打盤(うちばん)
【解題】 晩秋の山里に里女が打つ砧の打盤と横槌を女と男に擬人化し、恋心を飄逸な文句で表現したもの。 【解析】 ○北 時雨 、小原(をはら)の里に| |聞きなれし、梟(ふくろ)の鳥の|宵 |だくみ 、 北山時雨の降る|小原 の里で|里の女が|聞きなれた|梟 が|宵の仕事の| 計画 を、 ○早や| 摺(す)り 置けと|世話焼き し 、 |糊付(のりづ)けものの| 早く|着物の洗い張りに使う糊を摺 って置けと|世話焼きをして、里の女は|糊付け 仕事の| ○せわしさも 、今日の| 日和(ひより)を|楽しみに 、 重い身をさへ|苦にせぬ| を、 忙 しさも厭わず、今日の|洗濯日和 を|楽しみにして、身重の体 さえ|苦にせず| |夜すがら砧を打っていると、 ○ |逢ふたびごとに荒けなく、百度(ももたび)千度(ちたび)| 続け打ち、 | 横槌は打盤に|逢うたびごとに荒々しく、百度も 千度も |打盤を続け打ち、打盤は横槌に| ○叩いて叩いて叩かれて、 あた |嬉しい は| 槌 の音| 。 叩いて叩いて叩かれて、それでもなんとも|嬉しいのは、横槌が私を叩く 音|と喜んでいる。 【背景】 摺り置け・糊付けもの 梟は、天気が晴れに向かうと、「ノリスリオーケ」(明日はお天気だ、着物を洗濯して洗い張りをする時に使う糊を摺って置け)、「ノリツケホーセ」(明日はお天気だ、洗濯物に糊を付けて乾(ほ)せ)などと教えて鳴くという。鳥の鳴き声を意味が通る人の言葉に置き換えることを「聞きなし」と言う。ホトトギスの鳴き声を「天辺かけたか」などというのも同じ。 あた嬉しい 「あた」は普通は悪い意味の言葉の前に付けて、嫌悪の意味を込めて程度の甚だしいことを表す。打盤が横槌に百回も千回も叩かれるということは、客観的に見れば、道具がその目的にかなった仕事をしている正常な行為だが、人間の感情を通して見ると、苛められているのに喜んでいるという異常な行為のようにも見える。つまり、この場合、叩かれて感じる「嬉しい」は嫌悪感を伴うので、「あた」を付けたのだろう。 |
作詞:惺園篁鳳 作曲:幾山検校 【語注】 打盤 洗濯物を木槌で打つための木の台。この場合の木槌は、丸木を削り、柄の部分を細くし、頭部の側面で打つように作った槌で、砧や藁打ちに用いた。この木槌を「横槌」と言い、打盤と合わせて砧となる。 北時雨 北山時雨のこと。時雨は、晩秋から初冬にかけて時々降る雨。 小原 現在の大原のこと。加茂川と高野川が合流する近辺の出町柳の駅から叡山電鉄叡山線の終点、八瀬(やせ)比叡山口で降り、更に高野川にそって八キロあまりも行った所が大原で、今は「大原三千院」で有名だが、昔は寂しい山里だった。平清盛の娘で、高倉天皇の中宮、安徳天皇の母だった平徳子(建礼門院)が平氏の滅亡後、隠棲したところとしても有名。(平家物語・大原御幸) 摺り置け・糊付けもの⇒背景 あた嬉しい⇒背景 |