春の夜

【解題】

 土井晩翠の新体詩に宮城道雄が歌と琴の曲を付けたもの。詩の内容は、白梅の香る春の朧月夜、とある家から洩れ来る琴の音を聞いたみやび男が、ともし火の光を頼りにその美しい女性の姿を垣間見る。男は女性に心引かれながらも深い契りを結ぶこともなく立ち去る。その夜、降り下った春雨は、男の未練の涙雨だったのだろう。やがてその女性はどこへともなく姿を消し、男は、ただあの夜の梅の香りと月の光を思い出して感慨に更けるというもの。「荒城の月」などでも知られる晩翠の物語的で浪漫主義的な詩である。

【解析】

○    |あるじは|たそや|   |しら   |梅の、香りにむせぶ春の夜は、朧の月  を|たよりに て、
                  |知ら(ず)

 この家の|女主人は|誰!か、それは|知らないが、  |
                  | 白    |梅の|香りにむせぶ春の夜は、朧の月の光を|たよりにして、

○しのび|  聞き |け   ん|つま琴が、その|わくらばの|手すさび   に、そぞろに酔へる|人 心。
 そっと|立ち聞きし|たであろう|爪 琴の、その|たまさかの|手すさびの音色に、訳もなく酔った|男の心。

○かすかにもれ|し  、ともし火に、花の        姿は|照り   し|と      か。
 かすかに洩れ|ていた|ともし火に、花のようなその女性の姿は|映し出された|というのだろうか。

○       |たをりは  |果て   | じ |  花の枝 、
 そうは言っても|               |  花の枝を|
        |      |思い切って|
        |手折りはする|     |まい|      、
        |               |その女性 と|
        |深い契は結ぶ|     |まい|      、そんなことをしたら|

○  馴れし|  宿りの鳥|                    |鳴か|  ん|  。
                                  
|泣か|
 住み慣れた|その家 の鶯|が、自分が止まる梅の枝を取られて悲しんで|泣く|だろう|から。

○                |朧の月の                |うらみより、
 照るともつかず、曇るともつかない|朧 月のように|中途半端に終わった恋への|心残りから、

○その夜|  くだちぬ|春の雨   。
 その夜|      |春の雨が|
    |降り下っ た      …。

○    |  ことは|空しく |音を絶えて、    今、はた|     偲ぶ  |彼一人、
 その後、|あの 琴 は|すっかり|音を聞かせなくなり、今、また|あの女性を偲ぶのは|彼一人、

○ああ、その夜半の梅が香|    を、ああ、その夜半の|月影          を|       。
 ああ、その夜半の梅が香|の芳しさを、ああ、その夜半の|月影に映った花のような姿を|偲ぶのは彼一人。

作詞:土井晩翠
作曲:宮城道雄






【語注】






つま琴 爪で弾くところから、箏の異称。妻が弾く筝の意にも使われる。



たをりは果てじ 男の心の中を歌ったとも解釈される。












くだちぬ 「ぬ」は完了の助動詞の終止形。






目次へ