臼の声
【解題】 旧家に伝わる臼や杵を焼いたら、香木だったので芳香が漂った。この話をもとにして、四季の景色や男女の恋の風情を歌詞にしたもので、「臼」の語が十二箇所に埋め込まれているのを下線で示した。 【解析】 ○おぼろ 夜の、 影は霞の|うすもの|に、こぼれ て |匂ふ梅が香 も、日数に| |うつる| 朧 月夜の、月の光は霞の|薄い生地|を|通り抜けて 、 |あふれるほど|匂う梅の香りも、日数が| |経つと| |香りが|褪せる、 ○ 春 暮れ て、夏 |立つ |けふの|うすごろも、うす紫のあふち かげ 、涼しき風 に 《裁つ》 《衣》 その春が終わって、夏が|始まる|今日の|薄い 着物 、うす紫の 楝 の木陰に、涼しい風が吹いて ○秋の|立つ 、うす霧 |なびく |初尾花 、ほのかに|うすく| |暮れそめ て、 《立つ》 《霧》 秋が|始まる頃、 薄 霧が|なびく中に| |なびく |初尾花が、かすかに| 薄 く|日が|暮れかける中に見えて、 ○聞きうす |高き|山 風に、月澄む秋の|琴の声 、夜寒の 雁も音を|添え て、 聞き 臼 の香りも|高く、 |高い|山から吹く山風に、月澄む秋の|琴の声に、夜寒の晩の雁も声を|合わせて、 ○ そと も|の木々のうす紅葉 、急ぐ | |時雨の|朝 戸出|に、 家の| 外 の庭|の木々が 薄 紅葉に色づくのを|急ぐ 。 |急いで|恋人の家を出る|時雨の|朝の別れ|に、 ○庭のうす雪 |めづらし な、 庭の 薄 雪が|印象的であることよ、その後、届いた男から女への手紙は、 ○ |な | げ の|情け |の|筆のあと| 、墨 うすから|ぬ | 玉づさ| に、 一見| |情愛の| |無さ|そう | |な|筆 跡 |だが、墨の 薄 く |ない|その 手紙 |のように、 ┌──────────┐ ○ 契りは| 何 |か|うすから| む|↓。 二人の愛の絆 は|どうして| |薄い |だろう|か、いや、実は濃いに違いない。 ○うすき| |へだて|の | 賤が家に、稲 つく|うすの|つちの歌、 薄 い| |仕切り|のおかげか、 |男女の| 隔 て|も | 薄 い| |下賤の家で、稲を突く| 臼 の| 杵 の歌、 ○ 拍子 も|風に |通ひ きて、歌う声々 |おもしろ| や。 そのリズムも|風に乗って|聞こえてきて、歌う歌声は|風情ある|ことよ。 |
作詞:森川三左衛門 (名古屋の町奉行) 作曲:藤尾勾当 移曲:三世山登松齢(江戸の人。弘化元年に生まれ、明治二十二年十一月十七日歿) 【語注】 裁つと衣は縁語。 あふち 樗。楝。センダンの古名。夏、うす紫の花が開き、秋に実がなる。 立つと霧は縁語。 聞きうす 「聞く」は「お香(こう)を聞く」「聞き酒」などの例の様に、味や香りを味わう意。臼を焼いて香りを味わったので、「聞き臼」と言い、香りが高いので「高き山」と掛詞にし、さらに「山風」に続けた。 朝戸出 朝、男が、一夜明かした女のもとを去ること。 なげの情け 「なげ」は、「やる気も無げに」の例のように、「無さそう」の意。文面は誠意がなさそうだが、実は愛情が濃いのは、墨の色で分かるというのである。 つち 「金槌・木槌」の「槌」。杵(きね)のこと。 |