赤壁の賦

【解題】


【解析】


○「月 明らかに 星 稀に 、南に飛ぶ  や 鵲(かささぎ)」と、      戟(ほこ)を横たへ 
 「月は明るく 、星は少なく、南に飛ぶことよ、鵲     が」と、戦いの前夜、戟    を横に構えて

歌ひ|け  ん、               |勝ち誇りたる|つはもの|も        時は移りて
 歌っ|たという、中原(中国の中央部)を制覇して|勝ち誇った |英雄曹操|も、その翌日破れ、時は移って、

今|いづこ|          。  うき世に 遠き     身のかろく、一葉の 舟に   月の夜を、
 今| ど こ|へ消えてしまったのか。今、浮き世から遠く遁れた我が身は 軽 く、一艘の小舟に乗って月の夜を、

酒 酌(く)み交はす、おもしろ  や、消ゆれ   ば夢か、絲遊(いという)の   、
 酒を酌   み交わす、風情あることよ、消えてしまえば夢か、陽炎      のように|

儚き  身をば天地  に、容れて  |短き   命 |かな 。
 儚いこの身を!天地の間に|入れている、   人の命は、
                   |短い物    |だなあ。


    |流れも|尽きぬ 長江の、月  を肴に|夜もすがら、酌む   盃の数々や、

     |流れも|尽きない長江の、
 いくら味わっても|尽きない    月の光を肴に|夜もすがら、酌み交わす盃の数々よ!


缺けて盈ちつ、盈ちては缺くる、笑ひつ泣きつ
村雲の晴るれば  圓き|月   の 顔 |       、
 欠けては満ち 、満ちては欠ける、笑い、泣き、村雲が晴れれば、 丸い|月   の 顔 |が見えるように、
                       迷いが晴れれば、円満な|澄んだ心の世界|が垣間見える 。

○ああ   逝(ゆ)く水は日夜を|捨て |ず、千秋萬古 流れは|尽き| ず 。
 ああ、流れ行   く水は日夜を|分かた|ず、千秋万古、流れは|尽き|ない。

                          ┌──────────────┐
○              |愚かの迷ひ  何を|か|淀ま      |  ん|
 水の流れは淀まないが、人間の|愚かな迷いは、何を| |こだわっているの|だろう|か。

○かの山間の明月と、かの江上の清風は、   見れども 飽かず、   取れども尽き    | ず 、
 あの山間の名月と、あの江上の清風は、いくら見て も見飽きず、いくら取っても尽きることは|なく、

○皓々(かうかう)と|して 千里     を照らし、飄々と|し   て 萬  戸(ばんこ)に|入る 。
 皓々      と|明るく千里の遠くまでを照らし、飄々と|吹き渡って、全ての家々    に|訪れる。

○あら おもしろの|風情かな 、いざ 盃を酌みかはし、流るる水に舟を任せ| ん、流るる水に舟を任せん。
 ああ、趣のある |風情だなあ、さあ、盃を酌み交わし、流れる水に舟を任せ|よう、          。

【背景】

 赤壁の戦い
 
 「赤壁」は、中国の長江中流域の切り立った岩壁の名。洞庭湖より100キロほど下流にある。三世紀の初め、後漢が滅びた後、後漢の将軍だった曹操(155〜220)は魏を建国し、いち早く北方を平定して中原を制覇し、更に長江を下って南征を図り、後に蜀を建国した劉備(162〜223)・呉を建国した孫権(182〜252)の連合軍と赤壁で会戦した。これが赤壁の戦い(208)である。この戦いで、劉備の参謀の諸葛孔明は呪術を用いて季節外れの東南風を呼び寄せ、呉の将軍周瑜は、その風の力を借りて魏の大水軍に焼き討ち作戦を敢行した。この戦いで魏軍は大敗を喫し、曹操の中国制覇の野望は頓挫した。以後約半世紀、中国は三国鼎立の形勢が続いた。

 月明らかに星稀に、

 赤壁の戦いの前夜、曹操は、翌日の勝利を確信し、下の「短歌行」の詩を自ら作り、酒を長江に注いで河の神をまつり、槊(ほこ)を横ざまに構えて、歌ったという。

○対酒当歌  酒に対して   当(まさ)に歌ふ|べし
       酒を手にしたら、大い   に歌う|べきだ。

            ┌───────────-┐
○人生幾何  人生  幾何(いくばく)  |ぞ|
       人生は、どれほど    長い|!|か、いや、短い。

○譬如朝露  譬(たと)えば 朝露の|ごとし
       譬えれ   ば、朝露の|ようなもの。

○去日苦多     |  去る 日は苦(はなは)だ|多し
       無駄に|過ぎ去った日も甚     だ|多い。


○慨当以慷  慨(がい)して当(まさ)に以て|慷(こう)す|べし
       心が高ぶれば、        |歌を歌お  | う 。

○幽思難忘      |幽思(ゆうし)|忘れ|難(がた)し
       しかし、|悩み    は|忘れ|ようがない。

              ┌────────────┐
○何以解憂  何|を以 て|か|  憂いを解か |ん|

       何|によって| |この憂いを晴らそ|う|か。

○惟有杜康       |惟(た)だ|杜康(とこう)|有るのみ
       それには、|た   だ| 酒      |あるのみ。

○青青子衿  青青(せいせい)たる子(し)が衿(えり)
       青い             衿の学生服を着た同志諸君!


○悠悠我心  悠悠(ゆうゆう)たる|我が心
       永い間       |私の心は、

○但為君故  但(た)だ|君  が|為の故|に
       た   だ|君たちの|為  |に


○沈吟至今          |沈吟(ちんぎん)して今 に至る
       国家の行く先をを|憂い続け     て現在に至った。


○幼幼鹿鳴  幼幼(ゆうゆう)と鹿は鳴き
       のんびり    と鹿は鳴き、


○食野之苹  野の苹(へい) を食ふ
       野の蓬(よもぎ)を食べている。

○我有嘉賓  我に       |嘉 賓(かひん)|有り
       私には君たちという|よい友人   が|いる。

○鼓瑟吹笙  瑟(しつ)を鼓(こ)し笙(しょう)を|吹か|ん
       瑟    を鳴らし、 笙     を|吹こ|う。


○明明如月  明明(めいめい)たること月のごときも
       明るく照らす      月の光  も、

             ┌──────────────┐
○何時可採  何れの時に|か|  採る|   べき  |
       いつ     |手に取る|ことが出来よう|か、いや、出来ない。

○憂従中来  憂いは  中(うち)より|来たり |
       憂いは心の中    から|やって来|て、

○不可断絶  断絶す|   べから| ず
       晴らす|ことは 出来 |ない。

○越陌度阡      |陌(はく)を越え阡(せん)を|度(わた)り

       君たちは、遥々と遠い道       を|越えて進軍し、

○枉用相存  枉(ま)げて用(も)って|     相存(あいそん)す
       わざわざ        |今日ここに集まってくれた。

○契闊談讌  契闊(けいかつ)|談讌(だんえん)して
       久しぶりに   |ゆっくりと語り合い、

○心念旧恩  心に旧恩を|念(おも)ふ
       心に旧交を|温め    よう。

○月明星稀  月明らかに|星 稀(まれ)に
       月は明るく、星は少なく   、今宵、

○烏鵲南飛  烏鵲(うじゃく) 南に飛ぶ
       かささぎ    が南に飛んで行こうとして、

○繞樹三匝  樹(き)を繞(めぐ)ること|三匝(そう)
       樹の周りを回る    こと|三度、

                 ┌───────────┐
○何枝可依  何(いず)れの枝に|か|依(よ)る|べき| 
       ど     の枝に| |止まったら|よい|のか、迷っている。


○山不厭高  山は     |高きを |厭(いと)はず
       山 はどんなに|高くても|良い。
       同志はどんなに|多くても|良い。

○海不厭深  海    は     |深きを |厭(いと)はず
       海    は どんなに|深くても|良い。
       有能な人材も、どんなに|多くても|良い。

○周公吐哺   |周公は|哺(ほ)を   吐き  て
       昔、周公は|食事さえ 途中で吐き出して、有為の士を接見した。

○天下帰心     |天下は        心を帰(き)す
       だから、天下の人々が、こぞって心を寄   せたのだ。

                    (「短歌行」三国志演義・第四十八回)

 蘇東坡の「赤壁の賦」

 赤壁の戦いから九世紀を経た、中国の元豊五(1082)年の陰暦七月十六日の夜、宋の文人蘇軾(蘇東坡)は、友人と長江に舟を浮かべて赤壁の下に遊んだ。ここで、かつて三国時代、この地に戦われた赤壁の戦いを偲んで、懐旧の思いを一編の詩文に書き残した。参考に、その一部を載せる。

○壬(じん)戌(じゅつ)の秋、七月 既望 、蘇子、客 と舟を   泛かべ、赤壁の下に遊ぶ 。清   風 |
 みずのえ・いぬの年  の秋、七月十六日、私 は友人と舟を長江に浮かべ、赤壁の下に遊んだ。清らかな風が|

○徐(おもむ)ろに|   来たり、水波 |興(おこ)ら| ず 。酒を  挙げて客 に属(すす)め、
 静か     に|吹いてきて 、 波は|立た    |ない。酒を取り上げて友人に勧    め、

○名月の詩を|誦(しよう)し、窈窕(えうてう)  の|章を歌ふ。少焉(しばらく)にして|    月
 名月の詩を|口ずさみ   、奥深い山や谷を詠んだ |詩を歌った。しばらくすると   、十六夜の月が

○東山の上に出で、斗  |牛 の間に|徘徊す  。白露        江    に|横たはり、
 東山の上に出て、斗宿と|牛宿の間を|さまよった。白露の降りる気配は長江いっぱいに|あふれ 、

○水       光 天に接す   。一  葦(いちゐ)   の|如(ゆ)く所を縦(ほしいまま)にし、
 水の照り返す月の光は天に接している。一枚の葦の葉のような小舟が|    江上を縦横に進み     、

○万頃の茫然たる   を|凌(しの)ぐ。浩浩乎として| 虚 に憑(よ)りて風を御(ぎよ)し 
 広々とした  水の上を|横切って行く。広々とした |大空に浮かんで、 風を操(あやつ)って|飛び、

○その止どまる所を|知らざるがごとく、飄飄乎として| 世を遺(わす)れて独り 立ち、
 どこまで行くか |分からないようで、飄々 と  |俗世を忘れて    独りで立ち、

○羽化して |登仙する   |がごとし      。
 羽が生えて|天に登って行く| ような気分になった。

(中略)

○客   に 洞簫を吹く者 有り。    歌に倚りて これに|和す  。その声 鳴鳴(おお)然として、
 友人の中に、洞簫を吹く人がいた。私の歌う歌を聞いて、それに|合わせた。その音はおーおー   と  、

○怨むがごとく、慕ふがごとく、泣くがごとく   |訴ふるがごとし   。余音 嫋嫋として、
 怨む ように、慕う ように、泣く ように、また、訴える ように響いた。余韻も細く淋しく、

○絶えざる こと |縷(いと)のごとし  。   |幽 壑(ゆうがく)の潜 蛟(せんこう)を舞は|しめ、
 長く伸びることは|糸    のようだった。まるで|深い渓谷     に潜む蛟(みずち) を舞わ|せ、

○孤 舟の  リ婦を泣か|しむ       。蘇子 愀(しょう)然として、襟 を正して|危坐して
 一葉舟の中の寡婦を泣か|せるかのようである。私 は顔色を変え     、姿勢を正して|端座して、

○客に問うて|曰はく、「何ん為(す)れぞ|それ  |然る            や。」客  曰はく、
 客に尋ねた|   、「どうして    |一体私は|こんなに悲しくなるのでしょうか。」友人が言った、

○「『月 明らかにして星 稀に 、烏鵲   南に飛ぶ   』とは、此れ |曹孟徳|の詩に 非(あら)ずや。
 「『月は明かるく  星は少なく、かささぎが南に飛んで行く』とは、これは|曹 操 |の詩ではありませ んか。

○西のかた夏口を 望み、東のかた武昌を 望み、山 川 相い繆(めぐ)り、鬱乎(うつこ)として蒼蒼たり。
 西の方に夏口を遠望し、東の方に武昌を遠望し、山と川が周囲を囲んだ  、深い緑に  覆われた土地です。

○此れ | 孟徳の|周郎に|苦しめられし| 者 |に |非   ずや。そ の荊州を破り、江陵を下し 、
 ここは|曹 操 が|周瑜に|苦しめられた|古戦場|では|ありませんか。曹操が荊州を破り、江陵を平定し、

○流れに順ひて東するに方(あた)りてや、舳艫(じくろ)千里、   旌旗(せいき)空を蔽い     、
 流れに従って東進した時に     は、軍船の列  は千里も続き、旗指物   は空を覆う程でしたが、

○              |酒を注いで江に臨み  、槊(ほこ)を横たへて  詩を賦す      。
 その戦いの前夜、曹操は長江に|酒を注いで河の神を祀り、戟    を横様に構えて詩を歌ったと言います。

○固(まこと)に一世の 雄なり。而(しか)るに        今、安(いづ)くに|在り    や。
 まこと   に一代の英雄です。しかし    、その曹操さえ、今、どこ    に|いるでしょうか。

○況んや 吾と 子 と  江 渚の上に| 漁  | 樵  し、魚 | 鰕 を|侶(ともがら)にして|
 まして、私とあなた は長江の岸 辺で|魚を釣り|木を切り 、魚や|海老を|仲間     として、

○麋鹿(びろく)を友とし、一葉の扁舟に駕して、匏尊(ほうそん)を|挙げて、以つて| 相い 属(すす)め、
 鹿のたぐい  を友とし、一艘の小舟に乗って、瓢箪や徳利   を|取って、酒を |お互いに勧め合い  、

○蜉蝣(ふゆう)         を|天地  に|寄せ    、眇(びょう)として|滄海  の
 かげろうのような儚(はかな)い身を|天地の間に|仮住まいさせ、小さな小さな   、大海の中の

○一  粟(ぞく)      なり。吾が生の|須臾    な る を|哀しみ、
 一粒の粟(あわ)のような存在です。私の生の|またたく間であるのを|哀しみ、

○長江の   |窮まり無きを|羨(うらや)む。 飛 仙 の|遨遊(ごうゆう)を|挾(さしはさ)み、
 長江の流れの|限りないのを|羨み   ます。空飛ぶ仙人の|遊び      を|手に入れ    、

○名月を|  抱(いだ)きて|長(とこ)しへに|終へ ん|こと 、驟(すみ)やかには|
 名月を|胸に抱    いて|永久     に|生きる |ことは、たやすく    は|

○得(う)べから|ざる|  を知り、遺        響 を悲  風に|託す       。」と。
 出来     |ない|ことを知り、恨みを込めた洞簫の響きを悲しい風に|乗せて吹いたのです。」と。

 
蘇子曰はく、「客もまた夫(か)の水と月とを知れるか。逝く者は斯くのごとくにして、而(しか)も未だ嘗(かつ)て往かざるなり。盈虚する者は彼れのごとくにして、而も卒(つひ)に消長する莫きなり。蓋(けだ)し将(は)たその変よりしてこれを観れば、則ち物と我と皆尽くる無きなり。而(しか)るに又何をか羨(うら)まんや。かつそれ天地の間、物各々主有り。苟しくも吾が有する所に非ざれば、一毫と雖(いへど)も取る莫かれ。ただ江上の清風と、山間の名月とのみ、耳これを得て声と為し、目これに遭ひて色を成し、これを取りて禁ずる無く、これを用いて竭(つ)きず。是れ造物者の無尽蔵にして、吾と子(し)との共に食らう所なり。」と。
 

 逝く水は日夜を捨てず、

○  逝くもの|     は|かくの| 如き |  か 昼 夜を 舎(お)か|ず 。
 過ぎ逝くもの、時の流れとは|こ の|ような|ものか、昼も夜 も止まら  |ない。(論語)


 
松本一太 作歌
中能島欣一作曲

【語注】


月明らかに星稀に…
⇒背景























逝く水は日夜を捨てず⇒背景






















































杜康 初めて酒を作ったという伝説上の人物。転じて、酒のこと。
青青子衿 悠悠我心 「詩経・子衿」から取った句。「青衿」は周代の学生の制服。









幼幼 「幼」は正しくは、口扁に「幼」。鹿の鳴き声の擬音語。(ゆう)。
幼幼鹿鳴 食野之苹
我有嘉賓 鼓瑟吹笙
 「詩経・鹿鳴」から取った句。



瑟 古代の弦楽器の一種。






採る 「採」は正しくは、手扁に「又」を四つ。(とる)。

来たり 「来たり」はラ行四段動詞「来たる」(やって来る)の連用形。



 あぜ道のこと。東西に走るものを「陌」、南北に走るものを「阡」と言う。






























周公 周の宰相で、名は丹。周公丹。文王の子で、武王の弟。周の礼楽制度の本を築いた、古代の理想の政治家とされる。人材登用に熱心で、優れた人材を登用するためには、食事も途中で止めて接見したと言う。













月東山の上に出で、 十六夜の月は、夜七時ごろ水平線上に出るが、ここは山があるので、八時ごろか。





万頃 「頃(けい)」は広さの単位。「万頃」は、非常に広いこと。














 水に住む小型の竜。


リ婦 「リ」は、上が「未+攵」、下が「厂+女」。「リ婦」は「寡婦」のこと。









周郎 周瑜(しゅうゆ:175〜210)は二十四歳の若さで将軍になったので、呉の人々から「周郎」(周の若殿)と呼ばれた。
舳艫千里 曹操の水軍は、船の舳(へさき・船首)と艫(とも・船尾)を繋ぎ合い、大軍を密集させて攻める作戦をとった。
酒を注いで 「注」は、正しくは、酒扁に「麗」(そそぐ)。






















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