融(とほる)
【解題】 曲名の融は人名で、嵯峨天皇の皇子、左大臣源融のこと。京都六条河原に広大な邸宅を構え、その庭園を陸奥(みちのく)の塩竈を模して造営し、池に大阪湾の海水を運んで、塩焼きの風景を再現させて楽しんだ。その邸宅を『河原の院』と言い、普通の上流貴族の邸宅の四倍の広さがあった。融の別称を『河原の左大臣』とも言う。歌詞は謡曲『融』の一部で、融の幽霊が、在りし日の河原の院での風雅な生活を語り、また舞い遊ぶという内容である。 【解析】 ○(われ塩竈の浦に心を寄せ 、) 私は塩竈の浦に心を引かれ、 ○あの籬(まがき)が島の松陰(かげ)に明月に舟を浮かべ、月宮殿の 白衣の袖 も、三五夜 |中の| あの籬 が島の松陰 に明月に舟を浮かべ、月宮殿の中の白衣の袖の天人も|十五人になり、 |十五夜 | の| ○新 月の|色 。 出たばかりの満月の|光を浴びて、天人さながらに舞を舞ったものだ。 ○千重 降る や、 雪を廻らす 雲の 袖 、 挿す や| 《振る》 《袖》 《差す》 幾重にも降り積もる!、風が雪を渦巻かせるような優雅な舞の、雲のように軽やかな袖を、 差し出すことよ、 |頭上に挿した !| ○桂の枝々に、 光を花と |散らす|装ひ 。 桂の枝々に、月の光を花のように|散らす|舞姿だった。陸奥(みちのく)の白河の関と同じように、 ○ここ にも名に立つ|白河の波 の、あら|面白 や| 《立つ》 《波》 《荒》 ここ都でも名 高い|白河の波を引き入れた遣水の、ああ、風情があることよ、 ○曲水の |さか|づき |受けたり | |受けたり |遊舞の袖 。 曲水の宴の| 杯 を|受けて |酒を飲むように、 | 月 の光を|受け止めたぞ| 、受け止めたぞ|遊舞の袖に。 ○あら|面白の 遊楽 や 、そも |明月 の|その 中 に、まだ|初月(はつづき)の宵々 に、 ああ、風情のある遊楽だなあ、そもそも|満月の夜がある|その一方で、まだ|月初め の宵々の空に| ┌───────────────-┐ ○ |影も |姿も少なき は、いかなる |いはれ|なる|らん ↓。 出る月は、光も薄く、姿も小さいのは、どのような| 理由 |なの|だろう|か。 ○それは|西 岫 に、入り日の|いまだ近けれ ば 、その影に隠さるる 、例へ ば|月のある夜は、 それは、西の山峡に、入り日が|まだ 近くにあるので、その光に隠されるのだ、例を挙げれば|月のある夜は| ○星 の|薄き が|ごとく |なり 。青陽の春の初めには、霞む夕べの遠山 、眉墨の色に、 星の光が|薄くなる |ようなもの|である。青陽の春の初めには、霞む夕暮の遠山が、眉墨の色に| ○三 日月の、影を舟にも喩へ|たり 。また水中の遊 魚は、 見え、その上に懸かる | 三 日月の、姿を舟にも喩え|たりする。また水中を泳ぐ魚は、水に映る三日月を、 ○釣り針 と疑ふ。雲 上の飛 鳥は、 |弓の影とも 驚く。 釣り針かと疑う。雲の上を飛ぶ鳥は、三日月を|弓の影とも思って驚く。 ○ 一 輪も| |降(くだ)ら ず 、万 水も 昇ら ず 。 ただ一つの月も|天から地に|降りて来るわけでもなく、あらゆる水も天に昇るわけでもない。 月は水に映り、水は月を映し、お互いに感応し合いながら、本来の場所に定まって存在している。 ○ 鳥は池 辺 の樹に 宿(しゆく)し、魚は月 下の波に | 伏す 。 同じように、鳥は池のそばの樹に安心して住み 、魚は月に照らされた波の下で|落ち着いて暮らすのだ。 ○ 聞くとも| 飽か |じ |秋の夜の、 鳥も鳴き、鐘も聞こえて|月 もはや、 いくら聞いても|聞き飽きることは|あるまい、秋の夜の、夜明を告げる鳥も鳴き、鐘も聞こえて、月ももはや、 ○影 傾きて|明け方の、雲となり|雨となる。この|光陰| |に誘はれて、 影が西に傾いて、明け方の、雲となり、雨となる。この|日月|の光が交差する中、消え行く月の光|に誘われて、 ○月の都に 入り給ふ | 装ひ、あら|名残り惜しの| 面影や、あら|名残り惜しの| 面影や。 月の都へと昇天なさる|融の左大臣の有様、ああ、名残り惜しい|その面影よ、ああ、名残り惜しい|その面影よ。 【背景】 月宮殿の白衣の袖 月宮殿は、月世界の宮殿。そこに月夜と闇夜を司る天人が十五人ずつおり、月夜を司る者は白衣、闇夜を司る者は青(黒)衣を着ていると言う。 ○月宮殿 内に三十 の天子 あり。十五人は青衣 天子、 十五人は白衣 天子 、月 内 常に 月宮殿の中に三十人の天人がいる。十五人は青衣を着た天人、他の十五人は白衣を着た天人で、月の中には常に ○ 十五人あり。 月の一日より白衣 天子 一人月宮殿に入り、青衣 天子 宮殿 外に出づ。 天人が十五人いる。各月の一日から白衣の天人が一人月宮殿に入り、青衣の天人が一人宮殿の外に出る。 ○この如く 次第に、 十五日は| 唯 十五 白衣 天子 月宮 中に在り。故に月 円満たり 、 このように順番に、その月の十五日は|ただ十五人の白衣の天人だけが月宮殿の中にいる。故に月は満月となり、 ○十六日より三十日に至る毎日、白衣 天使 一人去り、青衣 天子 一人月宮 に入る。 十六日から三十日に至る毎日、白衣の天人が一人去り、青衣の天人が一人月宮殿に入る。 ○故に月 輪 |漸次 |欠し |減ずる なり。 故に月の輪が|だんだんと|欠けて|小さくなるのである。(恵心僧都『三界義』) 三五夜中の新月の色 ○八月十五夜禁中独直、対月懐元九 八月十五夜、禁中に独り 直し、月に対して元九を懐(おも)ふ 八月十五夜に宮中で独り宿直し、月を眺めて元九を想いやる。 白居易 ○銀台金闕夕沈沈 銀 台 |金 闕(きんけつ) 夕べ | 沈 沈 (ちんちん) 宮中の銀で飾られた建物、金で飾られた城門に 夕暮が|だんだんと深まってゆく。 ○独宿相思在翰林 独り宿 し | 相い|思うて |翰林(かんりん)に|在り 私は独り宿直をして|君の事を |思いながら、 |秘書室 に|いる。 ○三五夜中新月色 三五夜 中の| 新 月の色 十五夜の宵の|今出たばかりの月の色が鮮やかである。 ○二千里外故人心 二(じ)千里 外 の|故人の心 二 千里も離れた所にいる |親友の心を思いやる。 ○渚宮東面煙波冷 渚宮の東面は| 煙 波 |冷ややかにして 元九君のいる江陵の渚宮の東側は|水面に煙る波がこの同じ月の下に|冷たく光っているだろう。 ○浴殿西頭鐘漏深 浴 殿の|西頭 は|鐘 | 漏 |深し 私のいる長安の禁中の浴堂殿の|西側からは|鐘や|水時計の音が|深い夜の中に聞こえてくる。 ○猶恐清光不同見 猶ほ| 恐る | 清 光 | 同じく |見ざらんこと を それでもなお|私は心配だ、この清らかな月の光を|君は私と同じ様に|見ていないのではないか。 ○江陵卑湿足秋陰 江陵は| 卑 |湿 にして |秋 陰 |足る 江陵は|土地が低く、じめじめしていて|秋の曇った日が|多いそうだから。 光を花と ┌────────┐ ○秋 来れど|月 の桂 の|実やは|なる| | (桂 の 宮 ) ↓ 秋が来たが、月に生えている桂の木の|実 は|なる|だろうか、いや、ならないだろう。 ○ 光を|花と | 散らす|ばかり|を せいぜい桂の光を|花として|撒き散らす| だけ |だから。 (古今集・巻第十・物名(桂の宮)・463・源ほどこす) 一輪も降らず、万水も昇らず ○水は 上昇せず、月は 下降せ ざれども、 一 月 、一時に|普く | 衆 水に現る。 水は天に 昇らず、月は地に 降りてくる訳ではないが、ただ一つの月が、同時に|隈なく|地上の全ての水に映る。 ○ |諸仏 | 来たら ず 、衆生 | 往か ざれども、 そのように、諸仏が|衆生を救いに来るわけでもなく、衆生が|仏に救いを求めに往くわけでもない が 、 ○ 慈 善 根 力 、此(かく)の如く | 事 に| 見(あらは)る 。 仏の慈悲と衆生の善行の根源の力が、こ のように|救い救われる関係となって|自然に現れる のだ。 ○故に 、 |感応の妙と名づく 。 だから、これを|感応の妙と名づける。(法華玄義、二之二) 雲となり雨となる 「巫山(ふざん)の夢」(巫山雲雨・雲雨巫山・巫山の雨・巫山の雲・朝雲暮雨などとも言う)の故事による。男女の情交を表す言葉として使われるが、ここでは明け方の天候の微妙な変化を表現するために引用されている。 ○昔、先 王 |嘗(かつ)て高唐に遊び、怠り て昼寝 す 。 夢 に|一 婦人を見る 。 昔、先代の王が|ある時 高唐に旅し、一休みして昼寝をした。その夢の中で、一人の婦人に会った。 ○ |曰(いわ)く、「妾(しょう)は巫山(ふざん)の女なり。 高唐の|客と 為(な)る 。 その婦人が|言うには 、「私 は巫山 の女です。今は高唐に|旅して来ています。 ○君 が高唐に遊ぶと 聞く 、願わくは|枕席(ちんせき)に薦(すす)めん」と 。 あなたが高唐に来ていると聞きました。どうか |私と枕を共にして下さい 」と言った。 ○王 因(よ)りて|之 を幸 す 。 |去りて辞 する時 |曰く 、「妾は巫山の陽(みなみ)、 王はそこで |この婦人を寵愛した。この婦人が|帰る 挨拶をする時に|言うには、「私は巫山の南 、 ○高丘の|阻(そ) に|在り 。旦(あした)に 朝 雲と為り、 暮れに |行 雨と為(な)り 、 高丘の|嶮しい山の中に|住んでいます。夜明け には朝の雲となり、夕暮れには|通り雨とな って、 ○朝 朝 暮 暮 、陽台の下(もと) 」と 。 朝な朝な、夕な夕な、陽台の麓であなたをお慕いしております」と言った。〈文選・宋玉(そうぎょく)・高唐の賦〉 ○ 雲となり 雨となる |て ふ| 朝には雲となり、夕暮には雨となって恋人を慕い続けている|という| ○ |中空の| 夢 |にも | 見え よ |夜ならずとも| | |巫山の夢の逸話のように、 せめて|空中の| 夢幻 の中 |でもよいから|私に逢いに来て下さい|夜でなくても|よいから。 (新勅撰・恋三・藤原有家) |
作詞:世阿弥 作曲:石川勾当 【語注】 籬が島 宮城県の塩竈の浦にある島の名だが、ここはそれを模して融の邸宅の庭に作った島。 月宮殿の白衣の袖⇒背景 三五夜 三×五で、十五夜のこと。二十歳を十三、七つなどと言うのと同じ言葉の遊び。 三五夜中の新月の色⇒背景 振ると袖と差すは縁語。 差す 舞で、袖(腕)を前に差し出すこと。その反対の所作は「引く」。 光を花と⇒背景 立つと波と荒は縁語。 白河 京都の郊外を流れ、四条大橋の上流で鴨川に東から流れ込む河。 曲水の杯 曲水の宴の杯。曲水の宴は、王朝時代に朝廷で、三月上巳の日、または三月三日に、宮中の遣水に臨んで所々に座り、上流から杯を流し、それが自分の前を通り過ぎるまでに詩を作り、盃を取って酒を飲み、後の宴会でその詩を披露した行事。ここでは融が、自邸の遣水に映った明月を曲水の宴の杯に見立てている。(『岩波書店・日本古典文学大系・謡曲集上』による) 遊舞 音楽に合わせて舞うこと。 そも明月のその中に 「明月」とは満月のこと。満月は夕方東の空に昇り、一晩掛けて天を半周し、翌朝西に沈む。形も丸く大きいので、一晩中明るく輝く。しかし月初めの月(陰暦の一日から三日くらいの月)は、日没の頃、西空低く現れ、すぐ沈んでしまうので、長く鑑賞できない。また、日没後しばらくは西空が明るいため、光も弱い。形も細いので、満月のように明るく輝くということはない。従って普通、明月・名月とはされない。 青陽 陰陽五行説による春の異称。夏は朱夏、秋は素秋(素は白色の意)、冬は玄冬(玄は黒色の意)。 一輪 輪は「日輪・月輪」の「輪」で、丸いものを言う。 一輪も降らず、万水も昇らず⇒背景 雲となり雨となる⇒背景 光陰 光は日・昼、陰は月・夜。合わせて「月日・時間」の意でも使われる。 元九 白楽天の親友だったが、告げ口により左遷されて、今は江陵にいる。 銀台 宮殿の門の名。また、翰林院のこと。 金闕 「闕」は宮殿の門。日本の羅城門をもっと大きくしたような城門。 翰林 翰林院のこと。唐の玄宗が738年に設けた翰林学士院がその起源で、翰(ふで)の林の役所の意味。唐中期以降、主に詔書の起草、図書の編さん、天子への進講に当たった。 渚宮(しょきゅう) 戦国時代の楚の国の王が池のほとりに作った宮殿で、江陵にある。 江陵 中国湖北省荊州市江陵県。揚子江の流域で、洞庭湖にも近い。 桂の宮 「今昔物語に、五条、西洞院に桂の宮と申す人おはします。その前に大きなる桂の木のある故に名付け参らせたり云々。ここのことなるべし」(打聴) 先王 先代の王。ここは楚(そ)の懐王(かいおう)(? - 紀元前299年)のこと。在位:紀元前329年 - 紀元前299年)秦の張儀の謀略に引きずり回され、国力を消耗し、最後は秦に幽閉されたまま死去した。戦国時代の暗君の代表的人物とされる。 巫山 中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。 朝朝暮暮 白楽天の『長恨歌』48行目にも、「聖主朝朝暮暮の情」とある。 陽台 陽は南、台は台地で、巫山の南のこと。 |