船の夢
【解題】 古代から、遊女と呼ばれる人々が歴史の中に存在し、居所を定めない漂泊、遊芸、売春などの生活をしていた。時代が 下って江戸時代になると、そういう人たちは、「遊郭」という陸上の限定された場所に閉じ込められ、きびしく管理され ながらもそれなりの生活の安定さえ得るようになった。しかし、漂泊の娼妓がいなくなった訳ではない。国の内外の運輸 のもっとも重要な手段だった海運、つまり菱垣回船、樽回船、北前船などが立ち寄り、風待ちをする港々には、水夫相手 の宿屋が並び、遊女たちが客を求めて集まった。遊女は小舟に乗って沖合いの千石船まで出かけていき、売春だけでなく 、料理、洗濯など、水夫の身の回りの面倒まで見たという記録もある。まさに風任せ、波任せの明日も知れぬ最底辺の生 活の中で、苦労し、夢見、あきらめる中に彼女たちの哀歓の日々があったのだろう。そんな生活の中で、ままならぬ身の 定め、ままならぬ逢瀬を嘆き、浪のまにまに流浪するわが身をかこつ、わびしい女の心情を歌っている。 【解析】 ○ |焦がれ焦がれ て| 逢瀬は|苦労 、楽しむ中に 何のその、 |漕がれ漕がれ | 舟が|漕がれ漕がれるのに任せて、 思い|焦がれ焦がれ て、男と逢う逢瀬は、 |楽しむ中にも何のその、 |苦労が多い。 ○人目 |慎(つつ)み の|あらばこそ、嬉しい 世界|に住み慣れて、 《 堤 》 人目を|はばかること|など |あるものか、嬉しい気ままな恋の世界|に住み慣れて、 ○流れ 渡り の|船の内 、それも浮世 ぞ| 《船》 流れ流れて津々浦々を渡ってゆく|船の中で客を取る仕事、それも浮世の習い!|こんな世界からは、 ○帰るにも、しか | じ |と 鳴きて ほととぎす 、 帰るに 越したことは|ないだろう|と、鳴いて行くほととぎすの| ○行方 いづくと | 白 浪の、 夜の| 筵 |に 思ひ 寝の | 夢を| |知らな | 行方はどこ とも|知らない| | 白 浪に|漂う船の中、夜の|むしろ|に男を思って寝る中で見る| 夢 、 |その夢を| ○うつつ|に| 驚かす 、風は涼しき| |楫 枕 。 現実 |に|引き戻す、風は涼しい|が、それがかえって侘しい|船の流浪。 |
作曲:菊岡検校 作詞:酒井 某 箏手付:八重崎検校 【語注】 つつみ 堤は川に縁があるので、船の縁語。 楫枕 船の楫を枕にして寝る意から、船で旅すること。船の中で寝ること。 |