち37日半も消化してしまったとの噂あり(「半」とは半日休暇1回分)。
- その翌年、突然元の会社へ呼び戻される話が来て、仲間の大半はそのまま居残ったのに、うまい話に乗ってうっかり戻ってしまったらしい。当然、そのほうが少数派で、その後再び苦労をしたらしく、ますます趣味へ傾注する時間が長くなっていったらしい。居残ったほうはというと、今でも大半が中堅として活躍していると、風の便りで伝わってきているようである。
- そして今は、鉄道・バス・〒を柱として、趣味にも傾注しつつ、仕事もそれなりにしているらしい。
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