松上の鶴(しようじやうのつる)
【解題】 明治三十三年(1900年)の新年の歌会始のお題、「松上鶴」にちなんで中村秋香が作歌した歌詞に、山登萬和が作曲したもの。宮城の庭に生い立つ松と、そこに宿る鶴を配し、松と鶴の長寿を讃え、合わせて天皇の御代とわが国の未来の繁栄を寿いでいる。この年に、皇太子(後の大正天皇)は21歳だった。昭和天皇はこの翌年の明治33年に誕生した。ちなみに、翌三十四年の勅題は「雪中の竹」、三十五年は「新年の梅」で、三年間で「松竹梅」となっている。 【解析】 ○千早ふる、神の御代より|久方の、天地(あめつち)のむた|動き なく、しづまり立て る|大内山 。 千早ふる、神の時代以来、久方の|天地 と共に|動くことなく、 鎮 まり立っている|天皇の御所。 ○ 天(あま)雲も|い行き |はばかる| |尾 上 の|松の、相生の かげ |いや |高み、 大空の 雲も、近づくのを|遠慮する|御所の|峯の上に生える |松の、並び立つ 姿 は|ますます|高く、 ○ 交はす|さ枝 に|うらうらと、輝き昇る朝日 かげ 、 国の御稜威(みいつ)も年の端(は)ごとに、 差し交わす| 枝々に|晴れやかに|輝き昇る朝日の 光 は、わが国の 威勢 も年 ごとに、 ○しみ栄えつつ 、東(ひがし)の峰に|生ひ 立ちて、千歳 | こもれる|若松が枝(え)に、 繁り栄えて ゆくように、東 の峰に|生まれ育ち 、千年の|齢を 保つ |若松の枝 で、 |東 宮で|成長され て、千年の|長寿を保たれる|皇太子殿下 の、 ○末 限りなき| 春 を契り て、鶴こそ |宿れ 、鶴 ぞ|宿れ る。 御代万歳(ばんざい)と| 未来の限りない|繁栄を約束して、鶴 ! が|宿っている、鶴が!|宿っている。天皇の御代万歳 と| ○祝ふ| なる、大内山の|松風 に、やがても|明日 ぞ|たぐふ べき 、 祝う|ように響く| 宮中 の|松風の音に、すぐに!|明日にも|声を合わせるだろう、 ○ |巣 籠る 雛 の|千代 の|もろ声 。 今はまだ|巣に籠っている雛鶴の、チヨチヨと | |千代 を寿ぐ|声々であるよ。 【背景】 天地のむた ○冬ごもり 春さり来れば 野ごとに 付きてある 火の 風のむた 靡(なび)く が|ごとく 春になると 、野ごとに 付けてある野焼きの火が、風と共に|靡いて 行く |ように、 (万葉集・巻第二・199・柿本人麿) 天雲もい行きはばかる ○天地(あめつち)の 分かれし時ゆ 神さびて 高くたふとき 駿河なる 富士の高嶺を 天(あま)の原 ふりさけ見れば 渡る日の 影も隠ろひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎゆかむ 富士の高嶺は ○(反歌)田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富盡の高嶺に雪は降りける (万葉集・巻第三・雑・317・318・山部赤人) 参考 ○田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ(新古今集・巻第六・冬・675・山部赤人) |
作詞:中村秋香 作曲:山登萬和 【語注】 千早ふる 「神」に掛かる枕詞。 久方の 「天・地・空」などに掛かる枕詞。 天地のむた⇒背景 大内山 天皇の居所である「内裏(うち)」に美称の接頭語「おほ」を付け、さらに山に例えたもの。 天雲もい行きはばかる⇒背景 御稜威 「稜威」は自然・神・神霊の威力・威光。 しみ栄えつつ 「しみ」は「しみに」の意。限られた場所にぎっしりと一杯になること。 栄え ヤ行下二段活用。 天雲もい行きはばかる⇒背景 祝ふなる 「なる」は伝聞推定の助動詞で、耳で聞いた音から事態を推定する意を表す。 もろ 諸。両方の・二つの。多くの。 冬ごもり 「春」に掛かる枕詞。 |