嵯峨の秋

【解題】

 平家物語第六、「小督」を題材にして歌詞としたもの。詳しくは『小督の曲』の【解題】【背景】を参照されたい。高倉天皇の中宮、平徳子(後の建礼門院)に仕えた女房、小督は天皇に寵愛されたが、平清盛に嫌われ、嵯峨野の奥に隠れた。この曲は、源仲国が嵯峨野で小督の弾く琴の音を耳にし、探しあてる場面を描いている。

析】

○さら |  で|だに、ものの|淋しき    |名にたてる、嵯峨のあたりの    |秋の頃、
 そうで|なくて|さえ、一帯が|淋しい所として|有名な  、嵯峨のあたりの、しかも、秋の頃、

○月も隈なき          |柴 の戸 に、忍びて  洩らす筝の音は、峯の嵐か|松風か、
 月も隅々まで明るく照らしている|粗末な戸口に、ひっそりと洩らす箏の音は、峰の嵐か、松風か、それとも、

○尋ぬる人の| すさび|   かや、駒   を速めて    聴く 時は、
 訪ねる人の|手慰み |だろうか?、駒の歩みを速めてその音を聴いた時!、

○  爪音  |    |しるき     |         |想夫恋      、爪音しるき想夫恋。
 その爪音から、仲国には|はっきりと分かる|あの小督の局の弾く|想夫恋の曲であった。

【背景】

 峯の嵐か松風か、…

 平家物語『小督』には、次のようにある。

○峰の嵐   か、松風   か、尋ぬる人の琴の音   か、おぼつかなく    は|思へ |ども、
 峰の嵐だろうか、松風だろうか、尋ねる人の琴の音だろうか、はっきり分からないと |思った| が 、

○駒を速めて行くほどに、 片折    戸 | し たる|  内に、琴をぞ|弾き|澄まさ| れ | た る。
           |扉一枚の粗末な門を|構えた |家の中で、琴を!|  |一心に| お |
                                   |弾き|   |になっ|ている。

 想夫恋

 「想夫恋」という曲は雅楽には存在せず、平家物語の作者の創作と思われる。徒然草に、次の指摘がある。

想夫恋という楽は、女、男を恋ふる故の名にはあらず。本は相府蓮、文字のかよへるなり。晋の王倹、大臣として、家に蓮(はちす)を植ゑて愛せし時の楽なり。これより大臣を蓮府と言ふ。(第二百十四段))


出典:平家物語
作曲:菊末検校




【語注】

さらでだに 「さあらでだに」の圧縮形。接続詞。







想夫恋⇒背景

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