軒の雫(のきのしづく)
【解題】 新古今和歌集の歌を一首引いて歌詞としたもの。作曲者宮城道雄は、三絃曲に箏、尺八を加えて出来た 従来の三曲合奏とは違う新しい三曲合奏の創作を試み、初めから三つの楽器が違う旋律を持つように作曲 された三曲合奏曲を幾つか作ったが、これもその一つである。 【解析】 ○つくづくと《春》の|詠め| の|さびしき は、 《長雨》 つくねんと|春 の|長雨| を| |詠め|て思いに耽る|私の心を|寂しがらせるものは ○ |しのぶ | |に|つたふ |軒の |玉水 | 昔を| 偲 ぶ | | 忍 |草|を| |ひっそりと| |伝わって落ちる|軒端の|雨だれ|であることだなあ (新古今集・巻第一・春上・64・大僧正行慶) 【背景】 この歌には「閑中の春雨といふことを」と詞書きがある。作風は一見、単純、素朴に見えるが、実はそ うではなく、「春」と「長雨」「詠め」、また「しのぶ草」と「昔を偲ぶ」「恋の思いを耐え忍ぶ」など の語句の古今集以来の連想を巧みに生かし、平易な語のつながりの中に重層的な意味を込めて深い味わい を生みだしている。このように伝統を生かし、それを再構成する技巧は、新古今集に顕著に現われている 歌風である。また、この歌は次の歌の本歌取りであるが、更に遡れば、古今集の小野小町の恋の歌などに も行きつくことができる。 ○つくづくと|ながめ てぞ《降る 》春雨の|をやま ぬ |空の 軒 の|玉水 《 長雨 》 |経る | つくねんと| |春雨が|小止みなく| |降る | |空の下の軒端の|雨だれを| | 詠 め、 |思いに耽って!|日を送る|ことだなあ。 (堀川百首「春雨」・肥後) ○ 花の 色は|うつり| に | けりな 桜の花の 色は、色あせ|てしまった|ことだ なあ、 私の容色は、衰え |てしまった|ことだ なあ、 ○いたづらに|我が身 | 世に|経(ふ)る | 眺め |せ し|間に 《降 る》 | 《長雨》| 空しく |我が身が|この世に|生きて行くことについて、物思いに |耽りながら| |春の長雨が| |降 る |のを眺めて|い た|間に。 (古今集・巻第二・春下・113・小野小町) しのぶ 忍草・信夫草。ノキノシノブの古名。「忍ぶ、偲ぶ」などの連想がある。 |
作詞:大僧正行慶(行尊) 作曲:宮城道雄 【語注】 春・長雨(ながめ)は縁語。 長雨(ながめ)・降るは縁 語。 降る・長雨(ながめ)は縁 語。 |