名所土産
【解題】 梅雨の明けた初夏の頃、古都奈良の名所旧跡と伝説を訪ね、風光を愛でながら旅をする心を歌った歌詞である。 【解析】 ○水無月の、 初 旅衣 |きて|みれば、ここは|住 よし 青丹よし、奈良坂 越えて夕暮の、 水無月の、今年初めての旅衣を|着て| |来て|みると、ここは|住みよい、青丹よし|奈良坂を越えて夕暮の| ○空も静かに、寂滅為楽と|告げ わたる 、 空も静かに、寂滅為楽と| あたり一面に| |告げ知らせる 、 ○これ ぞ|名におふ| 大仏の、かね ごと | |洩れて これが |有名な |奈良の大仏の、 鐘 である 。 |かねてからの|約束 事 が|世間に|洩れて ┌──────────┐ ○ |高円(たかまど)の、よそに| 浮 名 |や| 龍 田川| ↓。 評判が|高まり 、世間に|二人の浮き名が| |立つ |のだろうか。 ○三輪 の|山路も| 三輪山の|山道を帰ってゆく大物主神の正体を突き止めるために活玉依姫(いくたまよりひめ)が大物主神の ○裳 裾 の 糸 の、いとど | |ふるさと |春日野の、 社に| <イト> <イト> 袴の裾に縫い付けた 糸 の、たいそう| | 古 くからの | |大宮人の|ふるさとである|春日野の|春日大社で| ○しばし |この手をば、合はせ鏡の|底 |清く 、あれあれ 南 に|雲の峰、 しばらく|この手を!|合わせ 、 |合わせ鏡の|底のような|清らかな心で祈っていると、あれあれ、南の方に|入道雲、 ○ 暑さ凌ぎの| |三笠山 、 |月の| |七 瀬 の|飛鳥川、 夏の暑さ凌ぎに| | 笠 |をかぶる、 |その|三笠山の| |月も有名だが、 |月の |美しい|七つの瀬で名高い|飛鳥川、 ○ |変はるや |夢の数 添へて、名所名所の 、都の |辰己(たつみ)、 その淵瀬が|変わりやすいように、 |変わりやすい |夢の数を重ねて、名所名所の多い|都の中でも、 喜撰法師が歌に詠んだ|都の |東南の ○宇治の川面 |眺むれば、遠(をち)に白き は|岩 越す波か、 宇治の川面を|眺めると、遠く に白く見えるのは、岩を越す波か、 ○ |晒(さら)せ| る|布か、 雪に|晒せ る|布にて|あり 候 。 川の水に|晒し |ている|布か、いや、雪に|晒している|布 で |あります。 ○ 賤(しづ)の女(め)が|脛(はぎ)も|あらはに、よそねじま| 、 下賤な 女 が| はぎ も|あらわに、よそねじま|の着物を着て、 ○馴れし手 業(てわざ)に 玉 ぞ|散る、浪のうねうね 、白 玉 ぞ|散る。 馴れた手作業 で、水の玉が!|散る、浪のうねうねに、白い水しぶきが!|散る。 ○あら 面白の |景色やな 、あら面白の景色やな。 ああ、趣のある|景色だなあ、 ○われも家路に|立ち帰り、つとに |語らん、花の家づとに |語らん。 私 も家路に| 帰り、土産として|話そう、花の手土産として|話そう。 【背景】 奈良坂 奈良阪近辺の古代の事情を知る資料としては、「奈良山」の地名が現れる次の歌がある。 ○近江の荒れたる都を過ぐる時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌 ○玉たすき 畝傍(うねび)の山 の 橿原(かしはら)の ひじりの御代| ゆ | 畝傍 山の麓の 神武天皇 の 聖なる 御世|以来、 ○生(あ)れ|まし |し|神のことごと 樛(つが)の木の |いや |継ぎ嗣ぎに |お | 生まれ |になっ|た|神がことごとく |ずっと|次 々 に ○ 天(あめ)の下 知らしめし し を そらにみつ 大和を置きて 大和の地で 天 下を お治めになったのに、 その大和を離れて、 ○青丹よし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせ か 天離(あまざか)る 奈良山を越え、どのように お思いになったからか、都を遠く離れた ○夷(ひな)にはあれど 石 走(いはばし)る 淡海(あふみ)の国の 田舎 ではあるが、水が岩を流れる 近江 の国の ○楽浪(ささなみ)の 大津の宮に 天の下 知らしめし |けむ … さざ波 の 大津の宮に 天 下を お治めになっ|たという、(万葉集・巻第一・29) 寂滅為楽 諸行無常 ○諸 | 行 |は|無常にして |
作詞:不詳 作曲:玉塚検校(一説) 【語注】 水無月 旧暦の六月、新暦の七月頃。梅雨が終わって真夏の晴天が続く頃という意味で「水無月」と言う。 青丹よし 奈良に掛かる枕詞。 奈良坂 奈良市の最北部にある奈良阪町には、古代に京から奈良に抜ける街道が通っていた。東大寺大仏殿から北約一km。付近を流れる佐保川沿いの丘陵を奈良山と言う。⇒背景 以下、下線部は奈良の名物や名所の地名。 寂滅為楽⇒背景 三輪の山路も⇒背景 合はせ鏡 後姿を見るため、後ろにも鏡を置いて見ること。 三笠山と月⇒背景 七瀬の飛鳥川、変はるや⇒背景 都の辰己⇒背景 脛 すね(膝から足首までの間)の後ろの部分。ふくらはぎ。 よそねじま 衣の縞柄の名。 玉たすき 玉は美称。たすきを項(うなじ)に掛けたところから、同音のうねに掛かる枕詞。 橿原 奈良県橿原市。第一代神武天皇の即位の地と伝えられる。 樛の木の 類似音の反復でつぎつぎに掛かる枕詞。 そらにみつ 大和に掛かる枕詞。 青丹よし 奈良に掛かる枕詞。 天離る 天空の下に遠く離れていることから、ひな(田舎)に掛かる枕詞。 石走る 滝・垂水・近江に掛かる枕詞。 ささなみの 琵琶湖のさざ波の意から、琵琶湖周辺の大津・志賀・比良山・長等山などに掛かる枕詞。 七瀬の淀 多くの瀬(流れが速いところ)にの近くに現れる淀(水が淀んだ所)の意であろう。川の流れには緩急があるので、瀬の後に淀が現れ、淀の後に瀬が現れるのである。 明日・昨日・今日は縁語。 わが庵は 別出『茶の湯音頭』 言ふなり 「なり」は伝聞推定の助動詞。 |