水の変態
【解題】 歌詞の内容は、水が、霧・霰・雲・露・雨・霜・雪と様々な気象現象に姿を変える様子を七首の連作短歌に詠み込んだ もの。宮城道雄が満十四歳の時、弟が朗読していた「高等学校読本」(今でいう教科書)の中の短歌に興味を持ち、それ を歌詞として「水の変態」を作曲した。彼の処女作であり、同時に、全作品の中でも指折りの名曲として有名である。 【解析】 霧の歌 ○小山田の霧の中 道 踏み分けて|人 来(く)と見 し| は 案山子(かがし)なり|けり 小山田の霧の中の道を踏み分けて|人が来る と思った|のは、よく見ると案山子 だっ|たのだなあ。 霰(あられ)の歌 ○むら雲の絶え間に星の|見え |ながら|夜 行く 袖に散る|霰 |かな むら雲の絶え間に星が|見えている|の に、夜歩いて行く私の袖に散る|霰である| なあ。 雲の歌 ○明け わたる|高 峰(たかね) の雲に|たなびか|れ |光 消え 行く|弓張りの月 一面に| 明けて行く |高い峰の上にたなびく雲に|隠さ |れて、光が消えて行く|弓張りの月であることよ。 露の歌 ○白玉の|秋の木の葉に|宿れ | り|と見ゆる は| 露の |はかる |なり|け り 真珠が|秋の木の葉に|とまっ|ている|と見えるのは、実は、露がそう|見せかけているの|だっ|たなあ。 雨の歌 ○今日の雨に|萩も尾花も|うなだれて|うれひ 顔|なる |秋の夕| 今日の雨に|萩も尾花も|うなだれて、悲しそうな顔|をしている|秋の夕暮|であることよ。 霜の歌 ○朝日 射す|かたへは |消えて 軒 高き|家 かげに |残る 霜の|寒けさ 朝日が当る| 片 側は霜が|消えているが、軒が高い|家の 陰 には|残っている霜の|寒 さであることよ。 雪の歌 ┌──────────────┐ |┌─────────────┼─────┐ ○更くる 夜の|軒の雫(しづく)の| たえ ゆく は雨 もや|雪に降りかはる ↓| らん|↓ 更けて行く夜の|軒の雫 が|途絶えてゆくのは雨が |雪に降り変わっているのでも|あろう|か。 |
作詞:不明。文部省教科書「高等小学読本」巻四・第十三課より。 作曲:宮城道雄 【語注】 霧の歌 案山子を人と見違えた霧の深い小山田の風景の面白さを詠んだ。 を山田 「を」は美称の接頭語 霰の歌 雲の絶え間に星が見えているのに、空から霰が降ってくる珍しさ、意外さ。 雲の歌 夜明けの空に光を失って行く月を、雲の行為と見立てた歌。 弓張りの月 半月。半円の部分を弓、真っ直ぐな部分を弦と見ている。ここは下弦の月。深夜過ぎに東の地平線上に上り、普通は明け方南の空に消えるが、空が澄んでいる時は昼の月となる。 露の歌 木の葉の上に置いた露の、真珠と見間違えるほどの美しさを詠んだ。 はかる 謀る・だます。 雨の歌 萩の細い枝が垂れている様子、尾花(薄)の穂が垂れている様子を、「うなだれて」「憂い顔」と擬人化して捉え、秋の夕暮れの情緒と結びつけた歌。 霜の歌 日向と日陰を対照的に捉え、日陰に残る霜の寒さを詠んだ。 雪の歌 雨が雪に変わって行く大きな天候の変化を、雫という小さい景物の変化の中に感じ取った。 |