萩の露
【解題】 激しく求めた恋も、いつか男に忘れられ、捨てられた哀れな女の心を歌っている。萩に置く露、葛の葉に吹く秋風、松 虫、砧、月、空行く雁などは皆秋の代表的景物で、古歌にさまざまに詠まれている。それらの古歌の情感を踏まえた題材 が、片恋に悩み、男への恨みを捨てきれない女の心情を描写する表現になっている。 【解析】 ○いつ しかも、 招く尾花に|袖 触れ| 初めて、われ から 濡れし|露の |萩。 いつの間にか!、私を誘う男 に|身を許す|ようになって、こちらから求めて濡れた|露のような| |哀れな |女。 ┌───┐ ○今さら人 は|恨み↓ ね ど、葛の葉風に|そ よ と|だに|おとづれ |絶え て、 今さら男を |恨みはしないけれど、葛の葉風に|そ よ と|さえ|音を立て |ないように、 私のもとに「そうですよ」と| |訪 れてくること| |さえ| |なくなって、 ○ |まつ虫の|一人音 に|鳴く |侘びしさを、|夜半に砧の|うち添へて、 《砧》《打ち》 | 松 虫が|一人声を立てて|鳴くように、 男を|待つ私の|独り寝 に|泣く |侘びしさ に、夜半に砧が| |侘びしさを | | 添えて、 ┌─────────────────────────┐ ○いとど | 思ひを重ねよ |と、月 に|や| 声は|冴(さ)え |ぬ | らん||。 ますます|恋しい思いを募らせよ|と、月夜に| |その音は| |あんなに| ↓ |冴 えて| |響くのだろう|か。 ○いざ|さ ら ば、空ゆく雁(かり)に|言問は | ん 、 さて|それならば、空行く雁 に|尋ねてみ|たい、 ○恋しき 方 に| 玉章(たまづさ)を、送る|よすがの|ありや|なしやと。 恋しい人のところに|私の手紙 を、送る|手立てが|あるか、ないかと。 【背景】 招く尾花 ○秋の野の |草の| |たもと| か|花すすき |ほ に|出でて| 《花すすき》 《穂》 秋の野の様々の|草の|中で、草の|たもと|だろうか、花すすきは。それで、忍ぶ想いが|態度に|表れて、 ○ 招く袖 と |見ゆ | らん 恋人を招く袖のように|見える|のだろうか。(古今集・巻第四・秋上・243・在原棟梁) 『小督の曲』の歌詞にも次のようにある。 ○月 に |まつ虫 |招く は尾花、萩には露の|玉虫|や 。 月の光の中に恋人を|待つのは| | 松 虫 、招くのは尾花、萩には露の|玉 |が宿り、 |玉虫|が光っている。 尾花・露 尾花と露の関係については、次の端唄があまりにも有名であり、ここでもそのイメージが生かされている。この端唄は 安政元年ごろ流行ったが、『萩の露』の作曲者幾山検校は、幕末から明治二十三年までの人である。 ○露は尾花と 寝たといふ、尾花は露と |寝 ぬ と|いふ、 露は尾花と一緒に寝たと言う。尾花は露とは|寝ていないと|言う。 ○あれ 寝たといふ| |寝ぬ といふ、 |尾花が|穂に出 て|あらはれた それ、一方は寝たと言う、一方は|寝ないと言う。けれど、尾花の|穂が出 て| |顔に表れて、ばれてしまった。 葛の葉風に ○ | 秋 風の吹き |裏がへす |葛の葉の| | 恨 みても |なほ|恨めしき |かな | | 裏 見ても | | 秋 風が吹いて、裏返す |葛の葉の| | 裏 を見るように| 私に|飽き て|心変わりした|あなたの| |本心を見て | |いくら| 恨 んでも |なお|恨めしいことだ|なあ。 (古今集・巻第十五・恋五・823・平貞文) ○恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉(歌舞伎『蘆屋道満大内鑑』) そよとだに ○有馬山 猪名の笹原 風 吹けば |いで|そ よ | | 人 を| 《否》 《そ よ》 有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉が| |そ よそよと|なびきます。 |さあ、そのことですよ 。私が|あなたを| ┌──―──────┐ ○忘れ |やは|する| ↓ 忘れたり| |する|でしょうか、いえ、決して忘れる事はありません。 (後拾遺集・巻十二・恋二・709・大弐三位) |
作詞:霞紅園 作曲:幾山検校 筝手付:八重崎検校 【語注】 招く尾花⇒背景 尾花・露⇒背景 葛の葉風に⇒背景 そよとだに⇒背景 砧・打ちは縁語。 否(no)・そよ(yes)は縁語。 |