玉川
【解題】 「玉川」とは、玉のように綺麗な川という意味で、全国にこの名を持つ川は多い。それらの中から歌枕として有名な六 つの玉川を選び、歌集などの部立てに倣い、春・夏・秋・冬・雑のような順番に並べ、字句を少し変えて繋がりを良くし 、一つの歌詞にまとめたものである。 【解析】 ┌─────┐ ○山城の、井手(ゐで)|や|見|まし↓ |と 駒 止めて、なほ |水 |飼は | ん 山城の 井手の玉川を| |見|ようかしら|と、馬を止めて、もっと|水を|飲ませ|よう、 ○山吹の、花の露 |そふ |春も暮れ 、夏 |来|に|け(る)|らし 山吹の 花の露が川に|こぼれ落ちる|春も暮れて、夏が|来| た |らしいなあ、 ○見渡せ|ば、波の柵(しがらみ)|かけ|て |けり 、卯の花 |咲け| る| 津の国の、 見渡す|と、波のしがらみ を|かけ|たように白く見える|ことよ、卯の花が|咲い|ている|攝津の国の、 ○ 里に月日を送る間(ま)に、いつ しか|秋に|あふみ |なる、野路 |には 玉川の里に月日を送る間 に、いつの間にか|秋に|遭うことになった、 | 近 江 |の |野路の玉川|には ○人の明日も |来(こ)ん、今を盛り の|萩 |越えて 、 人が明日も景色を見に|来るだろう、今を盛りに咲く |萩の川面に垂れた枝先を|越えて流れて、 ○ |色なる 浪に|宿り|に|し 、月の |御(み)空の|冬 |深み 、 萩の|色をたたえた浪に|映っ|て|いた|月の美しい| 空の|冬が|深まり、 ○雪 気(ゆきげ)|催(もよ)ほす|夕され |ば、 雪の気配 が|強まる |夕方になる|と、 ○汐風 越して |みちのく|の、野田 に|千鳥の声 |淋し 、ゆかし 。 汐風が山を越して来て、 陸 奥 |の、野田の玉川に|千鳥の声が|淋しくもゆかしい。 ○名だたる武蔵野 に晒(さら)す、さらす|手づくり さらさらに、昔の人の恋しき に、 名高い 武蔵野の玉川に晒 す、晒 す|手作りの麻布(あさぬの)更に更 に、昔の人が恋しい気持ちに、 ○今 |はた| |そひ て @紀の国A奥山|の 、その流れ |をば|忘れても、 今も|また|恋しさが|つのって、@紀の国A奥山|の玉川は、その流れに毒虫がいること|を!|忘れて 、 ┌───────────┐ ○汲(く)み や|し| つ | らん|、旅人の、 ↓ 旅人が、 汲 んで飲みも |し|てしまう|だろうか、 |そうなると大変だと弘法大師が心配なさった、 ○ |高野(たかの)の奥の水までも、名 に|流れた る、六つの玉川 。 《水》 《流れ》 この|高野山 の奥の水まで 名声が|流れている、六つの玉川である。 【背景】 @井手の玉川(新古今集・巻第二・春下・159・藤原俊成) ○駒| |とめて なほ |水 |かは | ん 馬|を|停めて、もっと|水を|飲ませ|よう。 ○山吹の花| の露 |添ふ |井手の玉川| 山吹の花|の水に映った影の上に花に宿った露が|こぼれ落ちる|井出の玉川|を眺めながら。 A三島の玉川(後拾遺集・巻第三・夏・175・相模) ○見渡せば 浪の|しがらみ| |かけ|て| けり 見渡すと、一面に白波が立って、浪の| 柵 |を|立て|た|ように見えることよ。 ○卯の花 |咲け| る| |玉川の里| 卯の花が|咲い|ている|この|玉川の里|は。 B野路の玉川(千載集・巻第四・秋上・281・源俊頼) ○明日も |こ| ん |野路の玉川| |萩 越えて 明日もまた|来|よう。この|野路の玉川|の岸から垂れる|萩の枝先を越えて流れて、 ○ |色なる |浪に|月 |やどり |ける 萩の|色をたたえた|波に|月が|映っている|ことよ。 C野田の玉川(新古今集・巻第六・冬・643・能因法師) ○夕され |ば 汐風 越して| | みちのくの|野田の玉川 千鳥 鳴く| なり 夕方になる|と、汐風が山を越して|吹いて来て、ここ 陸 奥 の|野田の玉川に千鳥の鳴く|声がすることよ。 D調布の玉川(万葉集・巻第十四・東歌・3373) ┌───────────────────────┐ ○玉川に|さらす|手作り |さらさらに 、何ぞ|この児の|ここだ |愛(かな)しき| | 玉川に| 晒 す|手作りの布が|さらさらするように、 ↓ | 更に更 に 、なぜ|この人が|こんなに|可愛い |のだろうか。 E高野の玉川(風雅集・巻第十七・雑中・弘法大師) ○高野 の奥の院へ|参る 道 に |玉川と云ふ河の水上に|毒虫の|多かり|けれ|ば、 高野山の奥の院へ|参詣する途中にある|玉川という河の水上に|毒虫が|多くい| た |ので、 ○此の流を|飲む |まじき 由を| 示し 置きて後 |よみ|侍り|ける| この水を|飲んでは|いけないという事を|掲示しておいた後、|詠み|まし| た |歌。 ┌-─────┐ ○ |忘れても|汲み |もや|す || | らん|旅人の| 毒虫がいることを|忘れて 、 ↓ |旅人が| |汲んで飲み|も |したら|大変|だろう。 ○ |高野 の|奥の |玉川の水| この|高野山の|奥の院の下の|玉川の水|を。 |
作詞:穂積頼母 作曲:国山匂当 筝手付:菊原琴治 【語注】 山城の井手 @井手の玉川。京都府綴喜郡井出町を流れる。付近は山吹の名所。 見まし 「まし」はあやふやな意志を表す助動詞。 津の国の里 A摂津の三島の玉川。現在の大阪市の安治川。 あふみなる野路 B近江の野路の玉川。現在の滋賀県草津市内。 みちのくの野田 C野田の玉川。現在の宮城県塩釜市附近を流れる。 武蔵野に晒す手づくり D調布の玉川。東京都南部と神奈川県の境を流れる。 @Aのテキストがある。 高野の奥の水までも E高野の玉川。現在の和歌山県高野山奥の院御廟楼下を流れる。 水と流れは縁語。 何ぞ 疑問を表す語なので、文末に「か・だろうか」を補う。 汲みもやすらん 「もや」は「もぞ」「もこそ」と同じく、危惧を表す。 |