虫の武蔵野
【解題】 古代からの虫を愛でる風習を背景に、武蔵野の虫のさまざまな姿を歌い込んでいる。伝統的な三曲合奏の形式を生かしながらも、個々の楽器の旋律を独立させた新しい合奏曲である。 【解析】 ○ 千代 の|ふるみち| 踏み分けて、嵯峨野の奥の秋の夜に|大宮人 の|ふりはへ |て、 幾千年も昔からの|古代の道|を踏み分けて、嵯峨野の奥の秋の夜に、宮廷貴族たちが|わざわざ行っ|て、 ○虫を選び|し| ふる事も、今さらながら |しのばれて、武蔵野 ゆけば ほのぼのと 虫を探し|た|虫選びの 故 事も、今さらのように|想像されて、武蔵野を歩いてゆくと、ほのぼのと ○紫 匂ふ薄霧 に、見えつ隠れつ | |うち招く | 尾花 |の|袖|も 紫草が匂う薄霧の中に、見えつ隠れつしながら|人を| 招くようになびく|すすき|の|穂|も ○ |なつかしく、ためらふ ほどに 夕暮れの月 |まつ虫の|まづ 鳴きて、 古代が想像されて|なつかしく、行きつ戻りつするうちに、夕暮れの月の出を|待つ | | 松 虫が|まず最初に鳴いて、 ○露の玉 抜く |糸萩 |に、花の錦の |はたをり| |や、 露の玉を刺し通した|糸 のような| |糸萩 |に、花の錦の刺繍を| 機 織 |にかけて織っているように鳴く| |はたおり| |や、 ○ |綴(つづ)れ | 刺せ |て ふ|きりぎりす。 冬を迎える準備に着物を|縫い合わせたり|針を刺したりしろ|と鳴いている|きりぎりす。 ○ 草 |の枕にうたた寝 の、 |夢 の|邯鄲 うつし世を 粗末な宿|の枕でうたた寝をする間に|栄耀栄華の一生を|夢に見た |邯鄲の盧生は、はかない現 世を ○いか に悟る | か| 鉦叩(かねたた)き|、 。 どのように悟った|だろうか|と、鉦叩 き|の 鳴く音を聞いて思いをめぐらす。 ○帰 さ|を急ぐ|馬追の その馬子唄の|おぼつかな | 、 《馬》 帰り道|を急ぐ|馬追の唄う、その馬子唄が|細々と聞こえる|ことよ、 ○ |合はす鈴虫、くつわ虫。月 影 | |さらす| |玉川に、 《鈴》《くつわ》 それに鳴く音を|合わす鈴虫、くつわ虫。月の光を| |映し 、 |布を|さらす|事で名高い|玉川に、 ○秋の|あはれ|を声々に、流す 調べの|おもしろ| や、流す調べのおもしろや。 秋の| 情緒 |を声々に、流す、虫の調べの|風情ある|ことよ、 【背景】 紫匂ふ ○紫 の一本(ひともと)ゆえに| |武蔵野の草は皆 がら |あはれ と ぞ|見る 紫草の一本がある |ために、あの荒れ果てた|武蔵野の草は皆すっかり|いとおしいと思って!|見る事だ。 (古今集・巻第十七・雑上・867・読人知らず) 尾花の袖 ○秋風に | 招く |尾花 |の|夕ま暮| 秋風に揺れて、 |すすきが| |人を招く袖のように見える| |夕暮れ|の野で、 ┌──────┐ ┌─────────────────────┐ ○ 誰が袖| ↓ぞと|や| | あやまた| れ |ける| | あれは誰の袖|だろうか!と、 |つい | | ↓ |人と|見違え |てしまう|こと|だろうか。 (堀河百首・秋・紀伊) 露の玉ぬく ○西大寺のほとりの柳を詠める ○浅緑糸よりかけて白露を珠にも抜ける春の柳か(古今集・巻第一・春上・27・僧正遍照・) |
作詞:磯部艶子 作曲:宮城道雄 【語注】 虫を選びし 「虫選び」は、堀川院の時代に始まったとされる長月の宮中行事。公卿や殿上人が嵯峨野などに出向き、松虫や鈴虫などをつかまえ、籠に入れて宮中に献上した。 紫匂ふ 紫草は武蔵野の代表的な草⇒背景 尾花の袖 すすきを擬人化し、その穂を袖に喩えている。⇒背景 露の玉ぬく⇒背景 綴れ刺せ⇒「虫の音」の【背景】参照。 夢の邯鄲 盧生という青年が、邯鄲という町の宿屋で、粟の飯が炊けるまでの短い間うたた寝をし、その中で栄耀栄華の一生を送った夢を見たという故事。「邯鄲一炊の夢」と言う。(枕中記)ここは虫の名の「邯鄲」(バッタ目カンタン科)を掛けている。 鉦叩き バッタ目カネタタキ科の昆虫。雄は秋、広葉樹の間で、「チンチン」と鳴くので、鉦叩きの名が付いた。 鈴虫、くつわ虫 鈴・くつわは馬の縁語。 皆がら 「皆ながら」の約で、「すべて」 |